第25話

 結愛と柚希から差し入れを貰った後、最後の試合に向けてグラウンドで敦人とパス練習をしていた侑人は、周りの様子を見た。


 時間が経つごとにどんどん人が増えてきて、メイングラウンドを使っているとはいえ、一年生の時に見た記憶よりも圧倒的にギャラリーが多い。


「観戦するにはいい条件がそろってるって言っても、こんなに集まるものなのか……?」

「後輩に話を聞いたけど、一年生はもう全部試合が終わったらしいぞ。外野からの復活無しのドッジボールで、勝負が決まるのかなり早かったらしい。でも、いつもの放課後の時間までは解放されないから、みんな見に来たんだとよ。それに、三年生の中で勝ち残ったクラスに興味が無い人もここに来てたりするしな」

「なるほど……。そりゃ人が多いわけだ」

「人が多い方が盛り上がるし、良いことだな!」

「そ、そうか……? これまで頑張ってきても、この試合でミスったらずっと『あの時にダメだった人』って認識になるだろ」

「ネガティブだな~、いけるって!」


 これまでの試合で頑張ってきたとしても、この試合から見始めた大半の生徒はそれを知らないわけで、ここでミスをするとそのレッテルをずっと貼られ続けることになりそうで、侑人はかなり不安を感じている。


 ブロックやマークだけならともかく、パス出しや急いでクリアする時にボールを蹴るのをミスったりすることは、かなりあり得ること。


 ささっと点数を取ってもらって、ひたすら守るだけの状態にして欲しいものだが、現実はそうはいかない。


 決勝の相手はもちろんここまで勝ち上がってきたこともあって、侑人たちのチーム同様に、動けるメンバーを固めて作ったチームになっている。

 更に、サッカー部在籍者もお互いに同数と言う状況になった。


 しかし、試合の状況としては劣勢に立たされていた。

 理由としては、相手のサッカー部在籍者が全て前線と中盤の選手で、ボールを持つのが極めてうまいためである。


 いくら運動が出来る敦人たちでも、部活で常にプレイしている相手との対面に勝つのは厳しい。


 ボールはかなりの時間を相手に保持され、常に攻められるという状況になっている。


 その中でも、テクニックで一切止める気の無い侑人は、特に支障なくディフェンスを行うことが出来ていた。

 良い策とは思えないが、危ないと思ったらもうゴール前に張り付いて塞ぐことだけを意識する。

 劣勢であることもあって、チーム全体が守勢に守っていることもあって、このスタイルが上手く刺さって、得点は許さない。

 そんな躊躇の無い侑人のブロックに、ギャラリーはざわつく場面すらあった。


 そのまま0-0で前半を折り返すことになった。


「思った以上にきついな……。守り切ることは出来ても、攻めって感じにならんな」

「無理して攻めても意味ないから、カウンター一本狙いで無理だったらPK勝負でいいんじゃない?」

「だな。そうしないとあいつらとのボールの奪い合いには勝てんわ」


 短いインターバルの中で、後半どうして行くかの作戦を共有した結果、守勢に回りつつ隙を狙うことになった。


 後半が始まると、再び相手チームの怒涛の攻撃が続く。


 相変わらず苦しい展開だが、相手も全員がサッカー経験者と言うわけではないので、攻め方はどうしてもワンパターンになるため、防ぎ続けることは出来ている。


「侑人、頼む!」

「あいよー」

「小野寺!」

「はいはいー」


 侑人は自分の名前が呼ばれるたびに、相手のシュートやパスのコースに飛び込んで止める。

 本来はこういった守りだけではなく、足の速さや利き足が左足であることなども考慮されていたのだが、その要素が生かされる機会は全くない。


 だが、侑人としては先ほど危惧したように、ミスする可能性が高いと踏んでいるパスやドリブルをしなくて良いのは、ある意味助かっている部分もある。


「何とかなりそうだな……」


 このまま引き分けで終わることが出来れば、PK合戦になってオフェンス陣が先に蹴っていき、自分の出番が来るまでには勝負がつくはず。

 後半も徹底した守りで得点を許さないまま、終了間際に侑人が居るポジションとは逆の右サイドで繰り広げられる攻防を見つめながら、そんなことを思っていた時だった。


 右サイドで味方が相手の攻撃を防ぎ切り、ボールを奪い取ることに成功した。


「よし! 小野寺、走れ!」

「は?」


 ボールを奪い取った味方から、侑人の名前を呼ぶ声が聞こえ、大きく侑人が居るはるか前の方に向かってボールを大きく蹴りだしながら、走れと言ってくる。


 もう終わっただろうと油断していた侑人は、思わず素っ頓狂な声を上げたが、一先ずボールを必死に追いかけることにした。


 逆サイドから放たれたボールは、コートの対角線上の左サイド前線に向かって飛んでいく。

 侑人が全力でこのままは知っても、ラインを割るまでにボールを拾えるかはかなり微妙なタイミングとなっている。


「小野寺君、頑張って!」

「侑人、これ拾えたらチャンスだから足がちぎれても走って!」


 サイドを駆け上がる途中で、結愛と柚希の目の前を通過した。

 二人はそれぞれ、侑人の背中を押す声をかけてくれている。


 ここでボールを拾えないと、がっかりされてしまうに違いない。

 ここは根性の見せ所とばかりに、侑人は50m走を走るときと同様に必死に走って、ライン上ギリギリで、ボールを確保することに成功した。


 そして左サイドのコーナー付近までボールを持ったまま上がると、味方のオフェンス陣と、守備に回る相手チームも追いついてきた。


「クロス上げてくれ!」

「上げてくれって言われても……」


 簡単そうに言われるが、ボールを蹴り上げるというのは簡単そうで意外と難しい。

 弾んでいるボールなら、足をしたに潜り込ませて蹴り上げればいいのだが、弾んでいないボールを適度な高さで入れることは、それなりにボールの蹴り方を知っている人でないと出来ない。


 侑人が戸惑っていると、クロスを上げさせまいとディフェンスが二人もやってきた。


 このまま詰め寄られると、簡単にボールを取られることは容易に想像出来る。


 ならば、結果はどうあれゴール前にクロスを入れるしかない。


「どうにでもなれ!」


 半分やけくそで、侑人はゴール前にクロスを入れた。

 しかし、ここで侑人が全く予想していなかったことが起きた。


「あ……」


 侑人の蹴りだした足は、ボールよりも先に地面を捕らえてしまった。

 地面をつま先で削りながら、遅れてボールを蹴った。


 そして、予想していなかったのはクロスを防ごうとしたディフェンス二人にとっても同じだった。

 しっかりと上げてくると思っていたために、ジャンプしながら身体を投げ出していたのに、弱い勢いの低い弾道でゴール前にクロスが入った。


「よっしゃあ! ナイスだぜ侑人!」


 そこにタイミングよく走りこんできた敦人が、足で合わせてボールをゴールに押し込んだ。

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