第16話

 どうでもいいことですが、ソフトボールを使うのは小学生限定だったらしく、高校生はハンドボールのようですので、ソフトボール→ハンドボールに変更しました。


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「何とか反応して取りたいところだな……」


 結愛から受け止めて欲しいと言われた以上、侑人としては何としてもその要望に応えたいという気持ちになった。

 ただ、それは意外と難しい事だと侑人は感じていた。

 彼女はこちらに向かって投げると言っているが、そもそもこれほど思い切ってボールを投げる機会が存在しない。

 男子ですら、コントロールがおぼつかない時があるので、女子ではなおさらそう言ったことが起きやすい。

 結愛の言うことを信用しないわけではないが、この誰にも悟らせずに始まった『究極のキャッチボール』を成立させるためには、侑人の瞬間的な判断による動き出しが必須条件になってくる。


「リリースされた瞬間にどれくらいの位置に行くか考えないと、他のやつに捕られる可能性があるな……」

「じゃあ、次は……真島さんだね。位置に着いてください」

「はい」


 結愛が体育教師に呼ばれ、所定位置に着いて思い切って投げる。


「!」


 侑人が想定していたように、自分の居る方向からはズレた方向に向かってボールが飛んでいく。

 ただ、リリースされた瞬間の飛んでいくボールの方向性と角度からどの地点に着地するかある程度分析した侑人は、その位置に一気に走り込む。


「オッケー、真島さんのボールは俺が…っ!?」


 本来、結愛が投げたボールが着地する地点に近い男子が捕球体勢に入っていたのだが、侑人はその前に飛び込んでショートバウンドのボールを捕球した。

 彼女からの言葉に発奮したのはあったが、捕球した後、何気に自分の想像を遥かに超える動きをしたと感じてしまった。


「そこまでボール追わなくても大丈夫だよ~! 後ろにも手伝いさんいるから!」

「す、すみません!」


 教師を含めた女性陣の方を見ると、反応が様々。

 大半の女性生徒は、先ほどの動きを見たからなのかポカーンとしているし、名前は言わないが約一名は顔が猛烈にニヤついている。

 そして、投げた本人は顔を赤くして恥ずかしそうにしている姿に、出しゃばりすぎてしまったかもしれない。

 幸いなのは、侑人が真面目であるがゆえの動きであると思っているのか、教師がそんな嫌な顔をしていなかった。


「お、小野寺。お前、ボール追いすぎだって!」

「いやぁ、すまん。ボールだけ目で追っちまってたわ」


 あたり前だが、さっきまでそんな動きを一切見せていなかったのに、突如としてそんなおかしな動きになるわけがない。

 自分で言いながら突っ込まれそうだと思ったので、そうなる前に捕球したボールと共に自分が立っていた位置にそそくさと引き返した。


「すみませーん。この後番が来るので、そのボール貰ってもよろしいですかぁ?」

「……お前、顔に出てるぞ」


 周りの人が見たら、一体どうしたのかと思うぐらい顔をニヤつかせながら、柚希がボールを受け取りに近づいてきた。


「顔に出てるも何も、そっちこそ大胆じゃん! 何、結愛のものは誰にも触らせたくないってこと!?」

「……何か言い方が嫌だな。頑張って投げるから、受け取ってくれって言われたんだよ」

「体育の時間すら、二人だけの時間にし始めたか……! ってか、結愛めっちゃ可愛いこと言うじゃん」

「それで何とか頑張ろうと思った結果がこれ」

「正直言って、周りの女子がざわついてたよ? だって、野球経験者ががショートバウンドのゴロ捕球するみたいだったし」

「マジか。何か予想以上の動きはしていたように感じたけど、そこまでの動きをしていたのか」

「お願いを叶えて、動けるところも見せる。やりおるなぁ」

「これ以上言葉にするな」

「ってか、こんなに仲良くしてて付き合ってないとかマジですか?」

「宮西さん、小野寺君? ボールの受け渡しが終わったら、それぞれ戻ってくださいね?」

「「す、すみません。すぐに戻ります」」


 結愛の場合は、やり取りを続けてしまうとこうして教師から不審がられることまで頭に入れていたが、この二人にはそこまでの余裕が今は無い。

 再び悪目立ちをしてしまったと痛感した侑人は、その後はおとなしく任された範囲のお手伝いを淡々と続けることだけを意識した。



 放課後、いつものように誰も使っていない教室に集まった侑人と結愛は次週の準備を一緒に行っていた。


「体操服、ありがとうございました。洗ってお返ししますので、もう少しお預かりさせていただきますね」

「分かりました。自分は今日ぐらいの気温でも半袖で十分でしたので、返すのは急がなくて大丈夫です。荷物の負担が少ない時にお持ちいただければ」

「分かりました。重ね重ねありがとうございます」


 本当は「別にそこまでしてもらわなくても大丈夫」と言いたいところだが、それはそれで相手にとっては嫌かと思ったため、その言葉は収めておくことにした。


「ボール投げ、うまくいきませんでした」

「ああいったボールを力いっぱい投げるということは、なかなか男子でも難しいですよ。それに真島さんは、運動部でも無いですし」

「だとしても、小野寺君に無茶をさせてしまいました……」

「自分がどうしても、真島さんのボールを取りたいと思った一心で動いただけです。結果的に目立ちすぎてしまいましたが……。真島さん的に、良くなかったですかね……?」


 彼女の恥ずかしそうな顔が印象的で、出しゃばりすぎた行動にマイナスな印象を持ってしまったのではと、侑人的に不安を感じている部分があった。


「私は……嬉しかったです。私が何気なく言ったことを、あんなに真剣に向かってくれて、しかも私が失敗した中で受け取ってくれたんですから」

「男として、見せ所だと思いましたから」

「はい、かっこよかったです。小野寺君、運動神経いいじゃないですか」

「思った以上に体が動きました。もう一回やれと言われたら、出来ないんじゃないかと思います」


 何気ない一日の中にある体育の時間だったはずが、天のいたずらか予想外の天候から、この二人の関係性をまた大きく近づける一日となった。

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