第27話
夏休みを迎える前に、生徒の大半が憂鬱になるであろう出来事が一つある。
「懇談会、嫌すぎるわ……」
「いやいや、あんだけ成績良くて何をそんなに心配する必要があるっていうんだ」
「まぁ、それはそうなんだけどな……」
懇談に対して、落ち着かないとばかりに口にした侑人に、敦人が呆れたような様子で突っ込んできた。
確かに敦人の言うとおり、変なことは何もしていないし、何ならこれまでより成績は上がっている。
それでも、自分の話を親と教師がするところにいなければならないという変な緊張感は、いつまで経っても慣れる気がしない。
「侑人がそんなにビビってると、もっと色々と問題な俺はどうなっちまうか不安なるから、堂々としてくれ」
「す、すまん……」
色々と問題があるのは、ちゃんと個人的にがんばって欲しいことなのはずなのだが、追い詰められつつある侑人は、そんな敦人からの言葉をすんなりと受け入れて詫びを入れた。
とにかく終わらないことには、侑人の気持ちは落ち着きそうにもない。
高校の授業は、懇談会の日程が組み込まれているために昼までに終了する。
大半の生徒は、部活を長時間出来る貴重な日として、それぞれの活動の場に向かっていった。
結愛も、今日は夏休み前最後の活動ということで、調理室の大掃除や、ちょっと時間のかかる料理などに挑戦するとの話だった。
そんな中で、帰宅部である侑人は、懇談の予定である時間まで、ずっと校内で時間を潰さなければならなかった。
学期末で授業も新しい分野に入ることもないので、大して自主勉強することもない。
仮にあったとしても、この落ち着かなさではとても身にならなかっただろうが。
「母さん、こっち!」
「はいはい、そんな急がなくても時間には余裕があるでしょ」
懇談の時間が近付いてきたところで、高校までやってきた母親と合流して教室へと向かい、中に入るとすでに担任教師が準備を整えていた。
「小野寺君ですが……。去年から成績は優秀ですし、今年に入ってから更に成績が伸びたようですね。おうちでもやはり頑張られているのでしょうか?」
「さあ、どうなんでしょう? 結果が出せているので、特に親の私たちから生活面含めて口出しすることもないので」
侑人の母親は、別にかしこまった様子もなく、担任からの質問に淡々と答えている。
「生活面もですか。確かに小野寺君は、真面目で成績も優秀です。だからこそ、部活等もされるとより良い模範的生徒になれると思うのですが……」
もう聞きなれたことだが、去年から毎回のように懇談時には、侑人が部活未所属であることを取り上げてくる。
だが、最近は結愛と放課後を過ごすことが格段に増えたこともあって、以前のように早く帰宅することがほとんど無くなっていた。
当然だが、異性関係の事で親に話すわけもなかったので、ここでこの話を取り上げられた時、侑人は少しだけドキッとしてしまった。
「だからなんですか? 去年から毎回のようにしつこいですね。うちの子が部活に入らないということは、親である我々も承知して決まった事。成績も安定し、問題行動を起こしていない。部活に入ってないだけで問題児なんですか?」
「い、いえ。そのような意味では……」
「だったら、毎回のように同じこと言って来るの止めてもらえません? 不愉快なんですけれども」
びくびくしていた侑人の隣で、母親は少し荒げたことを出した。
もちろん侑人もびっくりしたが、一番びっくりしたのは担任教師だろう。
家族のだれも口にはしないが、侑人の母親は相当気が強い。
例え男が相手でも一切退くことはなく、侑人としては一生母親と喧嘩しても勝てないとまで思うほどだったりもする。
そんな侑人の母親からきつい言葉を貰った担任教師は、その後「特に言うことが無い」とそそくさと話を切り上げてしまった。
教室から出ると、ようやく懇談前に感じる緊張感から解放されて、ふぅっと一息つくことが出来た。
「母さん、ありがと」
「別にお礼を言われるほどの事じゃないけどね。母さんとしても、あの言葉は聞き飽きたし。ただ、あんた最近帰ることが遅いけど、何かしてるの?」
「えっ!? そ、それは……」
別に悪い事をしているわけではないが、親にはとても話難いことであるため、あからさまに動揺してしまった。
「ま、言いたくないこともあるか。高校二年だしね。悪いことしてるわけじゃないんでしょ?」
「……それは言い切れる」
「ならいいわ。成績もむしろ上がってるし、何も言うことはないからね」
侑人の母親は、それ以上侑人に追及はせずに、話を切り上げた。
色々と察してくる母親に、侑人は心から感謝をした。
「ちょっとお手洗い行って来る。車で来てるけど、あんたも一緒に乗って帰る?」
「うん」
「じゃあ、ちょっとここで待っててくれる?」
「はいはい」
近くのお手洗いに行った母親を、廊下で待つことになった。
いつもの放課後くらいの時間だが、お昼ぐらいから部活が始まっていたこともあって、既に終わったところも多いのか、普段よりも静かな時間を迎えていた。
「……小野寺君?」
「あれ、真島さん」
窓から外の景色を見ていると、聞きなれた声で自分の名前を呼ばれた。
振り向くと、結愛がこちらに近づいてきていた。
「いつもより長めに活動するって言ってたけど、こんな遅くまで?」
「そうですね。夏休みは基本的に活動する予定が無いので、活動や片付けなども含めて色々していたら、こんな時間になってしまいました。小野寺君は、懇談でしたね。時間的にもう終わったのですか?」
「うん。何とかね」
「小野寺君はちゃんとしてますし、言われることなんて無いでしょうに」
「それが、毎回部活のこと言われるんだよね。親も承知してくれてるとはいえ、良いように言われないこと分かってるから、こうして懇談が終わるまでは落ち着かない時間が続くよね」
「そうなんですか……。すみません、今日は一緒に居れなくて。話が出来れば、ちょっとは気分も和らいだかもしれないのに」
「いえいえ。個人的な問題なので、真島さんはしっかり同好会の活動を楽しんでももらえることが一番ですから」
既に校舎にはほとんど生徒などいないので、いつも二人でいる時のように会話をついついしてしまう。
ところが、ニコニコしていた結愛が突如緊張したような表情に変わった。
「こんにちは、侑人のクラスメイトさん?」
母親がお手洗いから帰ってきて、二人に近づいてきたのを、結愛が先に気が付いた形である。
「……あー、クラスメイトの真島さん。柚希の親友」
「こ、こんにちは……。真島結愛と申します。小野寺君にはお世話になっています」
「しっかりした子ね! それにびっくりするくらい可愛いし! 柚希ちゃんと言い、あんた意外と可愛い子との接点が多いわね」
「何て下品な言い方をするんだ……。真島さん、ごめん」
「い、いえ……」
母親が会話に混ざって来てから、結愛は恥ずかしそうに顔を赤くしてうつむいてい小さくなってしまっている。
「結愛ちゃん、この子ちゃんと優しくしてる?」
「変なことを聞くなよ……」
彼女がかなり小さくなっているのに、グイグイと質問をぶつけていく。
しかも、さらっと下の名前で呼んでおり、侑人はその部分についても少なからずショックを受けていた。
「と、とても優しくしてもらってます……」
恥かしそうに俯き加減で、絞り出すように小さな声で結愛はその質問に答えた。
ただ、そんな答え方をされると、とてもいかがわしい感じになるのでそんなに恥ずかしがらないで欲しいところだが。
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