第7話
容赦ない日差しはジリジリと屋上を焼き、浴びるようなセミの鳴き声が響いている。
先週から夏季休暇が始まり、部活動以外の生徒たちは学校から姿を消した。
グラウンドの端の方にある倉庫では暑さにうだる中年の体育教師が汗を拭いながらなにやら面倒そうな作業をしている。
見ていてあまり気持ちいいものでもないのでうんざりしていると、今日も勢いよく扉が開かれた。
「先生〜!見て見て〜!水着っ!」
何事にも例外はある。
夏休みとは本来学校という檻から解き放たれた生徒たちが遊びやら部活やらバイトやら受験勉強をする期間であるが、保健室登校をしている彼女は当然補習の対象であり、恐らくこの補習すら行かなかった場合卒業が難しくなる。
「今日はなんとプールの補習でした〜」
「君泳げるのか?」
「失礼なっ。こう見えて運動神経は悪くないんだよ」
シュッシュッとシャドーボクシングをする彼女を改めてよく見ると、かなり健康的な体をしていた。
程よく引き締まっており、体全体のバランスがいい。
すらっと伸びた手足には平均的な女子以上の筋肉がついているように見える。
なにかスポーツをやっていたのだろう。
「そ、そんな見られるとさすがに照れる」
「健康的ないい体じゃないか。恥じることは何もないだろ」
「先生って色々欠如してるよね……」
口に手を当てうわぁ……とドン引きする彼女を見て少し懐かしい気持ちになった。
過去に同じような経験があったのだろうか。
「それはそれとして、今日から先生に罰ゲームを受けてもらいます!」
くるっと一回転しながら彼女は僕の真後ろまで来てニコッと笑った。
罰ゲーム、というと体育祭のときの勝負の結果によるものか。
あれから一度も彼女がその話題を口に出さなかったのでてっきり忘れているものだと思っていた。
「この問題集解くの手伝って」
そう言って彼女はおそらく着替えなども入っているであろう大きい鞄からバサッと紙束を取り出した。
かなりの分量のようだ。
「多いな」
「やりすぎだよねー。しかも全然分かんないし」
彼女はうへぇと舌を出しながら何枚か選んで僕の方に向かって広げる。
数学の問題集だ。
一瞬、頭痛がした。
「数学の先生が、これ全部解けないと卒業させないって言うからさー」
「……」
パラッと見た感じかなり難しく設定されているように感じる。
恐らく1人では解けないであろう難易度。
数学教師と言えど問題生徒はある程度把握しているはず。
彼女の現在の状況を分かっていて尚この条件を出しているのなら、本気で卒業させないうもりということになる。
眉根を寄せていると、彼女は困ったように笑い、僕に背中を向けた。
「あたしさ」
決して僕に顔を見せず。
「退学でもいっかって思ってたんだよね。どーせこの先ろくな人生送れなさそうだし」
努めて声を落ち着かせて。
「でもやっぱり」
それでも声は震えていて。
「ちゃんと卒業したいな」
僕は。
「約束も、したもんね」
こんな綺麗な決意を見たことがなかった。
「だから手伝って」
彼女がゆっくり振り返る。
目元にはうっすらと涙が浮かんでいた。
どうして。
どうして僕は。
こんな素敵な女の子に触れることすら叶わないんだ。
嫌がるまで頭を撫でてあげたかった。
離れるまで抱きしめてあげたかった。
叶わない。
なら、僕は僕にできることをやるだけだ。
「僕は厳しいぞ」
「望むところだ!」
セミの鳴き声はもう、聞こえない。
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