シズク、ツナグ

小豆沢Q

第1話

どうやら、やはり、「また」神の力が働いたらしい。


白いブラウスをキャンバスに、下手くそな点描のようにシミが駆け回っている。


「あ。すみません!」


十分申し訳そうな顔になっているだろうか? 言葉とは違う部分で、ナガレは悩んでいた。


偶然ではなく、必然なのだから、何もすまないことはない。だが、彼女はそう思っていないだろう。運命も使命も知る由がないのだから。


やれやれ、また、オレが導かなければ。


「あっ、だ、大丈夫ですよ。これぐらい、帰って洗濯しますので……」


「いえ、それでは僕の罪を償うことができませんので……」


「つ、罪?」


本当は君の罪なんだけれどね。

思わず頬が緩むのを感じ、ナガレは慌てて顔の筋肉を引き締めた。


*


昼食のため入ったうどん屋は、芋を洗うように混んでいた。手の上げ下げですら隣と干渉しそうな中、ナガレが通されたのはカウンター席だった。


左隣には、サラリーマン風の男性。右隣に白いブラウスの女性が座っている。

この配置を見た瞬間、ナガレは神の意志をほのかに感じていた。

こんなうどん屋に若い女性が一人でいる。

どこか世界の均衡が崩れているのではないか。


それとなく女性を観察する。二十歳前後といったところか。端正な顔立ちは、角のたったスクウェアな讃岐うどんによく合っていた。


ナガレの注文したカレーうどんは、配膳された瞬間から彼に語り始めた。


「俺がきっかけはつくる。あとはうまくやれ」


神の思し召すままに。


ナガレは勢いよくうどんをすすった。

熱気が口内を蹂躙し、鼻腔にスパイスが充満する。


この試練、乗り越えさせたまえ!


火傷しそうな唇が長い一本を吸い込みきると同時に、汁は湿度の高い虚空を舞った。


ナガレは、スローに飛びゆく幾十もの汁を目の端で追った。


それらは、ナガレ自身、カウンターテーブル、床へと命を賭してぶつかり、散っていく。


ダメか?! 違うのか?!


暑さのせいか、焦りか。ナガレの鼻頭に汗がにじみ出た。


須臾、何かが確かに見えざる力で軌道を変えた。届かぬと思われた、数滴の汁が、白いブラウスに吸い込まれていった。


神の力。


やはり、彼女で間違いない。

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