第2話
「あの……本当に大丈夫ですから……お気になさらないでください」
「いえ……ほら、こんなにシミになっている。洗ってもダメかもしれない」
ナガレは女性のブラウスの裾を指でつまむ。
茶色いシミは、意味を持った魔法陣のように並んでいた。
「あ、あの……」
女性が、ナガレの手とブラウスを持ち、離れようとする方向に力を入れたように感じた。
どうやら、まだ試練は終わっていない。
南無三!
神の意志を感じる体質だと自覚していたが、気合いをいれると、ときどき仏が出てくる。
ナガレは無宗教者だった。
「名前は?」
「え?」
女性の力が抜けたのを感じた。
「あなたの名前です」
「え……ええと、夢見……です」
「大事なのは名前だ」
「夢見……夢架」
「OK」
ナガレは顔をほころばせた。人は虚を突かれると脱力する。問われると身構える。そして、許されると安堵する。
自分の敷いたレールどおりに夢架が反応することに、言いようのない満足感を覚えた。
今のは案外作り笑いではなかったな。
そう思うと、さらに笑いが込み上げ、目に優しさが灯るのを感じた。
「夢架さん。僕から君へ提案がある」
「て、提案?」
カレーうどんの汁は、君の真っ白なブラウスに飛んだだろう? オレは天つ国から与えられた今回のタスクが分かってしまったんだ。
「お詫びに、君のための服を買いたい」
「ふ、服? い、いや……いいです、ホントに」
夢架は、どこか不安そうな表情をしている。オレのセンスを心配しているなら、安心するといい。これでも、理髪店ではヴォーグを読んでいる。
「君の服を、買わなきゃいけないんだ」
自然と声が低くなった。世界の秘密をそのまま伝えるわけにはいかない。だから、オレの真剣さを感じて、推し量ってくれ。
乱れた世界を正すのは、一見まるで関係なさそうな蝶の羽ばたきなんだよ。
ナガレは、やおら立ち上がり、威厳ある動きで夢架の手をとった。
「二人分、お会計お願いします」
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