第4話

「なんかムカつくんだよな、あの女」

 あの女とはもちろんニノアである。

 ハンとコールは学校終わりはこうして二人で夕陽を眺めながらウェンディ海岸を歩くのが日課になっている。

 そして今日は珍しく二人だけではなくハルとホッパー、ドスもついて来ている。

「まあ確かに俺たちも朝から騒ぎすぎてたのかもしれんないけどね」

「それにしても愛想が悪すぎですわ、せっかく同世代の人が集まって楽しくしていたというのに水を差すような事ばかり言ってきて、私不愉快でしたわ」

「ハルお嬢様の言う通りです。集団生活を学ぶ場だというのに一人だけ皆の輪に入らずというのは」

「数少ない村の若者同士、仲良くできればいいのですがねえ」

 ハル、ホッパー、ドスも続けてニノアの態度への不満を口にする。

「まあ昔っからああいう子だし、仕方ないんじゃないかな?」

「何だよハン、そういうえばお前は結構ニノアの肩を持つことが多いよな。何でだ?」

 ハンはコールの突然の質問に冷や汗をかく。

「い、いや気のせいでしょ。気のせい」

 動揺を隠しきれないハン。

 案の定、ホッパーとハルがつっかかってくる。

「ハン殿、何だか怪しい言い方でしたな」

「どういうことですかハン様!まさか私以外の女性に特別な感情を抱いて……」

「いや元からハルにもそんな特別な感情は持ってないって」

「ええ……そうだったのですかハン様。そうやって私の気持ちを弄んでいたというのですね……」

 暗い表情になるハル。涙が今にもこぼれ落ちそうだ。

「ハン殿!いくらハン殿とはいえ許せませんですぞ、ハルお嬢様のお気持ちを踏みにじるようなことを」

「最低だなハン、ハルちゃんみたいな可愛い子のことを手玉にとって」

 コールまでハンを問い詰めてくる。

 まあ、コールの場合はハルをかわいそうに思った、とかではなく面白半分で話に乗っかってきているだけだろうが。

「いや、誤解だよ、みんな」

 慌てて弁解をしようとするハン。

「誤解ということはハン様はやはり私のことを!」

 急に表情が再び明るくなるハル。

「いや誤解でもないんだけどさ……」

「そうなのですか……」

 ハンの発言に再び暗くなるハル。

「いや話しづらいわ!とにかく、ハルは今晩うちに遊びに来るんだから元気出してよ!こっちまで調子狂っちゃうよ」

「いけませんよハン様……。いきなり人前でそんな大きな声で言われたら流石に私も恥ずかしいですわ……。それに私の心の準備も……も、もちろん将来的には……」

 顔を赤らめるハル。手をもじもじさせている。

「ハン殿、私共ハルお嬢様とハン殿の仲を応援はしておりますが」

「やはりそういことは正式に婚約されてからの方が、両家のご両親も納得がいくかと」

「あれ?ハンは今晩俺と…モゴゴ」

 コールの口を慌てて塞ぐハン。

 コールは口を塞がれて、あまり人前でいうべき話ではない事を思い出したようだ。

「勘違いされちゃうからそういう言い方はやめなさい!ただ家族と一緒にご飯食べるだけでしょ!それとコール、俺は行く気ないからな!」

「お二人で今晩どこかに行かれる予定でもあったのですか?」

「「いやいや何でもないよ。ちょっと月でも眺めようかと思ったんだけ雲が増えてきたから今日はなしにしたんだよ」」

 打ち合わせはしていないのだが、ハンとコールの声がピッタリ重なる。

 コールと同じ思考回路をしていたことにちょっと傷つく。

「確かに、夜空を眺めるにはあまりいい天気とは言えないかもしれませんね」

 実際、夕日は見えるが空の雲は先ほどよりも厚く大きくなってきていた。

「そうそうただそれだけ。それよりハル、早く家に戻って支度でもした方がいいんじゃない?色々準備あるでしょ」

「まあ……。はい、それもそうですねハン様。お気遣いありがとうございます。では私は先に帰らせていただきますね、今晩またお会いしましょう。行きますよ、ホッパー、ドス」

 何となく不服そうであったが、ぺこりとハンに頭を下げて走り去っていくハル。

 ホッパーとドスも

「では私共もこれにて失礼します。ハン殿」

 と、一言残して去っていった。

 取り残されるハンとコール。

 ゆっくりと歩き続ける。

「あっぶねー、3人の前で変なこと言っちゃうところだったぜ。で、ハンは本当に付いて来る気はないのか?」

「ないない、それにさっき言った通りハルとの約束もあるしね。流石にすっぽかす訳にも行かないでしょ」

「ふーん、なんだかんだでお熱いねえ」

 コールが肘で小突いてくる。

「コールにはそう見えるのかい。これはこれで大変なんだよ」

「村長夫婦のお孫さんは大変だねえ」

 コールが全く気持ちがこもっていない声で言う。

「お前こそ本当に行くのか?ヤコにバレたら何されるかわからないよ。コールなんて特に嫌われてるんだから、下手したら小指とか折られるんじゃない?」

「何、ここの村長夫婦って嫌いだからって小指折ったりするの?とんでもない恐怖政権だな」

「まあそれは半分冗談だからあんまり怖がらなくてもいいんだけど」

「半分は本気な事の方が怖いんだけど」

「まあとにかく俺は多分いけないな、行くんなら一人で気をつけて行ってきなよ」

「おうよ、まあとは言っても初日だし1、2時間くらい探索して終わりのつもりだけどさ」

「そうか、無理はするなよ」

「わかってるって、じゃあ俺はここで」

 いつも二人が別れるところまで来た。コールの家の方がハンよりもわずかに近い。

「じゃあ、また明日」

「おう」

 軽く手を振る二人。

 今生の別れというわけでもない。二人の別れ際はいつもこのくらい簡単なものだ。

 その二人の姿を岩陰から盗み見る人影が一つ。

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