春休み

 終業式も終わり、春休みとなった。春休みは、夏休みや冬休みと違い補習授業がないため2週間丸ごとの休みとなっている。その分課題の量も多く、今日も朝から蒼は課題に取り組んでいた。


 課題もひと段落して、壁にかけてある制服が視界に入る。1年前の春休み、初めてスカートを履いた。その時は、1年間の我慢とだけ思っていたが、すぐに女の子の楽しさを知り、私服でもスカートを履くようになってしまった。

 3年生になったら男に戻る選択もあったが、蒼は女の子のままでいることを選んで、髪も長いままにしている。トランスジェンダーではない男子生徒も、大部分は3年生になってもスカートで登校して、もう1年女子高生を楽しむ人が多いと先生が言っていた。その後大学で男に戻るにしても、あと1年間女子高生を楽しめる権利を手放すのはもったいないと、みんな思うみたいだ。

 

 そんなことを考えていると、スマホからラインの着信音が鳴り確認してみると、はるちゃんからラインの返信が届いていた。

 デートの約束だけして、どこに行くかを決めてなかったので、行き先をはるちゃんと打合せしていた。ラインを読むと、桜が咲いているから市民公園でお散歩しようとかいてあり、それならお弁当作って持って行くよと返事を送った。はるちゃんはすぐに、楽しみにしてると返事をくれた。

 お花見デートが決まったところで、明日のコーデを考えるために蒼はクローゼットを開けた。公園を散歩するなら、スニーカーで行くからそれに合うようにとか、春らしい要素も入れたいとか考えてコーデを決めるのも楽しい。クローゼットの中からスカートを入れたり出したりしながら、悩んでいると、ある一着が目に入る。これだと思い、明日のコーデは決まった。


 翌日の朝、蒼はサンドイッチを作り始めた。ゆで卵をつくっている間に、照り焼きチキン用の鶏肉を醤油などが入った下味のたれに漬けておく。じゃがいもはこの前ポテトサンドだったけど、今回は、千切りにしてベーコンとチーズと一緒に炒めて、パンにはさんでみることにした。

 料理を作りながら、前回サンドイッチを作った時のことを思い出す。理恵ちゃんはおいしいと言いながら笑顔で食べてくれた。そのあとに、別れ話を切り出すつもりだつたので、蒼はあまり味合う余裕がなかった。美味しそうに食べている理恵ちゃんを見ていると、心が痛んだ。

 蒼はまだ、はるちゃんと付き合うようになったことを理恵ちゃんに言えていない。はるちゃんが理恵ちゃんに言っているかも知れないが、蒼は自分の口から言いたかった。今度会ったら言おうと思っているうちに春休みになってしまった。


 待ち合わせの駅に着くと、はるちゃんはすでに待っていた。

「お待たせ。サンドイッチ作ってきたよ。」

「楽しみにしてたんだ、ありがとう。あとそのスカートひょっとして?」

「そう、はるちゃんの色違い。なんとなくはるちゃんも着てくるかなと思って。」

 10月にみんなで遊びに行ったときに、はるちゃんが着ていたキュロットスカートと同じものを、蒼はあの後すぐに見つけて色違いを買っていた。

 いつかはるちゃんと付き合えたら、色違いで双子コーデしたいと思い買っていたが、そのあと理恵ちゃんと付き合うことになったので、しばらくはクローゼットに入れっぱなしになっていた。

 予想通りはるちゃんは同じキュロットスカートを着てくれたので、念願の双子コーデでデートができる。蒼は浮き立つ気持ちになった。


 駅から10分ほど歩いて市民公園についた。池を中心として、1周1kmほどのウォーキングコースになっているようなので、1周してみようとはるちゃんがいったので歩き始めた。

 理恵ちゃんと一緒に歩いていても、理恵ちゃんについていくという感じだったが、はるちゃんとは、当たり前だが一緒に歩いている感じがする。


 桜がきれいだねといいながら歩いていると、本田さんと出会った。私服姿の本田さんを初めて見るが、薄いピンクのシフォンプリーツスカートに、白のトップスを合わせてデニムのジャケットを羽織っている。男目線で彼女にデートの時着てもらいたい服って感じで、かわいい。

