バレンタインデー~東野理恵~

 2月13日日曜日の午後、午前で部活を終えた東野理恵はチョコレートトリュフ作りに苦戦していた。明日からテスト1週間前の部活休みに入り、放課後は恒例の勉強会をする予定になっている。あの日以来久しぶりに蒼ちゃんに会える。


 あの日、部活帰りに一緒に蒼ちゃん手作りのサンドイッチを食べた後、急に蒼ちゃんが真面目な顔になり、晴天の霹靂のように別れを切り出された。いつも不安げな蒼ちゃんを、理恵が守り二人の中は上手くいっていたと思っていた。なのに、別れを切り出された。


 イギリスのことわざに、「馬を水飲み場に連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない。」というのがある。ここで無理に蒼ちゃんを引き留めても、蒼ちゃんの離れてしまった心は、帰ってこない。

 それに、すがるような私らしくない姿を、蒼ちゃんに見せたくなかった。だから、ありがとうとお礼だけ言って別れた。泣く姿も蒼ちゃんには見せるわけにはいかず、泣くのを我慢していたが、帰りのバスの中で緊張がゆるみ涙がでてしまった。


 冷静になってから、自分中心に蒼ちゃんを振り回していたことに初めて気づいた。初めての恋愛に浮かれていたことは、自分でも否定できない。筆記具などお揃いで揃えるぐらいはよかったかもしれないが、心配のあまり他の女子と仲良くしないでと言ったことはやりすぎだった。

 自分が楽しいことは、蒼ちゃんも楽しい。それがおごりであることも知らずに、何の疑問もなくそう思っていた。

 蒼ちゃんが自分の人生自分で歩みたいという気持ちも、今ならわかる。そう思えたとき、自分の中で何かが変わったような気がした。


 明日蒼ちゃんに久しぶりに会える。もちろん廊下ですれ違ったときには、蒼ちゃんは挨拶はしてくれるが以前のように二人きりとはいかない。昼のお弁当も別れて以来、一緒に食べていない。

 寄りを戻すことに期待しているわけではないが、今までのお礼と、変わった自分を見て欲しい、恋人ではなくなったがこれからも友達として仲良くしてほしい、そんないろんな思いを伝えたくて、お菓子作りにチャレンジしてみることにした。


 理恵にとってお菓子作りが初めてなので、できるだけ簡単なレシピを探し、材料を混ぜるだけでできると書いてあったチョコレートトリュフを作ることにした。

 細かく割ったチョコレートに温めた生クリームを入れて、冷やした後に丸めてココアパウダーを振るだけとレシピにあったが、実際作ってみると丸める時に溶けてうまく丸めることができず苦戦している。1時間でできるとレシピには書いてあったが、すでに1時間半が過ぎている。

 それでも何とか丸め終わり、ココアパウダーを振って作り終えた。一つ味見してみる、形は多少いびつだが、味はおいしくできた。


 蒼ちゃんだけに渡すと受け取ってもらえない可能性もあるので、みんなに配ることにした。それなら蒼ちゃんも受け取りやすいだろう。

 百均で買ってきたかわいい袋に小分けして入れ、袋にチョコレートと一緒に、「これからもずっと仲良くしようね。」と書いたミニメッセージカードも入れた。

 蒼ちゃんとはるちゃんは上手くいってほしいと思う。それと同じくらい4人の友情がずっと続けばいいなと思う。

 

 翌日、帰りのホームルームが終わった後、勉強会をするために2組の教室に入る。以前は入るのに何も感じなかったが、少し抵抗を感じながら、意を決して2組の教室のドアを開ける。

「お待たせ。相変わらず担任の話長くて、ゴメンね。」

理恵はできる限り、今までと同じ調子であいさつした。

「理恵ちゃん、なんか久しぶりだね。」

涼ちゃんがいつもと変わらない笑顔で、迎えてくれた。蒼ちゃんもはるも、二人ともいつもと変わらない。それが嬉しかった。


「今日はバレンタインデーだから、チョコ作ってきたよ。」

 勉強を始める前に、理恵は手作りチョコをみんなに配り始めた。

「理恵、どうしたの?お菓子作りするタイプじゃなかったよね?」

「一応、女の子だから頑張ってみた。」

3人とも笑いながら嬉しそうに、チョコを受け取ってくれた。


 チョコを配り終わり、勉強始めたところで、全く蒼ちゃんに話しかけないのも不自然かと思い、数学の問題で質問してみる。

「蒼ちゃん、この問題どうやって解くの?」

蒼ちゃんが自分のノートをみせて、解き方を見せてくれる。

「答えを見ればわかるけど、どうやってこの解き方にたどりつくの?」

「わかないときは、ひとまず与えられた条件を全部書き出してみて、今までに見た問題で似た問題を思い出して、それと何が違うから解けないかを考えれば、ある程度筋道が見えてくる感じかな。」

 いつも通り、優しくわからない人の目線で教えてくれる。いつも通りに接してくれるのがかえって嬉しい。


 完全下校時間の6時半となり勉強会を終わりにして、いつもどおりバス停ではると蒼ちゃんと別れる。

「理恵ちゃんと涼ちゃん、バイバイ。」

 そう言って別れた蒼ちゃんは、少し緊張している様子だ。蒼ちゃんは、不安な時や緊張している時は、まばたきが多くなる。理恵の家に来たときもそうだった。この不安な顔の蒼ちゃんが好きだった。でも蒼ちゃんを守るのは、私ではない。

 蒼ちゃんの背中をみながら、「がんばれ」と無言のエールを送る。


 バス停のベンチで涼ちゃんと並んでバスを待っていてると、涼ちゃんが鞄から何かを取り出そうとしている。涼ちゃんは鞄から取り出したピンクの紙袋を渡しながら、

「頑張ってビスコッティ焼いてみたから、良かったら食べて。」

「私のために?」

理恵は、みんなには渡さず二人きりになってから渡してきたことで、答えは解っていたがあえて聞いてみた。

「お姉ちゃんと一緒に作ったけど、理恵ちゃんに食べて欲しくて。」

理恵は涼ちゃんの好意には気づいている。そしてこの後何が起こるかも予想はつくが、理恵は見守ることにした。

「ありがとう。」

理恵はお礼を言い、次の言葉を待ったが、

「味見もしたけどおいしかったよ。」

ちがうその言葉じゃない。

「あの、その、」

がんばれ、と心の中でエールを送る。もうすぐバスが着ちゃうよ。

「理恵ちゃん、好きです。付き合ってください。」

 よく言えました。と思ったが、返事を考えていなかった。涼ちゃんを見てみると、自分がかわいがられる存在であることに、疑いを持っていない目で私を見ていた。理恵の庇護欲をかきたてる。理恵はあることを思いき、きっと涼ちゃんなら受け入れてもらえと思い、答えを返す。

「一つだけお願いがあるんだけど、・・・」

「わかった。それで理恵ちゃんと付き合えるなら、かまわないよ。」

涼ちゃんは、ほとんど考えずに即答してくれた。


 ちょうどバスが着たので、涼ちゃんと手をつないで一緒に乗り込む。蒼ちゃんのことを言わずに、涼ちゃんと付き合うのはフェアではない気もしたが、涼ちゃんの嬉しそうな笑顔を見ていると、知らない方がいいこともあると思い黙っておくことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る