江戸010 もうしおくる 壱

 過ぎたるは、なお及ばざるが如し。とはよく言ったもので

想いが強くなればなるほど自分の首を絞める様だ。


あれから俺達は何度か会っているのに、照れが先にたって

触れることもままならない。

想いが通じれば、もっとお互いを求める筈と思っていたのに

正面から顔を見ることも、手をとることも、思いの丈を言葉にする事も

こんなにも気恥ずかしいものとは思わなかった。


気持ちはあるものの先に進めない。会って話をするだけでは、

どこか満たされず、何も出来ないままでは帰る気にもなれない。


全く俺はどうしちまったんだろう?!

遊びと本気の違いを今になって実感している。


 俺が何も出来ないままだからといって秀頴から求めて来る訳でもなく

ただ一緒にいるだけの逢瀬が続いていた。

そんな時、妙に深刻な顔をして秀頴が口を開いた。


「ねぇ宗さん。俺ってさ、魅力ない?」

「えっ?」

いきなり真正面からの問いかけに驚いて言葉が見つからない。


「だって… 一緒にいてもずっと何か考えてるみたいで… それに…

えっと… その、、ほら、、」


言いにくそうに照れながら話す態度を見てれば何が言いたいのかは

すぐに見て取れた。


「魅力がないんじゃなくて、有り過ぎて困ってる」

「へっ?!」

秀頴は信じられないと言いたげな顔で俺を見つめる。

その視線が気恥ずかしくて、つい視線を逸らしてしまう。


「じゃぁ何で、そっち向くんだよ!」

「そ、それは、、あの、、いやちょっと待ってくれ」


見られていると思うと、どんどく顔が火照ってくる。

それを見られたくなくて、顔を手で覆って頭を抱えたふりをした。


「ねぇ宗さん。そんなに俺に顔を見られるのが嫌なの?」

「そんなこと言ってないって」

「じゃ話する時位こっち向いてくれたっていいじゃないか!」

「あ、、いや、、だから、それは、、ちょっと待ってくれって…」


「さっきからちょっと待て、ちょっと待てって誤魔化そうとしてないよね?」

「いやだからさ、 もう少し落ち着くまで待って欲しいって…」

「えっ何? 何が落ち着くまで待てばいいの?!」

「あっ、、そ、、それは俺の心の準備が…」

「へえぇ。俺と会うのに心の準備がいるんだ、宗さんは…」

「そうじゃなくて!あぁもうっ!!」


ああ言えば、こう言う…

いちいち人の言葉尻を捉えてきやがって!! どう言えば判ってくれるんだよ!!

俺の苛立ちを感じ取ったのか、秀頴は急に勢いをなくした。


「ねぇ宗さん。嫌なら嫌って言ってくれりゃいいじゃないか。

一度は自分のものにしたから、もうこれ以上相手なんかしてられないって

ハッキリそう言ってくれる方が…」


その言葉に驚いて秀頴に向き直って

「だから俺はさっから嫌だなんて一言も言っちゃない、だ、、ろ、、?」


そう言いかけて秀頴をみると小刻みに肩が震えている。

えっ… 泣いてる? また泣かせちまったのか?!


気づいた時には腕を掴んで胸元へ引き寄せ思い切り抱きしめていた。


「すまない。本当にごめんよ」

「何で謝るのさ」涙声で答えてくる。


「また泣かせちまったなと思って…」

「ねぇ、宗さんは謝らなきゃならないことをしたの?」

「してないつもりだけど…」

「じゃあ何で…」

「ん?」

そう言って秀頴の顔を覗き込む。


「宗さん、ずるいよ。ちゃんと答えてよ」

「で、何が聞きたい?」

「さっきからどうしてこっち向いてくれないの?」


腕の中にいる秀頴が俺の顔を見られない様に頭を撫でながら告げる。


「最初に言った通り、秀頴の顔を見ることも手を取ることも照れくさくて

どうしていいのか判らなくなるんだよ」

「本当に?」

「本当に!!」


「宗さんは遊び慣れてるからそんなこと平気なんじゃないの?」

「遊びなら平気だったんだけどね。今回は初めてだらけで自分でも困ってるさ」


「ふーん。やっぱり遊びなら平気なんだ」


顔を上げて俺を見つめる秀頴の視線が鋭く感じる。

あれ… 今の言い様は納得ではなくて怒りなのか…。

俺、何かまずいこと言ったのか?


