第28話

「結愛ちゃんみたいに可愛い子、娘に欲しいわぁ! うちってこの子一人だけだから」

「あ、ありがとうございます……」

「もういいよ……。うちのどうでもいい話を真島さんにするなっての!」


 侑人は自分の母親の変な部分が出てきてしまったと、内心焦りながらとにかく結愛から何とかして離すことを考えていた。


 何の才能かよく分からないが、うちの母親は男子的に可愛いと人気になる女子を、一目で見分けることが出来る。

 入学式や卒業式といったたった数時間だけで「あの子、ダントツで可愛い」と言ってきて、何度も驚かされた経験が侑人にはあった。


 それだけなら特に気にすることの程でも無いのかもしれないのだが、何故かこの手の話題を口にしだすと、やたらテンションが上がる。


 これまでは家族の前か、柚希の前でしか見せたことが無かった。


 今ではもう柚希はこの母親の様子に慣れてしまっているが、中学生ぐらいの頃はこのおかしなテンションに、一方的に押されていた。


 あの柚希で押されてしまうのだから、元々落ち着いた性格で、押しの強い相手には抵抗感を感じると口にしていた結愛にとって、また意味は違うとはいえ、困ってしまうのは明白。


 せっかく仲良くなってきたのに、こんなことでドン引きされて関係性が壊れましたなんて、笑い話としてもひどすぎる。


「真島さんも帰らないといけないんだから、邪魔するんじゃないよ!」

「はいはい。結愛ちゃん、これからもこの子のことをよろしくね」

「は、はい!」

「最後まで気持ち悪い事を言うなって! ……ごめんね、真島さん」

「いえいえ、大丈夫です」

「帰り道、気を付けて」

「はい。また……明日」

「うん、またね」


 何とか嵐のように結愛へ襲い掛かる母親を押さえつけ、侑人は帰宅の途に着く結愛を見送った。


 結愛が曲がり角を曲がって、姿が見えなくなったところでようやくふぅっと一息ついた。


「変なことするんじゃないよ。相手は柚希じゃねぇんだからさ……。普通にやってること、ドン引きだぞ」

「あんた、あの子と随分仲がいいのね?」

「えっ!? いや、ただのクラスメイトだけどな……?」


 さらっと母親の口にした言葉に、侑人は思わず飛び上がってしまった。


「ただのクラスメイト? あんなに楽しそうに話して、しかも母さんが戻って来ても、しばらく二人とも気が付かないくらいなのに?」

「うっ……」

「それにさっきの別れ際だって、名残惜しそうに声かけちゃって。あれで何もないは流石にねぇ?」

「分かったから、もうそれ以上言うなって……」


 確かに、結愛の表情が変わるまで全く気が付かななかったし、侑人的にはかなり痛いところを突かれた。

 こんな形で、結愛との関係性を目撃されることになるとは思わっていなかったし、まさか最初に知られてしまうのが、親だとは全く考えてもいなかった。


 高校生なのに、親に異性関係のリアルな部分を見られるというのはかなりきついものがあるが、高校内に噂が広まらないことを考えたら、まだマシなような気もしてきた。


「しかし、良い雰囲気ね! 仲がいいのに、お互いに敬語で気遣っている感じもあるし、初々しいわ~!」

「恥ずかしいから、そう思っても実際に口にするな!」


 色々と他者目線で、彼女との関わり方を口にされると、顔から火が出ているのではないかと思うぐらい羞恥で熱くなる。


「それにしてもあんたがあんな可愛い子とねぇ? 絶対にものすごくモテる子じゃない?」

「まぁな。多分、学年で一番モテてるんじゃないかな」

「そんなことあんなに仲良くなるなんて、どんなマジックを使ったのかしら。あんたの帰りが最近やたら遅いのも、あの子が関係してるのね?」

「……ま、まぁそう」


 もう自分の顔の熱さと、心の落ち着かなさから、母親の追及から逃れられないと感じた侑人は、遂に放課後の時間に結愛と一緒に居ることを打ち明けた。


「なるほどねぇ……」

「べ、別に変なことはしてねぇよ……」

「そんなの、あんたらの様子見てたら分かるわよ。もっと関係性が進んでいるのなら、あんな初々しさ出ないし」

「……」


 不純なことをしていないことを分かってもらえるのは良いことなのだが、やり取りから断言されてしまうあたり、また猛烈な恥ずかしさが込み上げてくる。


「あの子も見る感じ、相当勉強が出来そうな雰囲気だった。考えるに、あの子と一緒に勉強したりしてから、帰ってきてるのね?」

「……そこまで分かるのか?」


 この少しのやり取りだけで、数か月間秘密にしてきたことをあっさりと見抜かれてしまった。


「お互いにいい方向に働いているなら、本当に理想的じゃない。ま、たとえ成績が下がってても、あの子や柚希ちゃんぐらい可愛い子と仲良く過ごしてるなら、仕方ないって思っちゃうけどね。夏休みは、あの子とデートする予定とかあるの?」

「……言うつもりはねぇよ」

「それ、あるって言ってるようなものじゃない! いつ予定してるの!?」

「言わねぇよ!」


 普通に息子のプライベートの予定を聞いてくる母親。

 しかも、この感じだと息子がどう過ごすかが気になっているというよりも、明らかに結愛のことが気になって聞いているようにしか見えない。


 息子に過保護であるよりはマシに見えるような気もするが、これはこれでキツイものがあるのだが。


 その後、自宅に戻る車の中でも、延々と結愛自身のことについてと、彼女とのかかわりについて尋ねられ続けた。

 喧嘩しても勝てないと思っていたが、このような食い気味な勢いで話をしてくる時も、はぐらかすことはとても出来ず、こう言った時にも母親には勝てないのだと感じ、思わず深いため息をついてしまった。




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