新歓
蒼は、授業中黒板の板書をノートに写しながら、はるちゃんとの夜のことを思い返していた。あれから1週間経つが、あの夜のことは忘れられず時々思い返して、余韻に浸るのを繰り返していた。
チャイムが鳴り、4限目の授業が終わった。金曜日の4限目が終わると、一週間が終わった解放感がある。
「新歓、6時からでしょ。それまで何する?」
ノートを鞄にしまっていると、園ちゃんに話しかけられた。今日は、囲碁部の新人歓迎会、いわゆる新歓が6時半から予定されている。
4限目がおわり、今は4時半。何かをするには中途半端な時間だ。
「ひとまず、部室に行く?」
「そうだね。」
とりあえず部室に行くことにした。部室に行けば、本もあるし、碁盤もあるので、時間をつぶせるだろう。
部室に入ると、南さんが本を片手に碁盤に向かい棋譜ならべをしていた。
「こんにちは。」
南さんは棋譜ならべの手を止め、蒼たちの方を向いて挨拶してくれた。今日の南さんはモスグリーンのワンピースを着ており、大人の女性の感じを醸し出している。
「森田さんのワンピースかわいいね。」
南さんが蒼の着ているワンピースを褒めてくれた。紺色と白のバイカラーのワンピースで、古着屋で見つけて安く買えた。お気に入りの服を安く買えると満足感があり、古着屋に定期的に行くようになってしまった。
「ありがとうございます。」
きれいで憧れている南さんに褒められると、一段と嬉しい。
南さんに囲碁を教えてもらっているとあっという間に時間が過ぎ、新歓の会場である大学近くの居酒屋に3人で向かい始めた。
「新歓って言っても、たんなる飲み会だから緊張しなくていいからね。でも先輩たちの飲み物がなくなったら、『次どうしますか?』って聞いて注文してあげてね。」
道中、南さんから飲み会の作法を教わった。友達同士でご飯に行くのとは違う気遣いがあるようで、中高と部活をしていなかった蒼はちょっと緊張した。
「大丈夫よ。ニコニコ笑っていれば、いいから。」
蒼の緊張を察したのか、園ちゃんがアドバイスしてくれた。
最初に1年生が自己紹介した後、乾杯をして新歓が始まった。蒼の隣には南さんが座っており、サラダのとりわけや先輩たちのドリンクの手配など蒼の代わりに動いてくれて助かった。
離れたテーブルにいる園ちゃんの姿をみてみると、同じように料理を取り分けたり、先輩たちのドリンクを注文して甲斐甲斐しく働いていた。
「南さん、すみません。」
そんな姿をみて申し訳なくなり、南さんに謝った。
「いいのよ。新歓なんだから、少しずつ覚えていったらいいよ。」
ビール片手に南さんが言ってくれて、少し救われた気持ちになった。
南さんは少し頬が赤くなり、いつもより少し可愛く見えた。
新歓も終わり先輩たちは2次会に行くと言っているが、お酒が飲めず酔った人のテンションについていけない蒼と園ちゃんは帰ることにした。
大学の敷地内を通り、駅に向かう途中に園ちゃんが住んでいるマンションがあるみたいなので、女性の夜道は危なさそうなので送り届けることにした。
「蒼ちゃん、うちのマンション、ここだよ。」
5階建てのオートロックのマンションを指差しながら、園ちゃんが言った。
「じゃ、おやすみ。」
次の電車は何分だろう。気になってスマホで調べることにした。
「終電までまだ時間あるでしょ。冷たいドリンクばかり飲んで、体冷えてない?よかったら、温かい飲み物飲んで帰らない?」
園ちゃんが部屋に上がるように誘ってきた。以前、男子との距離感について忠告してきた園ちゃんにしては無防備のような気がする。
「園ちゃん、一応私、男だよ。」
「蒼ちゃんはそんなことしない人でしょ。気にしないから、遠慮しないで。」
たしかに無理にすることはない。それに、ウーロン茶ばかり飲んでいたので、体が冷えていた。園ちゃんも話し足りなさそうにしているし、誘いに乗ることにした。
園ちゃんの部屋は、「女の子らしくなくて、ごめん」という言葉通り、シンプルにまとまっていた。でも、ぬいぐるみとかなく整った感じになっている部屋は、蒼の好みでもある。
「コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「できたらコーヒーに牛乳たっぷり入れて、カフェオレみたいにしてくれると嬉しいけど。」
「わかった。ちょっと待ってて。」
数分後、カップを二つ持った園ちゃんがやってきた。テーブルに向かい合って座るかと思ったら、蒼の横に座った。カフェラテのカップを蒼に渡し、ブラックコーヒーを園ちゃんは飲み始めた。
「園ちゃん、コーヒーブラックで飲めるんだね。」
「受験の時、眠気覚ましで飲んでいたら、飲めるようになっちゃった。」
コーヒーを飲みながら、園ちゃんと囲碁の話や授業の話をしていると、終電の時間が近づいてきた。
「そろそろ、終電だから帰るね。」
蒼が立ち上がろうとしたとき、園ちゃんが抱きついてきた。不意を突かれたこともあり、蒼は抵抗できずにそのまま押し倒された。
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