さっきの言葉で秀頴の怒りを招いたようだが、とりあえず今は

気づかないふりをして返答することにしよう…。


「遊びなら気楽なんだけどねぇ」

「じゃさぁ、宗さんにとって俺は遊び?」

「違うよ」


「何でそう簡単に断言するの?!」

「俺の中ではハッキリしてるから」

「そんなことで俺が納得すると思う?」


秀頴の責める様な眼差しが痛い。


「なぁ秀頴、どうすれば信じて貰えるんだい?

これまでの俺の行動を見てりゃ信じろって方が無理なんだろうと思うけどさ」


今までの遊びを責められることは覚悟してたけど

この気持ちをきちんと伝える上手い方法が見つからない。


「宗さんが嘘をついてるとは思いたくないよ。

でもね、俺が宗さんに騙されてるって言う人が大勢いるんだ。

宗さんは気に入った相手を本気にさせたらそれで終わりだって。

だから、触れてこなくなったのも、そういう理由なのかと思ったら…」


「そうか… それで不安にさせてたんだね、俺が悪いな。ごめんよ」

気持ちまで絡めとる様に、そっと抱きしめる。


「宗さん…。なんでこんな時に優しくしするんだよ。

これで俺はまた宗さんを嫌いになれなくなるじゃないか。

どんなに人から騙されてるって言われても、宗さんが本気かなんて事すら

どうでも良くて、自分の気持ちが先走るんだ!

いつだって俺ばっかり本気にさせてさ!

宗さんはいつも余裕があって。そんなのずるいよ」


「余裕?!」

「だっていつも焦ったりしないでしょ?」

「してるよ」

「嘘!」

「嘘じゃねぇ!!」


「またそうやって俺を言い包めるつもり?!」

「そんなつもりじゃないんだけど、これまでの事があるから

信じろってのが無理な話か…」

「じゃ違うの?」


自分の蒔いた種とはいえ、ここまで疑われるなんてねぇ。

今更気づいても遅いか。もう言葉が出てこない。


「信じて貰えないって、辛いな…」

そう言って秀頴から離れた。


「宗さん、、?」


座敷に大の字で寝頃がって天井を仰ぐ。

昔、幼い頃に言われ続けた言葉が鮮明に思い出される。


「お前が生まれて来たのが間違いなんだよ」

「あの家を継げると思うな!」

「内弟子にでも行ってくれたら助かるのに」


生まれた時から罪を背負っていると、生きることは恥を晒し続ける事だと

言われ続けてたっけね…


もう忘れたと思っていたのに…。

案外と心に深く染み付いてるもんなんだな。


たぶん今の俺は情けない顔をしていて、こんな自分に会うのは久しぶりだ。

忘れた筈なのに思い出し始めたら、色々なことが浮かんでくる。

思わず涙がこぼれそうになった。

両手を顔の前で交差して、両の袖で顔を覆い隠す。

幼い時に覚えた人目につかない様に泣く方法だった。



「秀頴が言う様に、今まで相手が本気になったら袖にしてた。

でもさぁ、俺は浮舟だから誰のものにもならないって言ってたんだぜ。

あいつらだって遊びで構わないって言ってたくせに、

いつの間にか本気になって俺を責めるんだ」


「宗さんは俺にはそんな事言わなかったよね」

「ん… 本気だったから」


秀頴はどんな顔をしているんだろう。

その表情が見たい思いより、自分の顔を見られたくなくて

声色から想像するしかない。


秀頴が側に来て座る気配がする。

「ねぇ本気だったってどういうこと?」


苛立った声で問う声がした。

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