1月
一月往ぬる二月逃げる三月去る。
その一月の半分があっという間に過ぎ去った。
はーちゃんに少しでも追いつこうと始めた勉強は、一年生の二学期末ですらスタートが遅かったのではないかと何度も何度も思った。それくらい追いつけない。私の焦りをあざ笑うように、時は無情にも過ぎていく。
それでも、私にはどんなカリスマ塾講師や家庭教師でも勝てない最強の味方がいた。
「物理で有効数字間違えちゃったんだよね、あーもったいない」
そう言って95点を取っていた、浅井遥香である。
他の教科はもれなく満点だったそう。
できる人によくありがちなのが、「何がわからないのかがわからない」ということだが、私がわからない理由をあやふやに言っても、勘違いや理解できていない点を見事に見抜いて説明してくれる。真に頭のいい人というのはこういうことなんだと、ひたすら驚いた。
「今の範囲でいい点取るのは大変だし、正直……平均点超えたらいいくらいだと思うけど、春休み明けたら確実にこの勉強の成果出てくるからね、がんばって」
数学の女の先生に言われたことだ。それくらい私は変わったらしい。
「来年のクラス替えは怪しいけど、続けられたら再来年度のクラス替えは期待してもいいんじゃないかな」
担任の先生に言われたことだ。普段は暑苦しくて苦手意識のある先生だったけれど、下手な気遣いのない直球の感想は私を勇気づけるには十分だった。
「ではちーちゃん。今日は二次関数の応用問題をしてみましょう」
「はい遥香せんせー。質問があります」
「なんでしょう千恵生徒」
「二次関数の前に今日の課題でわからないとこが……」
「ふむ、見せてみよ」
「キャラが定まってないっすよ」
「No problem」
「発音が良すぎる」
「謝謝」
「褒めたけど褒めてない」
そんな感じで勉強していたら、毎日でも飽きずに勉強ができた。
けれど、私は少しだけ不安を抱えていた。
勉強が追いつかないということではない。はーちゃんについていけば、いつかは必ず学校の勉強には追いつける。
いくらはーちゃんの教え方が上手くても、私の頭が悪いせいで理解できないことがある。そういうとき、はーちゃんは目を伏せて考え込んだ。持ち帰って考えることもあった。
私がだめなせいで――。何度思ったことか。
追いつく前にはーちゃんに見捨てられるかもしれない。
これは無償の奉仕だから。
私からはーちゃんに返せるものは何もないのに。
「ごめん……わからない……」
「そっか」
はーちゃんは口に手を当てて、問題文と私の解答を見つめる。
「ちょっと待ってね」
持っていた青ボールペンをシャーペンに持ち替えて、新しいルーズリーフを取り出して、上向き矢印と、右向き矢印を引いた。
「まず、変域が――だから――」
グラフに書き込んでいく。
ここまでは大丈夫? と何度も何度も確認を挟んで、私の理解を待って、最後まで細かく細かく説明してくれた。
「わかった。すごい」
「よかった! じゃあこの類題を解いてみて、できたら休憩しよか」
「りょーかいです」
私が問題を解いている間、はーちゃんは単語帳を見ているか、本を読んでいるかだった。自分の勉強をしたいんじゃないかと、自分がはーちゃんの時間を奪っていることへの罪悪感が胸にくすぶる。
「……解けたよ」
「お、合ってんじゃん。ようし、休憩ー!」
二月には期末試験がある。このままはーちゃんに頼りっぱなしでもいいのだろうか。
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