8月
平和すぎて恐ろしいほど、何もない。けれど、それがありがたい。
週に一日設定した宿題漬けの日以外は、何もしなかった。外に出ることもなく、エアコンの効きが悪く中途半端に冷えた部屋で、ただ寝ていた。
夏休み明けの定番の質問の答えは決まった。
夏休み、何をしましたか?
はい、何もしてないです。
このようにしか答えられない。思い出を作る気になんてならず、生きているのか死んでいるのかわからない日々が過ぎていった。社会的には、私は死んでいるのと同じだ。今、社会の中で、私は存在していないから。
学校があるときは、かろうじて凡人として生存していたが、一度死んでいる「楽」を味わってしまったら、もう生者には戻れない。
人と会わないことがこんなに楽だってことを、一年間忘れていた。去年も、一昨年も、ずっと前から知っていたのに。
面倒な友達ともやり取りをしていなかった。というか、SNSはほとんど消した。親と連絡を取るもの以外は消した。いらないから。けれど、はーちゃんの連絡先だけはどうしても消せなかった。断捨離、捨てないとストレスだ、もう離れた方がいい、と自分を説得しても、勢いに乗っても、指先が最終確認画面の「OK」を押してくれない。
「ねぇはーちゃん、社会不適合者っていうのは私みたいな人のことを指すんだよ」
誰もいない天井に語りかける。
「やっぱりはーちゃんは天才なんだよ――」
私は、彼女を天才以外の言葉では表せない。天から才能を与えられた者、そして生きている間にその才能を惜しみなく発揮した人、凡人がいくら努力しても追いつけない存在。
私は驚いていた。いつしか人に期待することを諦めていた私が、彼女に並々ならない期待を持っていたことに。
そして、彼女が同じような人間であることがわかって、それを受け入れられない自分の心を、愚かしいと、どこまでも私が凡人以下であることを認識させた。
今なら、なぜ世界に宗教があるのかがわかる。
自分より圧倒的に高位な存在を崇め奉ることは、とても楽だ。自分をいつか救ってくれると、信じて生きること。自分で自分を救うことを否定した結果。
「はーちゃんは、私の――」
喉から絞り出た言葉は最後まで続かなかった。そして、中途半端に私の心に残った。
でも、声を出さない方が、苦しくなかった。
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