卒業式 その2
卒業式当日の朝、蒼はいつもより早く起きて学校に行く準備を始めた。いつもより念入りに髭をそり、髪の毛を整えた。シャツを着て、スカートを履いてリボンを付ける。毎朝してきた身支度だが、今日で最後と思うと特別なものを感じる。
「お母さん、行ってくるね。」
「お母さんも後で行くからね。校門のところで待っているから、一緒に帰ろうね。」
母に見送られながら、蒼は学校へと向かった。
「森田さん、おはよう。森田さんも今日卒業式?」
駅に向かっているところで、自転車に乗った森若さんに声をかけられた。
「そうだけど。森若さんも?」
「そうだよ。」
「佐藤さんの卒業式、見られなくて残念だね。」
「そうだけど、その代わり今度坂本さんと3人で卒業旅行に行くことになってるからいいの。」
「仲いいね。」
「なんか、彼氏彼女というか、女友達って感じ。森田さんのおかげで、知り合えてよかったよ。」
佐藤さんをめぐって張り合っていた、坂本さんと森若さん。予想外に仲良くなって、3人の交際は続いているようだ。
蒼が学校に着くと、教室の黒板には飾りつけとチョーク絵が描かれており、卒業式ムードを醸し出していた。その黒板をバックに、みんな写真を撮っている。
「涼ちゃん、おはよう。」
「蒼ちゃん、おはよう。どう、やっぱり緊張してる?」
「やっぱり緊張するよ、昨日も眠れなかった。入試の時より緊張してる。」
蒼がそういうと、涼ちゃんが笑った。
「蒼ちゃん、涼ちゃん、おはよ。朝からなんで笑っているの?」
ちょうど教室に入ってきた理恵ちゃんが会話に加わった。いつもの楽しい感じだが、今日で最後だと思うと寂しさも感じる。
卒業式が始まり、卒業証書授与に続き、校長先生や来賓の先生の話が続いていく。徐々に蒼が話すことになっている、男子代表挨拶の順番が近づいてくるにつれ蒼は緊張してきた。
在校生送辞、卒業生答辞につづいて、いよいよ蒼の番がやってきた。
「男子代表挨拶、3年2組森田蒼。」
「はい。」
蒼は自分の名前が呼ばれ、壇上へと向かう。静まり返った体育館の中、自分の足音だけが響く。壇上に上がると、出席者の顔がみんな自分に向いていて恥ずかしくなるが、はるちゃんを見つけてちょっと安心する。
そして、蒼は話し始めた。
「3年2組森田蒼です。最初は着るのがとても恥ずかしかったこの制服とも、今日でお別れかと思うと寂しく思います。2年生でスカートを履き始め、女の子が陰でしている苦労を実感することができました。また、女の子に見られたことで怖い思いもしたことがあります。また、男子がスカートを履くことで世間から偏見や誤解をうけ、嫌な思いをすることがありました。でも、そんな苦労を上回るほどの楽しい学校生活を送れたのも、この高校のみんなのおかげだと思います。制服がスカートだったからこそ、男女の枠を超えたつながりができ、嫌なことがあった時は慰めてくれ、困ったことがあれば助けてくれて、楽しいことがあれば一緒に楽しんでくれた、同級生のみんなには感謝の言葉が見つからないほど感謝しています。この学校での貴重な体験を今後の人生に生かしていきたいと思っています。」
蒼の話が終わると、体育館中に拍手の音が響き渡った。必死に考えた挨拶はどうやら合格点をもらえたようだ。
在校生と保護者の拍手に送られながら体育館をあとにする。教室に戻ると、最後のホームループまで、蒼の話題で持ちきりだった。
「蒼ちゃん、かっこよかったよ。」
涼ちゃんが教室に戻るなり、蒼に近づいて感想を言ってくれた。
「やっぱり、蒼ちゃん、やるときはやってくれるね。」
はるちゃんからも褒められて、頭をなでなでされた。
最後のホームルームは、先生が初めに「最後はみんな笑顔で終わりましょ。」といっていたので、感極まった生徒もなんとか涙をこらえて、全員笑顔で終えることができた。
ホームルームが終わると、泣き出す子、それを励ます子、抱き合う子などそれぞれ最後の一日をすごしている。
「蒼ちゃん、写真撮ろ。」
理恵ちゃんが声をかけてきて、いつもの4人で写真を撮った。撮った写真を早速見てみると、みんないい笑顔で写っている。
一通り写真を撮り終わったところで、そろそろ帰り始める生徒も出始めたところで、蒼は思い切ってはるちゃんに話しかけた。
「はるちゃん、ありがとうね。はるちゃんがいたから、卒業できたよ。はるちゃんがいなかったら、制服がスカートになったところで、学校に来なくなったかもしれない。本当にありがとう。」
蒼が話し終わると、はるちゃんが抱きついてきた。
「私もありがとう。勉強も教えてもらったし、部活でも蒼ちゃんが応援に来てくれると心強かったし、ありがとう。」
学校の外に出ると、そこでも校舎をバックに写真を撮っている人たちがいて、蒼たちも数枚写真を撮った。
「じゃ、また合格発表で会おうね。」
そういってみんなと別れて、蒼は校門のところで待っている母のところへと向かう。母も近づいている来る蒼に気づいて、手を振った。
「お母さん、お待たせ。」
「もういい?別に急がなくてもいいよ。」
「もう十分、写真も撮ったし、いいよ。でも、ちょっと待って。」
蒼は、学校を出る前に最後に後者に向かった一礼をした。
「お母さん、白石高校勧めてくれてありがとう。この学校でよかったよ。」
「そう、よかったね。」
母は笑顔で一言だけ返事した。
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