江戸012 もうしおくる参
ふと気づくと秀頴の気配がない。
気がつかない間に呆れ果てて出て行ったのかもしれない。
そう思った時に右肩にそっと触れる温もりを感じた。
「宗さん??」
不意をつかれて体がビクリと反応する。
「ん? どうした? 遠慮なく殴ってくれていいんだぜ」
「そうじゃなくて、ねぇ宗さん顔を見せてよ」
「嫌だ…」
「じゃぁ聞くけど…」
「…なに?!」
「宗さん話の途中から俺のことを秀頴って呼ばなくなてったでしょ?」
「そうだったっけかな?」うそぶいてみる。
名前で呼ばないことで、他人行儀なふりをしようとしたのに…
でも、こんな俺が側にいない方が良い気がして素直になれない。
「宗さん、もう無理しなくていいから。本当のことを言って」
「だから俺が本気だって騙して…」
「それは嘘だよね?!」
秀頴は確信に満ちた声で嘘だと言い切った。
「本当に騙したかもしれないぜ」
「騙してないでしょ? もう判ってるから本当のこと言おうよ」
「どう判ってるんだい?」
俺の強がりに気づいたのか、くすっと笑う声が聞こえる。
「俺の推測でしかないから間違ってるかもしれないけど、
宗さんは自分から身を引こうとして騙したって言ってるんでしょ?」
「さぁ…」
「そんなに簡単に、俺が宗さんを嫌いになるとでも思ってるの?」
「俺なんか、嫌われても仕方ない奴だしさ」
「宗さん!俺を見損なわないでよね。それとさ、宗さん俺と約束したよね?
俺には本当のことを本音を言うって。それは違(たが)えないよね?」
「うん。友人に戻ってもそうありたいと思ってる」
「宗さん! その友人に戻るって何?!」
「あ… 恋仲は無理でもせめて友人でいたいなぁと…」
「もう!! 宗さん判ってて話はぐらかすのやめてよ!! そんなに俺から
離れてたいの? もうバレてるのに、まだ騙したっていい続けるつもり?!」
やっぱり秀頴は、俺の本音に気づいてしまうんだよなぁ。
長い付き合いの奴でも、俺の内面を見抜ける奴は少ないのに
どうして秀頴には判ってしまうんだろう…。
隠しても無駄みたいだな…。
「…ごめん」
「いい加減、宗さんの本当の気持ちを聞かせてくれよ!!」
「わかった。ちゃんと言う…。最初から騙してなんかないさ。
本気に好きだったから悩み続けて、お豊にも嫉妬して…
それを誤魔化す為にさんざ遊んで…。なんとも情けない男なんだよ俺って」
「ふふっ。宗さん、焼いてくれてたんだ」
秀頴が嬉しそうにくすくす笑い始めた。
「初めてだったんだ…」
「えっ?! 何が?」
「…やきもち。今まで独占したいと思ったことなかったし。最初の頃は
その気持ちが何なのか判らなかったんだよ」
秀頴のくすくすと嬉しそうな笑いが続く。
「遊びなら強引に口説き倒すのに秀頴には出来なくて…。でも欲しくて。
だから一番仲の良い友達でもいいって思ってた。あの時まで…」
「あの時?」
「そう、誰かさんに押し倒された、あの時!!」
「あれは、はずみで…」
「俺もはずみで…」
「えっ宗さん、あれははずみだったの?」
「はずみ…? 勢いかな? 堪えてた期間が長かったからねぇ」
「そんなに我慢しなくて良かったのに」
嬉しそうな笑い声が座敷に響く。
「あの頃は、自分のものにしたいと思う以上に大事にしたくて
何も出来なかったんだ。想いが通じた後は照れてしまって何も出来ないんだ。
こんなことも初めてで、そんな自分自身に戸惑ってたよ」
「確かに照れはあるよな!」
その言葉にえらく納得してる秀頴が可愛い。俺と違って…。
「それで今はね… 俺なんかで良いのかなって思ってる。
