誤解

 1月下旬のある日、蒼が駅の改札を抜け学校に向かおうとしていると、佐藤さんをみかけて蒼は小走りで近づいて挨拶をした。

「おはよう、佐藤さん。いつもこの時間の電車なの?」

「おはよう。いつもこの電車使ってるよ。」

「そうなんだ。私も一緒だけど今まで気づかなかった。一緒に学校に行っていい?」

佐藤さんは微笑みながらうなづいた。


 蒼は佐藤さんと、一緒に歩き始めた。

「佐藤さん、どの駅から乗ってるの?」

蒼が聞いてみると、佐藤さんは蒼が乗っている駅の隣の駅名を答えた。

「それだったら、同じ市内?何中学校?私、第二中学校。」

「私、第四中学校。」

 同じ市内から県外の白石高校まで通う生徒は少なく、同じ市内ということがわかり、親近感がわいて話も盛り上がった。


 それから蒼は、毎日佐藤さんと一緒に登校するようになった。その日もいつも通り話しながら登校していた。

「佐藤さんもあのドラマ見てるんだ。」

最近始まったテロリストと公安の攻防を描いたドラマの話題になり、

「今週は面白かったよね。ダミーの爆弾に気づいて、本当の狙いは別にあるって気付くところがいいよね。」

「そうそう、ダミーの爆弾がこんなに見つかり易い場所にあるはずがないって、見破るところががいいよね。」

 流行りのドラマなので、クラスでもよく話題になっている。しかし蒼は犯人と主人公との頭脳戦を楽しんでいるが、クラスの女子たちは主人公のアクションシーンがカッコいいという話になるので、いまいち話が噛み合わなかった。佐藤さんとは同じ男同士であるためか、ドラマを見る視点が同じなので話してて楽しい。


 5組の教室の前で佐藤さんと別れて、2組の教室に向かおうとしたときに坂本さんとすれ違い、蒼は挨拶したが、

「坂本さん、おはよう。」

「おはよう。」

坂本さんは不機嫌そうな顔でと返事しただけであった。朝でテンションが低いのかなと蒼はあまり気に留めなかった。


 その日の昼休みトイレから帰る途中で、坂本さんに呼び止められた。

「森田さん、ちょっといいかな?」

そう言って、蒼は坂本さんに連れられて非常階段に向かった。少し怒っているみたいだが、蒼には思い当たる節はなかった。

「森田さん、さっちんと最近仲いいけど、さっちんの事好きなの?でも、さっちんは私と付き合うって約束してるから、手を出さないでね。」

蒼は思いもよらない事を言われ、

「いや、それは」

どう返事したらいいか分からず、曖昧な返事をしていると、

「さっちんはキレイだけど、男子なの。貴方はスカート履いているって言っても男子なんだから、男子を好きにならないで!」 

坂本さんは更に追求してきた。

「いや、恋愛対象は女性だよ。」

蒼の答えに対して、

「分かった。さっちんが、キレイでかわいいから女の子と思って好きになったんでしょ。でも駄目よ。さっちんも恋愛対象は女の子って言ってたから、男子のあなたは対象外なの諦めて!」

坂本さんはキツイ口調で蒼を攻め立てた。


 蒼は、ライオンのパラドックスを思い出す。旅人がライオンに今考えていることが分からないなら食べてしまうと言われ、「私を食べようとしている。」と答えれば、正解、不正解のどちらの場合でも食べられずに済むという有名な論理パズルだが、今回の場合は蒼が好きなのは、男子と女子どちらを選んでも、坂本さんの怒りをかってしまう。

 結局、蒼は佐藤さんとはもう仲良くしないからと約束して、坂本さんから解放された。


 散々な事があり落ち込みながら帰宅していると、帰り道で自転車に乗っている森若さんとすれ違った。森若さんは、自転車を降りて蒼に話しかけた。

「森田さん、彼氏って年上の人?年末に腕組んで歩いてるのを見たよ。」

蒼と父が会っていた時の様子を見られていたらしい。

「相手の人結婚指輪してたから不倫なの?不倫は良くないよ。」

「違うよ。不倫じゃなくて、お父さんだよ。」

蒼は父親であることを説明したが、森若さんはお父さんを勘違いしておみくじ

「お父さん?ひょっとして、パパ活?それはなおのこと止めた方が良いよ。」

「パパ活じゃないよ。本当の」

と蒼は本当の父親であることを言おうとした時、森若さんは塾の時間があるからと言って、自転車に乗って去って行った。

 森若さんと会うたびに、いろいろ誤解を受けているが、訂正させてくれない。中学の同級生の間で、変な噂が流れてそうで怖い。


 翌朝、学校に行く途中で佐藤さんを見かけたが、昨日の事があったのであえて蒼は声をかけずにいた。しかし、佐藤さんの方が気づき声をかけてくる。

「ごめん、坂本さんから聞いたけど、昨日大変だったみたいだね。」

両手をおなかに当てて最敬礼の45度のお辞儀をしながら、佐藤さんが昨日の件を詫びてきた。あまりにきれいなお辞儀で、逆に恐縮してしまう。


「大変だったよ。坂本さん、めっちゃ怖かった。佐藤さんから、説明してくれた?」

「説明したけど、なかなか森田さんとは何も無いって信じてもらえなかった。それで何も無いなら付き合って、と言われて坂本さんと付き合うことになった。」

「なんかゴメン。大学まで保留するはずだったのに、私のせいでゴメンね。」

「考えたら今までも一緒に買い物行ったり遊んだりしてたから、付き合ってもあんまり変わらないかなと思って。あと、森田さんにそれだけ嫉妬している姿が嬉しくて、私って愛されてるだと感じた。」

 途中から惚気け始めた佐藤さんは、照れていて可愛かった。


 蒼はスキー旅行での理恵ちゃんとの出来事を思い出す。理恵ちゃんも、蒼と佐藤さんの関係を勘違いして怒っていた。そのことを、佐藤さんに話すと、

「お互い様だったんだね。私たちって誤解されやすいのかな?」

「女の子の格好しているけど、心は男のままで、女の子が好きってなかなか理解してもらえないかも。」

「そうだね。ところで蒼ちゃん、東野さんと付き合ってたんだ。」

「スキー教室の時、理恵ちゃんが毎日部屋にきてごめんね。」

「それで毎日来てたんだね。まあ、楽しかったからいいよ。ところで、蒼ちゃんはキスとかしたの?どこまで進んでるの?」

「まだだよ。」

蒼は笑いながら答えた。佐藤さんのきれいな顔と上品な所作から、想像のできない男子高校生らしい台詞がでてくるそのギャップがたまらない。



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