夏旅行
猛暑日が続く8月、蒼は冷房の効いた図書館で課題のレポートに取り組んでいた。知的財産に関する資料を図書館の中から探して、要所を引用しながらレポートを書き上げた。
指定された研究室のポストにレポートを投函し終わると、前期の試験とレポートが全部終わったことの達成感と、夏休みを迎える解放感がこみあげてきた。
大学の夏休みは8月、9月と2か月間もある。部活も夏休みの間は自由参加になっているので、蒼は何かをしたい衝動に駆られていた。
短期バイトをしてお金貯めて旅行に行こうかなと、学食で自販機で買ったサイダーを飲みながら想像に夢を膨らませる。さわやかな炭酸が夏ムードを高めて、考えるだけでも楽しくなってくる。
いろいろ考えているうちにある考えが思いつき、実現可能か費用はいくらかかるのかなど具体的なプランをスマホを使って調べることにした。
スマホで得た情報をノートに書き写していく。すでに旅行が始まっているような気分になり、楽しくなってくる。
「蒼ちゃん、何してるの?」
突然涼ちゃんに声をかけられた。夢中で作業しているので、近くにいたのに気付かなかった。
「夏休み旅行しようかなと思って調べてる。涼ちゃんもレポート書くため大学にきたの?」
「そう。お腹すいたから学食にきたところ。理恵ちゃんもいるよ。切りのいいところまでもう少しだから、後から来るって。で、どこに旅行行くの?」
蒼は干潟に夕日が沈むことで有名なスポットの名前を挙げた。
「それで、そこまで青春18きっぷで行こうと思ってる。」
「えっ、何それ?」
「普通電車だけになるけど乗り放題の切符で、今調べたら4時間ぐらいかかるけど行けそう。」
蒼がそこまで話した時、理恵ちゃんがやってきた。
「あっ、蒼ちゃん。こんにちは。二人で楽しそうに何話してたの?」
涼ちゃんが蒼の旅行計画のことを理恵ちゃんに伝えた。
「それ、楽しそう。私たちも一緒に行っていい?はるも誘おうよ。」
一人旅の予定だったが、思いかけず4人での旅行となってしまった。理恵ちゃんはどうせ行くならと、行く途中の観光スポットを探し出し、安くてお得な宿泊先まで手配してくれた。
一人で考えるのも楽しかったが、みんなで旅行のプランを練るのも楽しい。はるちゃんからも、「絶対に行く。」と返事があった。みんな2か月間の夏休みを持て余しているようだ。
蒼は従来のドラッグストアのほかにも、イベント設営や倉庫内軽作業のスポットバイトをいれ、予想外に膨らんだ旅行代と後期授業の教科書代を稼いだ。
そして迎えた8月下旬、駅に待ち合わせた他の3人と一緒に青春18きっぷで改札をぬけた。
「4人で旅行なんて、春の卒業旅行以来だね。」
涼ちゃんが無邪気に喜んでいる。8時15分予定通りに着た電車に乗り込み旅が始まった。
平日の下り電車はすいており、空いていた4人掛けのボックスシートにみんなで座った。久しぶりに4人集まったこともあり、それぞれの近況報告で盛り上がる。
「みんな単位取れたの?私1つ落としちゃった。」
理恵ちゃんがバツが悪そうにきいてきた。
「多分取れていると思うけど、理恵が落とすって何かあったの?」
高校時代まじめだった理恵ちゃんが単位を落としたことに、みんな驚いた。
「聞いてよ。その講座、選択必修なのに毎年半分以上落ちるだって。選択必修だから、他の講座で補えばいいけど半分落ちるってあんまりだよね。知ってたら取らなかったのに。時間の無駄だった。」
「そういうのあるよね。前期は入ったばかりでどうしようもなかったけど、後期はサークルの先輩からいろいろ聞いておいたほうがいいね。」
はるちゃんと理恵ちゃんの会話を聞きながら、蒼は車窓の風景を眺めていた。電車が出発して1時間が過ぎ、海が見えてきたことで旅行に来ている実感がわいてきた。
10時過ぎに最初の乗り換えの駅に着いた。この駅の近くに最近話題の神社があるということで、駅を出て歩いて向かうことにした。
「1時間以上、座りっぱなしもなかなかきついね。」
理恵ちゃんがお尻をさすっている。蒼も少しお尻が痛い。一人で行くもともとの予定だったら寄り道なく4時間乗りっぱなしの予定を組んでいたので、それは無謀な行為だったことに気づいた。
駅から15分ほど歩いて、目的の神社にたどり着いた。こじんまりとした神社だが、神社の敷地内いっぱいに風鈴と風車が飾り付けてあり華やかな雰囲気になっている。理恵ちゃんとは神社に着くなりすぐに、スマホで撮影を始めた。
「はるちゃん、この神社知ってた?」
「うん。SNSで話題になってるし、同じ学部の子も何人か行ったことあるって言ってた。」
男子比率の高い工学部ではSNSでの話題よりも、大盛で安い飲食店の情報やゲームの話題が中心だ。数少ない女子学生の園ちゃんは、SNSにあまり興味がないようだし、偏った情報の中で生活をしていたようだ。
「縁結びの神様みたいだし、蒼ちゃん一緒にお参りしよ。」
そんな情報に疎い蒼を気にすることのないはるちゃんの態度に、救われる気持ちになった。
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