江戸09 ことうけ 弐
人ってのは思いの外の言葉を聞くと思考停止するらしい。
今、伊庭は何を言ってるんだ?
これは夢かもしれない。信じられない思いで言葉にならない。
「宗さん…??」
伊庭が不安そうに顔を覗いていることに気づいた。
「あ、、あぁ俺は嘘はついてないから」
「本当に?」
「信じられないかい?」
「うん。だって宗さんは、あれだけ沢山の人が言い寄ってきても
全く相手にしなかったじゃないか。それに誰にも本気にならないって
聞いてたから余計かな」
「そりゃ確かに色々見られてるから信用ねぇよなぁ」
我ながら今までの自分の行動を振り返ってみれば自嘲するしかない。
「で、宗さんどうなの?本当に信じていいんだよね?」
伊庭の真剣な目に応える様に、俺も思っていたことの全てを話す事にした。
「俺はね人を好きになるってことが判らなかったんだよ。ずっと…
あの時言ったことは本当で、自分の気持ちを隠してでも一緒に居たいと思った。
そんな相手に出会ったのは伊庭が初めてだったんだよ」
「俺が初めてなの?」
「うん。そう初めて。ってことは…」
頭に中に『初恋』って言葉が浮かんだ瞬間顔が赤くなっていく。
見られたくなくて思わず手で顔を隠した。
「宗さんどうしたの?」
「あ…いや… 今顔見ないでくれ…恥ずかしいから…」
「いつもの余裕のある宗さんとは違うね」
伊庭はくすくす笑う。
「いやさ、だから俺もこんなことは初めてでどうしていいか判らないんだよ」
「ねぇ宗さん。宗さんの口からどう思ってるのか聞きたいんだけど、駄目?」
「あのさ、前から思ってるんだけど『駄目?』って上目遣いで見られるのに
すごく弱いの知ってたかい?」
「えっ?! そうだったの?」
嬉しそうに伊庭はくすくす笑い始める。
「ついでに!! その笑い方もそうだからなっ!!」
「本当に今日の宗さんはいつもと違うよね」
またくすくす笑ってやがる。
「そんなこと言ってたら今度はお前さんが困る番になるぜ」
そう言いながら無防備な伊庭の後ろに回る。
「そ、、宗さん、、、? な、、何?」
「俺の口から聞きたいって言ったろう?」
後から両手でゆるく抱きしめて背中に顔をうずめる。
伊庭が困り始めてるのが判った。
「宗さん?」
「俺ね、今まで好いてるとか惚れてるって言葉は簡単に言えたんだよ。
本人に向かって正面から目をみてさ。でもそれは本当に相手のことを
好きじゃないから出来る事だって伊庭を…いやもう秀頴って呼んでいい?
どうも伊庭っていうと伊庭のダンナのこと思い出すしさぁ」
「ん、いいよ。あの父親思い出されても困るし」
またくすくす笑ってる。
「じゃ話を戻すけどさ、秀頴に対して好いてるとか惚れてるって言葉を
思い浮かべるだけで、照れて言えなくなるんだ。だから今も前を向いてて
くれないかな。でなきゃ話が出来ない程照れくさいから…」
「うん…」
「それとさ、俺ね人を好きになることは勿論、人に愛されることにも
慣れてないんだ。だから俺なんかと一緒にいると嫌な思いをさせて
しまうかもしれない。もし何か心に引っかかる事があれば聞いてくれないか。
その時は正直に本当のことだけを、本音だけを話すから。
ねぇこんな奴でも嫌わずにいてくれるのか不安で仕方ないんだ。
朝(あした)になって、前言撤回なんて言わねぇよな?」
「宗さん何心配してんの? 大丈夫だよ!俺を信用してよ!!」
「そうか…良かった。ありがとう秀頴」
腕の中で秀頴が何かを思い出して笑う。
「ところでさぁ、肝心な言葉をまだ聞いてないんだけど」
ゆっくりと腕に力を込め耳元で囁く。
「秀頴、お前のことが好きだよ」
そして俺達の思いをのせたまま、夜は更けていった。
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