初バイト

 蒼は履歴書が鞄にあることを再度確認して、ドラッグストアに入った。

「バイトの面接できたものなんですが・・・」

 蒼は手が空いてそうな店員に、遠慮がちに話しかけた。

「店長呼んできますね。」

 店員さんが店長を呼びに行ってくれた。数分後、その店員ともう一人小柄な女性が一緒に蒼のもとへとやってきた。

「休憩室で面接するから、2階にどうぞ。」

 女性の後をおって、蒼は休憩室に向かった。


 昨日バイト先を探していた蒼は、自宅近くのドラッグストアがバイト募集していることを知った。「週3回から、土日できる方歓迎」と書いてあったので、大学の授業や囲碁部の活動にも差し支えずバイトができそうだと思い、早速連絡してみたところ今日面接にくるように言われた。


「東西大学なのね。すごいね。」

 蒼の履歴書を一目みて、堤と名乗る店長は蒼に声をかけた。

「いや、それほどでも。」

 こんなとき、どう返答してよいかわからず、とりあえず謙遜した。

「何曜日は入れる?土日入ってくれると嬉しいけど。」

「土曜日は午後からなら、日曜日は一日大丈夫です。平日は授業によりますが、今のところ水曜日と木曜日空いています。」

 囲碁部は土曜日の午前だけ全員参加となっているが、あとは各々好きな時に部室にきて、その時いる人と対局したり、部室にある囲碁の本を読んでいるみたいだ。

「じゃ、水・土・日の夕方のシフト、5時から9時まででお願いしていいかな。もちろん予定があるときは、変更できるから早めに行ってね。土日は主婦のパートさんが嫌がって、なかなかシフトが埋まらなくて大変だったのよ。助かった。」

 面接にきたはずなのに、いつのまにか入る前提で話が進んでいた。

「あの~、採用ってことでいいんですか?志望動機とか聞かなくていいんですか?」

 蒼の方が心配になって尋ねた。

「あ~、そんなの大丈夫。バイトに志望動機とか求めてないから。いくら建前でいいこと言っても、本音はお金が欲しいだけでしょ。それに、白石高校から東西大学ってことだけで、森田さんが真面目な子ってわかるし、問題なく採用。」

 昨日一生懸命、志望動機を考えたり、面接の受け答えの練習をしたのに、拍子抜けな感じで採用が決まってしまった。

「あと、履歴書に書く欄がなかったんですけど、こんな格好してますけど男ですけど、大丈夫ですか?」

 蒼は立ち上がって、今日はいてきたグレーのスカートの裾を少し持ち上げて店長に見せた。

「あっ、そうなの。今まで気づかなかったぐらいだから、大丈夫でしょ。」

 蒼はまだ会って数分だが、竹を割ったような性格の堤店長とだと楽しく働けそうな気がしてきた。


 土曜日、蒼は囲碁部の活動を終え帰ろうと立ち上がったとき、園山さんから声をかけられた。

「森田さん、もう帰るの?」

「ごめん、バイトなんだ。」

 園山さんはまだ蒼と話したさそうにしていたが、初めてのバイトで遅刻するわけにもいかないので、名残惜しいが部室をあとにした。


 今日の南さんも素敵だったなと思いながら電車に乗り、自宅の最寄り駅で降りてバイト先のドラッグストアへとむかった。

 2階の「Staff Only」と書いてあるドアをあけ、更衣室に入るとすでに女性が2人いた。おそらく、一緒のシフトに入る人だろう。

「今日から、バイトで入ります、森田蒼です。」

 蒼が挨拶すると、蒼と同じ1階担当の杉本さんと、2階の化粧品コーナー担当の木原さんと自己紹介してくれた。

「店長から、男だけどかわいい女の子がくるからよろしくって言われていたけど、ほんとかわいいね。」

「言われないと、男って気づかないね。」

 二人とも蒼のことを好意的に受け入れてくれたことにほっとした。


 制服として渡されたエプロンを付け、1階に降りて蒼の初めてのバイトが始まった。蒼は木原さんから品出しのやり方やレジ操作など、一通りの仕事の流れを教えてもらった。

「じゃ、ひとまずやってみようか。」

 木原さんから言われ、蒼は初めてのレジ打ちに挑戦した。

「いらっしゃいませ。」

 かごを受け取り、商品をスキャンしていく。卵などつぶれそうなものはスキャン後直接かごに入れずにいったん脇において、洗剤と食品とを一緒にしてよいか聞いて、最後に金額を伝えた。

 何組かのお客さんの会計が終わり、ひと段落したところで木原さんに声をかけられた。

「さすが、東西大学生。覚えが早いね。」

「ありがとうございます。」

 慣れないレジ操作に加え、男とばれたらどうしようと余計な心配までしていたのでかなり緊張していた。ぎこちなさはあったと思うが、ひとまずの合格点をもらえたようで一安心した。


 わずか4時間のバイトであったが、バイトが終わり自宅に帰りつくと、疲労感が一気に押し寄せソファに倒れこんでしまった。

「お母さん、働くって大変だね。」

 夕ご飯を温めなおしてくれている母に向かって、蒼はソファに倒れたまま話しかけた。

「慣れたら大丈夫だよ。ほら、ご飯できたよ。」

 蒼は母の手料理を食べたはじめた。働いた後のご飯はいつもよりも温かく美味しく感じられた。

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