「本田さん、奇遇だね。お花見しに来たの?」

「こんにちは。森田さん、西野さんと一緒ってことはデート?」

 デートといわれて、蒼もはるちゃんもすこし照れくさそうに笑った。


 本田さんと話していると、黒のキャミソールワンピースの小柄な女の子が近づいてきた。その女の子は本田さんに話しかける。

「本田さん、トイレ混んでて遅くなってごめんなさい。」

「大丈夫だから。あと学校の外では敬語でなくてもいいよ。下田さん。」

下田さんと呼ばれたその子は、蒼たちに挨拶してくれた。

「今度2年生になる下田です。」

見かけによらず低い声に、

「ひょっとして、ハクジョ男子?」

蒼が尋ねると、恥ずかしそうにうなづいた。


「本田さん、部活とかやってないのに、下の学年の子とどうやって知り合ったの?」

 蒼が本田さんに質問すると、本田さんは二人の関係について教えてくれた。

 下田さんが初めてスカートで登校したときに、本田さんが声をかけてスカートの位置を調整してあげたこと、それをきっかけにして服を買いに付き合ったり、女の子らしい仕草を教えたりして仲良くなったことを教えてくれた。

 世話好きの本田さんらしいきっかけだなと思っていたら、

「それでこの前、バレンタインの時に下田さんから告白されて、私たちも今日はお花見デート。」

 最後に驚きの事実を教えてくれた。蒼が、男同士だよね。と言いかけたが、好きであることに性別は関係ないと気づき、代わりに

「お似合いだね。」

と手をつないでいる二人に声をかけた。二人とも照れくさそうに見つめあっていた。


 お互いデートの邪魔はしない方がいいということで本田さんたちと離れ、再び池の周りを散歩する。はるちゃんが、話しかけてくる。

「本田さん、彼氏?彼女?いるなんて驚いたね。。」

「本田さん、世話好きだからね。私も女の子になりたての頃は、いろいろ教えてもらって助かった。」

 そんなことを話しながら、歩いていると「蒼ちゃん、はるちゃん」と呼ぶ声が聞こえた。声のする方をみてみると、涼ちゃんと理恵ちゃんがいた。それと後ろにもう一人、涼ちゃんによく似た年上の女性が立っていた。

 はるちゃんは理恵ちゃんと話し始めたので、蒼も涼ちゃんに話しかける。

「涼ちゃんもお花見?後ろの女の人って、ひょっとしてお姉ちゃん?」

「そう、今日お姉ちゃんと理恵ちゃんの3人で買い物に行く前に、桜が咲いているからって公園散歩してるんだ。」

 涼ちゃんは、ピンクのリボン付きのスカートを履いている。理恵ちゃんをみると同じデザインの水色のスカートを履いている。

「涼ちゃん、ひょっとして理恵ちゃんとお揃い?」

「そう。蒼ちゃんには言い出しせずにいたけど、理恵ちゃんと付き合い始めたんだ。それで、交際開始の記念にお揃いで買ったんだ。」

「そうなんだ、おめでとう。」

「そんな蒼ちゃんもはるちゃんとお揃いだね。」

「私も言い出せずにごめん。はるちゃんと付き合い始めたんだ。」

「蒼ちゃんもおめでとう。」


 3人と別れて池を1周し終わった後、芝生広場でレジャーシートをひき、はるちゃんと並んで座る。

「涼ちゃんとはるちゃん、付き合い始めたんだね。はるちゃん、知ってた?」

「2週間ぐらい前かな、理恵から聞いた。バレンタインで告白されたんだって。私たちと同じだね。」

「理恵ちゃんにも、私たちのこと言ってたの?今日会っても驚いてなかったから。」

「理恵の話聞いた後に、言ったよ。ダメだった?」

 理恵ちゃんは二人でいるところをみても驚く様子はなかった。そして蒼が、はるちゃんと付き合い始めたことを言うと、「おめでとう。」と言われた。理恵ちゃんに直接言えたことで、気がかりだったことがなくなりほっとした。


 お弁当のサンドイッチを取り出し、お昼ご飯を食べ始めた。

「蒼ちゃん、サンドイッチおいしい。」

 はるちゃんは、嬉しそうにサンドイッチを食べている。今日のサンドイッチは、蒼も一段と美味しく感じる。

「春がきた。」

 蒼は独り言のつもりでいったが、はるちゃんにも聞こえていたみたいで、ニッコリ笑い返された。




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