11月
『11月15日午前9時、○○駅で待ってるよ』
11月15日は、火曜日。ということを、何も書かれていないカレンダーで確認した。その日は、祝日や創立記念日にかすりもしていない平日だった。世の中の大多数の人にはいつもの日々の繰り返し、その延長の日であっても、私にとっては一つの区切りがつく重要な日だった。
送ったメッセージに既読が付き、それから返事は帰ってこない。けれど、私がすることは決まっていた。
*
家族が慌ただしく仕事に行く準備をしている。私も、いつものように準備をする。けれど、いつもと違うことはたくさんあった。カバンの中身はでたらめな教科ばかり入っているし、制服もリボンを結んでいないし、肩についたらくくらなければならない髪も下ろしっぱなしで、誰がどう見ても学校に行く気のない子供だった。その通り、私は今日、学校をさぼるつもり。
無駄に重い鞄を背負い、家を出るふりだけでもしようと玄関の鍵を開ける。そこで、後ろから声がかかった。
「千恵」
声の主はお母さんだった。セットの途中だろうか、半分ストレート、半分ボサボサの髪を気にするそぶりも見せず、ただ、早くから作ってくれたお弁当を私に差し出していた。
「いってらっしゃい」
そう言う顔はにこりともしなかったが、私は確かに勇気づけられた。お母さんはきっと、私が学校に行かないことを気づいている。それでも何も言わないのは、私のことを知っているからだろう。いつもそっけなくてあんまり話をしてくれないお母さん。
「お母さん――いってきます」
*
暑いときは、冬の寒さを忘れている。
寒いときは、夏の暑さを忘れている。
私には、暑いから、寒いから、で夏と冬のどちらが勝っているかを議論できない。けれど、私は夏が嫌いだった。独りで過ごしたこの夏は、今までのどの一人の夏よりも寂しかった。目の前に全く別のものがあるときは、そのものに集中してしまう。けれど、何もなければ、思い出してしまう。
結局、人間は過ぎた頭脳を手に入れてしまった。二人を知れば、もう二度と一人には戻れない。一人より二人、三人より二人。
二人の言い表せない充足感を忘れることができたなら、人間は一人でも生きていけたかもしれないのに。集団の中で生きづらさを感じることもなかったかもしれないのに。
私は、あの日の公園にいた。小さい子がその足りない頭で必死に考えて、でもすぐに見つかってしまうような、土管の遊具の中にいた。膝を抱えて丸まっていた。
11月中旬は、寒かった。けれど、死んでしまう寒さでもない。何もかも中途半端なこの時期も、あと一月と少しで完全なものになる。だから、ねぇ、おいで。はーちゃん。
「ちーちゃん!」
反射して反響して出口に慌てて駆け抜けていった叫び声。
来てくれると信じていた。
もうはーちゃんのあんな顔は見たくない。
「一緒に遊ぼう。はーちゃん」
記憶にない幼少期の遊び。けれど、身体は覚えていた。駆け引きをせず、お互いがお互いを全力でぶつけ合って遊んだ。気を遣うことが絶対偉いわけじゃないんだ。気を遣ったら大人になってしまうんだ。
エゴだからいい。自己中だからなんだ。
私は大切に大切に、そう伝えた。
具体的に言葉にしたわけじゃない。
けれど、伝わったと思う。
まだ私たちは高校生。
少しくらい子供になってもいいんだよ。
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