第8話
2学期が始まり数日が経った。
夏の猛々しさは鳴りを潜め秋の訪れをうっすら匂わせているこの時期、学校の生徒達は幾分か夏前よりも落ち着いているように見える。
季節によって人間の心情や性格もやや変化すると言うが、どうやら秋は人を少しセンチメンタルにする空気を持っているらしい。
「んー!スッキリ!!!!」
等しく例外というのは存在する。
例えば今僕の背後でガッツポーズを掲げる彼女。
年中無休で元気なのは良いことだが情緒には欠ける。
「君は、なんていうかすごいな」
「でしょ。よく言われる」
「別に褒めてないんだが」
にかっと白い歯を見せて少年のように笑う彼女はなぜか前よりも少し大人びていた。
「あたしが全問解いた問題集を叩きつけたらあのおっさん目ん玉飛び出しそうなくらい驚いてたよ」
あのおっさんというのは例の数学教師のことだ。
彼女と僕の勉強会は夏休みを通して行われ、なんとか無事に全問解くことに成功した。
飲み込み自体は早く地頭の良さも所々見えたことから、彼女は勉強ができないのではなくしてこなかったというのが正しい。
「先生のおかげだね」
にやにや僕の顔を眺める視線からふいと顔を逸らす。
「勘違いするな。罰ゲームで仕方なく教えただけだ。別に君のためじゃない」
「先生ツンデレ〜」
よほど嬉しかったのか今日の彼女は上機嫌だ。
踊るように僕の後ろまで来ると金網に背中を預けた。
「じゃあもう卒業はできそうなのか?」
「わかんない」
「そうか」
一瞬の沈黙の後、彼女は躊躇いがちに口を開いた。
「わかんないけど、あたし頑張るから」
寂しげに吹く秋風の中佇む彼女は、やはりどこにでもいるただの女子高生だ。
ただ僕には。
僕だけには。
普通よりちょっとだけかっこいい女子高生に見えた。
「勉強は先生に教えてもらえばいいし!」
「君な……」
思わず苦笑する。
こんな風に頼られるのも悪くないと、心のどこかで感じている自分にだ。
元々僕はそういう性格なのだろう。
───なるほど、道理で。
ズキズキと痛む頭を抑えながら校舎の方を見ると、ふと目に留まるものがあった。
「あの垂れ幕は……」
「あー、文化祭近いからそれの準備じゃない?……それよりさ」
案の定彼女に参加する意思は無い。
その話はおしまいとばかりに次の話題を口にしようとするのがその証左だ。
「文化祭、参加してみたらどうだ」
時が止まったかのように。
彼女は驚愕のあまり口を開けっ放しにしている。
僕だってこんなこと言うつもりじゃなかった。
「……先生は、そういうこと言わないって思ってた」
彼女の顔に影が差す。
失望させただろうか。
だが、もうこのままではいられない。
僕は気づいてしまった。
もし気づかないままだったら僕はこのまま彼女と生産性のない日々をダラダラと続けていただろう。
それこそ彼女が卒業するにしろ、退学するにしろ。
「あたしすごい勝手だね。先生がそういうのじゃないって思い込んで、頼って、安心して。バカみたい。……ほんと、ごめん。あたし帰るね」
溢れ出して止まらない涙を僕に見せないように顔を覆いながら、彼女は乱暴にカバンを引っ掴んで踵を返す。
僕が何も言わなければこのまま彼女は二度と振り向かないだろう。
二度と、屋上には来ないだろう。
「ミソギ」
足音が止まる。
風も既に止んでいた。
「クラスの出し物に参加しろなんか言わない」
「じゃあなに!?」
ここまで感情を露にした彼女の声は久しぶりに聞いた気がする。
ああ、本当に。
そうなんだな。
「僕に、文化祭の写真を撮ってきてくれないか」
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