第15話
体育の授業は男女別に行われるが、雨の日と被りすぎた影響でどちらもグラウンドを使うことになった。
グラウンドを半分ずつに分けてそれぞれの活動を行っていくのだが、当然、男子たちは女子が見える位置に居るということで、運動が出来る自信のあるものを中心に張り切っている。
一方、侑人にとっては全く想定していない事態である。
「みんな張り切ってんなぁ。頑張ったところで、ある程度の子に彼氏がいるって言うのに。やっぱり真島さんにアピればチャンスあると思ってんのかね?」
「……」
「あれ、どうした?」
「え、何か言ってたか?」
敦人が話しかけてきたことに対して、侑人はほとんど耳に入っていなかった。
先ほどのやり取りだけでも頭の中がいっぱいいっぱいだったのだが、まさかの同じ場所で授業をするという、彼女が自分自身の体操服を着ている姿が目に入るかもしれないという現実を受け止めきれておらず、若干頭がショートしている。
「随分とボーっとしてんな。何かあったか?」
「い、いや別に何もない。ちょっと腹が痛かったような気がしたが、気のせいだった」
「腹痛が気のせいってどういうことだよ……。思った以上に寒いから、無理はすんなよ? ってか、お前長袖の体操服持ってなかったか?」
「さ、最近暑かったからもう要らね―かなって思って持って帰ってたわ」
「そうだったのか。まぁ、最近の熱さを考えたらそりゃそうだな!」
見える位置に居るとはいえ、この状況を把握している侑人以外は、まさか結愛が男の長袖体操服を着ているなどということを知る由は無い。
男子誰にも気が付かれていないのに、自分自身の挙動でボロを出すわけにはいかないので、必死に平静を装おうとした。
思わぬ鋭い指摘に飛び上がりそうになったが、何とかそれっぽい理由を付けて誤魔化しきった。
今のところ、広いグラウンドをめいいっぱい使っているので、女子の方を見ても結愛の姿を見つけることは出来ない。
侑人としては、直接彼女の姿を見て動揺することはないという安心感と、こんな二度と訪れないであろう機会を見逃してしまうという後悔が、心の中でずっと戦い続けている。
「今日は運がいいことに、外で体育が出来る! この機会をしっかりと活かし、さっさと体力テストの項目をやっていくぞ!」
50m走、走り幅跳び、ハンドボール投げなど、体力測定にはグラウンドで行われるものがある。
ずっと天候不順で行えなかったために、この機会に出来るだけ急ピッチで進められることになっている。
男子は50m走と、立ち幅跳びを行い、女子はハンドボール投げを行うことになった。
「侑人、お前めっちゃ足早かったよな?」
「言うて6秒中盤くらいだけどな。中学一年の時には6秒台になってたから、伸びしろはほぼ無いんだよなぁ」
「なぜその身体能力を球技に生かさないんだ……」
「ボールを持つと、能力が10%以下になるから仕方ねぇだろ」
立ち幅跳びの練習をしながら、そんな話をする。
一年生の頃に一回測定しただけなのだが、よく覚えているなと感心してしまう。
その記憶力を、勉強に少しでも還元してくれたら……と侑人は思うのだが、敦人にとっては侑人が自分の脚力を生かそうとしないことに対して、同じような感情を抱いているのだろうなと感じてしまった。
出席番号順に呼ばれ、無駄な注目を集めながら記録を取っていく。
脚力はあるはずなのだが、なぜか立ち幅跳びはタイミングの取り方含めやり方が分からず、侑人は全くいい記録を残せなかった。
「おい、侑人。真面目にやれよ~」
「真面目にやってこれで、結構へこんでるからいじるの止めてくれ……」
「それだけの力があって、あれだけの記録ってことは体幹がダメってことか。やっぱりちゃんと運動しようぜ」
「ぐっ……!」
あまりにも敦人の指摘が的確過ぎて、返す言葉もなかった。
走り幅跳びの記録を取り終えると、続いて50m走に入った。
記録を取る前に、軽くランニングでアップをしていくのだが、そこに女子の体育の授業を行っている女性教師がこちらに走ってきた。
「お取込み中、すいません。余裕のある男子の方に、ボールの回収をお手伝いしてもらうことって出来ますか? 女子だけだと思った以上に時間がかかりそうで」
「分かりました。ではこちらから何人か手伝わせに行かせます」
「ありがとうございます」
「ということで、出席番号の後ろから三人手伝いに行ってやれ。で、50ⅿメートル走が早く終わる出席番号の頭から三人が終わり次第、手伝いを交代。後の生徒は、スタートの合図、ストップウォッチ役等積極的に行うように」
そんな体育教師からの指示を聞いて、侑人はドキッとしてしまった。
名字が小野寺という、あ行に位置しており、出席番号が三番でギリギリ対象者に入ってしまったからである。
流石にボールを回収する位置まで近づけば、結愛の姿を見ることになってしまうに違いない。
一気に頭が混乱してきたが、まずはがむしゃらに走ることを決意した。
結果、二人並んで走るのだが、侑人の隣居た相手を一気に抜き去ってゴールした。
「記録、6秒42!」
「いやいや、帰宅部のレベルじゃねぇだろうよ……」
先ほどの走り幅跳びのふがいなさから一転した記録に、敦人がドン引きしている。
「よし、先ほど言った三人は今手伝っている生徒たちと交代して、女子の手伝いをするように」
教師からの指示を受け、女子が行っているハンドボール投げの手伝いに入る。
やり方としては、投げられたボールを必ずバウンドさせてから拾うということ。
ダイレクトキャッチをしてしまうと、着地点がどこか分からなくなり、きちんとした記録を知ることが出来ないからである。
ただ、ハンドボールは思ったよりも高く跳ねたりして、女子にとって回収がスムーズに行かないのもよく分かる。
順番に投げられていくボールをキャッチして、また投げる人の元に向かって転がして返す。
これが侑人たちに任された手伝いの内容である。
一人ずつ女子が所定の位置に着いて、ボールを投げる。
侑人は落ち着かない気を紛らわせるためにも、常に視線は白いハンドボールに合わせて一心不乱に回収を行っていく。
「そのボール、私に貰えますか?」
「あ、どうぞ……っ!?」
転がして戻そうとした時、侑人に直接ボールを渡してくれないかと求める声があり、顔を上げてその声の主の方を見た。
視線の先には、明らかに着ている人のサイズよりもはるかに大きくダボっとした雰囲気と、長すぎる袖で萌え袖のようになっている結愛の姿があった。
「お手伝い組なんですね」
「そ、そうなんですよ。出席番号早いやつが行けってことになりまして……」
いつもと違う姿に、全く結愛の姿を見て話すことが出来ない。
大き目の服を着ているだけでも相当可愛らしく映るが、何より自分の服を着ている姿に、言葉にならないものがある。
「小野寺君の、大きいですね。そして暖かいです」
「な、投げる時に邪魔にならなければ良いのですが……」
「その時だけは、ちょっとだけ捲らせてもらいます」
彼女の表情としてはとてもいい笑顔をしているので、快適に過ごせているようで何よりではある。
「あんまり長話していると怒られてしまうので、そろそろ行きますね」
「はい、頑張って!」
そう言うと、彼女はボールを受け取って近づく順番に備えて戻ろうとした。
しかし、何歩か歩いた後、再び侑人の方に振り返ってこんなことを言った。
「小野寺君の方に頑張って投げます。ちゃんと捕ってくださいね?」
「分かりました。必ず受け取りましょう」
侑人がそう言い切ると、結愛はとても嬉しそうな顔をした。
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