部活

 2月に入って最初の土曜日、蒼は美容室に来ていた。男の時は髪は伸ばしている間は美容室に行かなくてもよいと思っていたが、女の子になって髪を伸ばしていても定期的に美容室に行って、髪を整えてもらう必要があることを知った。

 この日も、傷んだ毛先などを少し切って、長さを揃えてもらっている。カット中、いつも担当してもらっている島田さんから声をかけられる。

「最初のときと比べると、女の子らしくなってきましたね。ひょっとして、付き合っている人います?」

「ありがとうございます。付き合っている人がいるって、よくわかりましたね。」

「女の子は恋すると可愛くなるんで、いるのかなと思いました。」

 身内以外にかわいいと言われると、お世辞と分かっていても嬉しい。


 島田さんに言われて、2年生になってから今までのことを思い出してみる。初めは女の子になっていくことに戸惑いもあったが、女の子の楽しさを知り積極的に可愛くなろうとした。その後、はるちゃんに恋して、はるちゃんにかわいい自分を見てもらいたいと、髪型変えたり、服を選んだりとより可愛くなろうとした。恋すると可愛くなるというよりは、可愛くなろうとする。

 そんなにはるちゃんを好きだったのに、理恵ちゃんと付き合っていることで、はるちゃんには申し訳なく思った。


 次の日曜日、蒼は学校は休みだが、部活終わりの理恵ちゃんと会うために学校に来ていた。理恵ちゃんから部活が12時に終わるので、そのあと一緒にご飯食べようと誘われていた。

 蒼はいつものようにファーストフードのハンバーガーでもいいと思ったが、今日は2月にしては暖かな日なので、公園で食べるのもいいかなと思って、朝にサンドイッチを作って持ってきた。


 蒼は予定より早めに学校についてしまい、教室で待っていてもよかったが、理恵ちゃんの部活の様子を見てみようと思い、体育館に行ってみることにした。

 部活の邪魔にならないように体育館の2階に上がり、部活の様子を見学してみる。

「次、サーブレシーブ練習するよ。」

 ボールの音とともに理恵ちゃんの声が、2階まで届いてくる。理恵ちゃんはバレー部でも中心的存在で、みんなを引っ張っているみたいだ。

 サーブレシーブの練習で、レシーブミスがあり、

「集中、集中していこう。」

 理恵ちゃんが、ミスした1年生に声をかける。はるちゃんは、1年生のもとに歩み寄っている。声は聞こえないが、身振りからするとアドバイスをしているみたいだ。


 いつも落ち込んだとき、理恵ちゃんは励ましてくれるが、はるちゃんは寄り添ってくれる。そんな二人の違いが見えた。

 蒼は、はるちゃんのことを思い出す。男であることがバレてからかわれたとき、痴漢にあった時、いつもはるちゃんは蒼に寄り添って癒してくれた。そんなはるちゃんが好きで、可愛くなりたいと思い、可愛くなろうとした。はるちゃんがいたから、今の自分がいる。改めてそう思えた。


 声を出してみんなを励まし続ける理恵ちゃん、後輩を気にかけながら自らもボールを追い続けるはるちゃん、二人の様子を見ながら考えていた蒼は、練習が終わったころ心を固めた。


 部活が終わった理恵ちゃんと合流して、お昼ごはんの事を話す。

「あそこの公園で食べよう。蒼ちゃん手作りサンドイッチ楽しみ。」

理恵ちゃんは部活の疲れも見せずに、無邪気にはしゃいで答えた。


 公園のベンチに並んでお昼を食べ始める。風も弱く、日差しは暖かく外で食べるにはいい天気だ。蒼は、理恵ちゃんの分のサンドイッチを手渡す。

 理恵ちゃんは、玉子サンドを一口食べたあと、

「美味しい〜。玉子がしっとりで美味しい。蒼ちゃん料理上手〜。」

満足そうな笑顔をみせた。

 夏頃から始めた料理も、母の手伝いをしているうちに少し上達してきたし、食材の組み合わせで献立を考えるのも楽しくなってきた。

 美容室では恋すると可愛くなると言われたが、料理も食べさせたい人がいると上達するようだ。

 理恵ちゃんは、そのあとも照焼きチキンサンドはマヨネーズとの相性がいいねとか、ポテトサラダサンドも部活で疲れた後に炭水化物がっつりでいいねと言いながら、完食してくれた。美味しそうに食べて貰えると、作った側は嬉しく感じる。


 食べ終わったところで、蒼は意を決して理恵ちゃんに話し始めた。

「理恵ちゃん、付き合ってくれてありがとう。付き合い始めて毎日楽しいよ。あとこんな自分を、受け入れてもらえる人がいて嬉しかった。」

 理恵ちゃんは蒼が真面目な顔で話しているのを見て、表情を変えた。

「理恵ちゃんといると幸せになれると思う。でも、それは理恵ちゃんの人生に取り込まれている気がする。私は私の人生を自分の足で歩んで行きたい。」

「それって、別れてほしいということ?」

「ゴメン。」

 蒼は、謝ることしかできなかった。理恵ちゃんには申し訳なかったが、はるちゃんのところに行くには、理恵ちゃんと別れるしかない。スキーと同じで転ぶなら早い方が、ダメージは少ない。これ以上先伸ばしはできない。


「一緒に人生歩いて行くのは私ではなく、はるの方が良いの?」

「ゴメン。」

 蒼は繰り返し謝りながら、理恵ちゃんと過ごした日々を思い出していた。一緒に買い物行ったこと、理恵ちゃんの家に行ったこと、全て良い思い出だった。

「ありがとう、理恵ちゃん。」

蒼は泣きながら、消え入りそうな声で今までのお礼を言った。

「なんで振る方の蒼ちゃんが泣くのよ。普通、振られる方が泣くものでしょ。もともと蒼ちゃん、はるのこと好きだったのにゴメン。私の方こそありがとう。蒼ちゃんと一緒にいれて楽しかったよ。」


 公園からバス停まで歩いていく途中、理恵ちゃんが手を伸ばしてきた。これが最後と、自分に言い聞かせて手を握る。この安心感に包まれる手は二度と握れないと思うと寂しくなるが、自分の決断を信じる。

 高校を選ぶときも、理恵ちゃんと付き合うときも、自分で決めたというよりは周りに流されてしまった。理恵ちゃんといると、誰かに頼る自分を変えられない。理恵ちゃんと一緒に、弱い自分とも別れるつもりだ。


 そしてバス停につき、バスに乗る理恵ちゃんを見送る。バスに乗った理恵ちゃんは、うつむいて泣いている様子だったが見ないようにして、蒼も駅へと向かった。

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