工学部の姫

 蒼は学校に向かう電車の中で、囲碁部の先輩である南さんに貸してもらった詰碁の本を解いていた。相手の石を取ったり、自分の石が取られないように守ったりするための囲碁の基本的技術を勉強している。

 囲めば取れる、その単純なルールから想像できないほど、無数の石を取るパターンが存在し、蒼はパズル的な面白さを感じていた。

 高校のころは勉強のために英単語帳や参考書を読んでいたが、今は毎日勉強しなくてよくなったので、好きな本も読めるようになり、大学生になった実感がわいてきた。


 高校と違うといえば制服がなくなったので、毎日服をどれにしようかと考えてしまう。スカートとワンピースどちらにしようかと悩み、スカートだったらトップスとの組み合わせも悩み、いろいろ考えてしまってなかなか決められない。


「え~、そんなの適当だよ。直感で決めちゃう。」

 先週、園山さんにそのことを相談すると驚かれてしまった。

「この服、3日前にも着たとか気にならない?」

「私の3日前の服、覚えている?覚えてないでしょ。自分が思うほど他人の服なんて覚えてないから、適当に気に入ったものを着ればいいんじゃない?」

 いままで気負い過ぎていた部分があったようで、そう言われて少し気が楽になった。本当の女の子じゃない分、意識しすぎてしまうようだ。

 

 今日の1,2限目は物理実験の講座で、物理実験室に入ると先にきていた園山さんが手を振ってくれた。

「森田さん、かわいい。」

「ありがとう。」

 蒼のピンクのジャンパースカートに黒のカットソーのコーデにみて、園山さんが褒めてくれた。

「園山さん今日4限目で終わりだよね。そのあと、囲碁部行く?」

「行くよ。森田さんも行くなら、一緒に行こう。授業終わったら売店で待ってて。」

 南さんに会いたくて囲碁部に行ってみたかったが自分一人で行くのは不安なため、4限目がおわったら、園山さんと待ち合わせて一緒に行くことを約束した。


 物理実験の講座が始まり、最初に先生が実験の方法や目的について話があった後、4人グループで実験に取り掛かった。園山さんは別のグループで、蒼のグループは4人とも男だ。

「森田さんは、今日も記録係お願いね。」

 他の男子はテキストを読み込みながら、複雑な回路を組み立てていく。正直助かるが、蒼もこのままだと勉強にならないと思って手伝おうとした。

「男の方がこういうのは得意だからいいよ。森田さんは電流の値を記録してもらえればいいから。」

「先週も言ったと思うけど、私も男だけど。」

「いや森田さんは男だけど男じゃなくて、女性でもない。特別な存在だから。」

 眼鏡をした牧田君という男子が、きっぱりと言い切った。あまりに自信に満ちた表情にそれ以上のことは言えなくなり、蒼は記録係を続けた。


 実験が終わった後も他の男子は、「記録を見せて。」とか、「レポートを書くために、みんなで考察しよう。」などと蒼に絡んでくる。

 蒼が男であることを話したらみんなから嫌われるかと思ったら、杞憂だったみたいで嫌われるどころか、むしろ好かれ過ぎて困っている。

「園山さんも、実験どうだった?周りの男子に絡まれる?」

 お昼ご飯を食べながら園山さんに聞いてみた。

「全く話しかけてこないよ。こっちから話しかけても、答えてはくれるけど、話しが弾むって感じてはないかな。」

「そうなの!」

 蒼でもかなり絡まれているので、本物の女性である園山さんだともっと絡まれているかと思ったが、そうでもないらしい。なぜだろうと思いながら蒼が持参したお弁当のおにぎりにかぶりついた。


「森田さん、弁当持ってきてるだね。」

 後ろから男性に声をかけられ驚いて振り返ると、同じ実験グループだった三嶋君だった。

「森田さん、3コマ目は空きコマ?他のメンバーも授業ないから、一緒にレポート書くことにしているけど、一緒にどう?」

 自分一人でレポート書くのは大変そうだから助かるので、蒼は行くことにした。

「私も行っていい?」

「えっ、いいけど。」

 園山さんが三嶋君に話しかけると驚いた表情となり、蒼のときのような親しげな口調から、先生と話すようなかしこばった口調で答えた。その後すぐに、「じゃ、あとで。」と言い残して足早に三嶋君は去っていった。


「ね、こんな感じ。私が話しかけると男同士で盛り上がっていても、急にテンションが下がって黙っちゃうの。私って嫌われてるのかな?」

「それはないと思うけど。理系って男が多いから、多分みんな女性慣れしてないんだろうね。」

 蒼の説明に納得したのか、園山さんは腑に落ちたような表情になった。

「多分森田さんぐらいがちょうどいいんだろうね。森田さんだと同じ男性同士だから緊張せずに話せるし、かわいい女の子と話せている気分になるし。森田さんモテモテだね。」

 園山さんは茶化すように言ったあと、急に真面目な顔になり蒼に忠告するように話し始めた。

「森田さん、男同士でも距離感間違えると危ない目に会うから気をつけてね。」

 入学当初は男なのにスカート履いている蒼のことを受け入れてもらえるか不安だったが、別の意味で不安な気持ちになる蒼であった。

 

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