秀頴にふさわしくないんじゃないかって…」
「どうしてさ?!」
「さっき言ってた通りで小さい頃から疎まれて育ってきたから、こんな奴が
秀頴の側にいていいのかって思うわけさ」
「そんなの気持ちの問題じゃないの?」
「それは、そうなんだけどね…」
「そんなの関係ないのに…」
「しつこい様で悪いけど… ねぇ秀頴、聞いてもいいか?」
「なにを?」
「こんな俺でもさぁ好きでいていいのかぃ? 迷惑にはならないのかぃ?」
「迷惑になるわけないよ。宗さんなら大歓迎だよ」
「それにこんなまどろっこしい性格でも嫌わずにいてくれるかい?」
「そんなこと心配しなくても大丈夫だよ。前も言ったけど俺は宗さん以外の
男に触られるのは大嫌いなんだからね。宗さんだけなんだよ」
「うん。…ありがとう」
あ…駄目だ。今度は嬉しくて泣けてきた。
「宗さん… そろそろ顔を見せてよ」
「い、、いやだ。まだ見られたくない」
声がかすれて泣いていることに気づかれたかもしれない。
秀頴はまたくすくす笑い始めた。
「ねぇ宗さん、もういい加減顔を見せて貰うからね」
「あ… でも今はちょっと…」
「もうお見通しだから。ありのままの宗さんを見せてよ」
秀頴は両手で俺の泣き顔を包み込み、微笑む。
「宗さん、おかえり」
「た、ただいま」
そのまま秀頴は俺を抱きしめて子供をあやす様に優しく背中を叩いた。
秀頴の腕の中はとても安心できて心地よかった。
しばらくその胸に顔をうずめていると堪えきれなくなって秀頴が言う。
「宗さん、この先どうするの?」
「俺はこのままでも、かまやしないけど?」
意地悪く笑ってみる。
「不慣れな俺に任せていいの?」
またいつもの様に笑う。
「じゃ手本を見せようか?」
「だね…」
そしてゆっくりと位置を入れ替わる。俺の腕の中に秀頴がいる。
それが嬉しくてたまらない。
下から秀頴が手を伸ばし頬に触れてくる。
「ねぇ… 宗さんの本気、見せて」
「いいよ… そのかわり覚悟しなよ」
「えっ?!」
「俺が泣いてるとこ見た奴はいねぇんだからな。見物料と口止め料を
払って貰おうか?!」
頬に触れる秀頴の手をとって、掌に口付ける。
「どうやって払うのさ?!」少し困った様に秀頴は答える。
「この状態で払うっていやぁ体で払うに決まってるだろう?!」
唇が掌から少しずつ指先に移動する。唇が動くたびに秀頴の白い頬が赤く染まる。
「綺麗だねぇ」
「!」
「会った時からそう思って見てた。その顔がこんなに近くにいるなんてね。
本当に夢みたいだ」
「宗さん… 俺もね好きって気持ちに気づくのは遅かったけど、
ずっと憧れてたんだ。宗さんみたいになりたいって…」
「それは止めておいた方がいいぜ。とんでもない遊び人になるから」
「でも、もう遊び人は返上だよね?」
「もちろん、お前さんだけだから」
「あーーーっ!! 宗さん!! その『お前さん』は駄目だよ。お前さんなら
誰に言ってるのか判らないじゃないか。ちゃんと名前で呼んでくれなきゃ!」
「わかった! わかった!!」
「じゃやり直して!」
「ふぅ…。雰囲気ぶち壊しといて言うじゃないか。この後はそんな余裕なんざ
なくしてやるからな。わかってるね秀頴」
ゆっくりと顔を近づけて唇を奪う。
「あっ…」
「俺には秀頴だけだよ」
自分の変化に戸惑うばかりだったことが落ち着き始めた。
お互いの気持ちも確認できて、揺るぎないものになろうとしていた。
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