試験勉強
7月に入ると前期試験の日程が発表された。科目によってレポートだけでいいものもあり全部の講座に試験があるわけではないが、それでも10講座以上試験があることになる。
暗記で乗り越えられる「コンピューターの歴史」などの講座はどうにかなりそうだが、理解が必要となる「線形代数」や「統計学」など理系科目の講座は早めに取り掛からないといけない。
金曜日、「微分積分」の講座がおわると、「物理実験」で同じ実験グループだった牧田と三嶋が近づいてきた。
「森田さん、日曜日空いてる?俺と三嶋で試験勉強するけど、一緒にしない?」
理解が必要な科目は一人で悩むよりもみんなで話し合いながらの方が、理解が深まっていいことは高校時代にも経験している。
「5時からバイトだから、それまでなら空いてるけど。」
「じゃ、10時から俺の部屋でやるからきて。」
学校で勉強するかと思ったが、牧田の部屋で勉強するのは予想外だった。一応男でも園ちゃんからも母からも注意するように言われたけど、一度OKしてしまったしそのあとで行かないというのは気まずい。
「園山さんも誘っていい?」
牧田と三嶋はけげんな表情となり、ふたりでヒソヒソと話し始めた。
「森田さんがそれできてくれるなら、園山さんも一緒でいいよ。」
おまけ扱いなのがきになるが、ひとまず受け入れてくれてよかった。園ちゃんも男友達できないのを悩んでいたみたいだし、これを機に牧田や三嶋たちと仲良くなってくれたらいい。
「ところで、二人ともなんで園山さんの事苦手なの?私みたいな偽物よりも、本物の女の子の方がいいでしょ。」
二人とも困った顔をしながら考え始めた。
「男子校だったから、3年間女子と話していないから、苦手というか女子相手に何話したらいいかわからない。」
「牧田はまだましだよ。俺なんか高校時代、女子に話しかけたら「キモイ」って言われたんだぞ。やっぱり女子は2次元に限る。」
牧田は慣れの問題のようだが、三嶋は深い闇を抱えていて時間がかかりそうだ。
「そんなわけで、日曜日牧田たちと一緒に勉強しない?何か予定ある?」
部室で園ちゃんと9路盤で対戦しながら、蒼は誘ってみた。
「とくに予定はないから行くけど、蒼ちゃんモテて羨ましい。」
蒼は牧田と三嶋の女子に対する苦手意識について教えてあげた。
「そんなわけで二人とも女子に対する苦手意識があるみたいだから、園ちゃんが嫌いってわけではないから安心して。ひょっとしたら、工学部の男ってみんなそんな傾向があるのかも。」
「わかった。それ聞いてちょっと安心した。」
園ちゃんは工学部の男子生徒から避けられている理由が、自分の容姿のせいではないことを知り少し安心したようだ。
日曜日、園ちゃんと駅で待ち合わせた後牧田の住むマンションへと向かった。今日の園ちゃんは、水色のパンツに白のレースのトップスを合わせている。レースの透け感に、園ちゃんの気合を感じた。
牧田の部屋に入ると、男子の部屋にしては片付いており、すでに三嶋も着ていた。
「お邪魔します。ジュースとお茶買ってきたから、冷蔵庫で冷やしてもらってもいい?」
「ありがとう。森田さん、気が利くね。」
飲み物を牧田に預け、部屋の真ん中に置かれたローテーブルの近くに座った。
「線形代数からやる?それとも統計学にする?」
三嶋が二つの教科書を手に聞いてきた。
「線形代数の方がいいけど、園ちゃんは?」
「私もそっちの方がいいかな。」
蒼の差し入れたお茶を人数分のグラスに注いできた牧田が戻ってきて、勉強を始めることになった。
試験範囲に指定されたテキストには問題と答えしか書いていないため、解き方をみんなで考えることになる。
「この逆行列を求める問題、行操作でやるの?」
「逆行列の公式でやった方が速いかな?」
蒼の問いかけに牧田が反応してくれた。高校時代を思い出すようなやり取りで、嬉しく感じる。
「この問題どこか計算間違えて答え合わないけど、どこがおかしい?」
「その問題、余因子展開つかってサラスの方法を使えば簡単だよ。」
園ちゃんの質問に三嶋が答えていた。
行列の計算に没頭しているとあっという間に時間が過ぎていき、お昼ご飯の時間になっていた。
「そろそろ昼ごはんにしようか。園山さん、何か食べたいのある?」
「なんでもいいよ。」
「じゃ、ピザにしようか。」
牧田はそういって、ピザ屋のチラシを持ってきた。
ピザの配達の電話が終わったところで、園ちゃんがお手洗いにと部屋を出て行った。
「牧田、園山さんに『何が食べたい?』って聞いたところはいいけど、勝手にピザに決めたらだめだよ。」
「えっ、『なんでもいいよ。』って言ってたよ。」
「女子の『なんでもいいよ。』は何でもいいわけではなくて、(自分が気に入るものなら)って前置きが隠されているから、『ピザにしようか。』じゃなくて、『ピザなんかどう?』って聞かないと。」
思いもよらない指摘に牧田は戸惑いの表情を浮かべた。ついでに、三嶋にも伝えておくことにした。
「三嶋も、園山さんの質問に答える時、いきなり答え教えたでしょ。」
「うん、それが何がいけないの?」
「ああいう場合は、まずは『この問題難しいよね。』ってまずは共感しないと。女子は共感が大事なんだから。」
「えっ、何それ。女子って面倒。やっぱり2次元がいい。」
三嶋はうんざりした表情でつぶやいた。
「あと何でも共感すればいいってわけじゃないから、『最近太り気味』とかのネガティブなことは『そんなことないよ。』って言わないといけないから。」
「女子は謎過ぎる。微積分の方がまだ分かる。」
「やっぱり森田さんがいい。女子のように面倒くさくないし、かわいいし。女子と付き合わなくても森田さんで十分間に合ってる。」
「牧田たちがそれでよくても、私がよくないの!」
蒼は自分の身の危険を感じながら、早めに牧田たちが女子になれるようにしなければと思った。
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