第2話 エンジニアに二言なし(1)

 「武士に二言はなし」とはよく聞かれた言葉である。同様に、やはりエンジニアにおいても原則として、同様の立場を取るべきであろう。チームの中で、その分野における最も優れた専門家であるエンジニアが、もしその言葉を違えれば、どのような不幸が起こるかは推して知るべしである。

 エンジニアに二言なし、というこの金科玉条を実現するには大きく二つの難題が立ちはだかる。一つには、可能であると述べること。もう一つには不可能であると述べることである。

 「可能である」、すなわちある事柄を「できる」と言えば、それは実現されなければならない。そこには納期、資金、その他資源の問題が当然含まれてくる。一般的なエンジニアが、ある事柄を「できる」「できない」と言う時、そこには無限の資金やリソースが想定され、技術的に可能であることを述べることがある。しかし、このことは顧客など技術に明るくない相手と対話するにあたっては明らかに不誠実である。なぜなら顧客は自分の有限なリソースを元にしか話をしていないからである。仕様が明確にされないどころか、予算も明らかにされない相手に対して、果たして我々は、可能・不可能を述べることができる立場にあるのであろうか。これは明らかにNoである。

 エンジニアの「仁」とは、顧客の立場に立って考えることである。その顧客が明らかに専門知識を欠いている時、歩み寄るべきはエンジニアの側だからである。なぜならエンジニアはその専門的知識と経験を得るにあたり、長い年月の修練を必要としており、もしエンジニアが歩み寄らないとすれば、それは顧客に同様の修練と長い年月を要求することに他ならないからである。

 したがって、顧客の許容できる大まかな予算を分かっており、加えて技術的可能性のある場合にのみ、「可能である」と述べることができる。

 「どの程度予算があれば、可能である。」または「やってみなければ分からない」と述べることは不誠実ではない。したがって、不明な場合は「やってみなければ分からない」と述べれば礼を失せずに済む。しかし、「これくらいの予算があれば、、、」と述べる場合、これは失礼にあたる場合を含む。すなわち、見積もりが雑であることは、顧客にとって大変失礼にあたるからである。「1000万円あればできるんじゃないですか?」と適当に答えれば、顧客は非常に不快な気持ちになることに違いない。したがって、おおまかな見積もりを述べる場合は、根拠を述べられる場合に限られるということになる。例えば、「概算で、フロントエンドに300万円、バックエンドに600万円、その他で100万円で1000万円程度あれば可能と思われます。」と述べると例え予想より高い価格であったとしても、顧客は安心するだろう。

 「エンジニアに二言なし」という題目からすれば、すなわち「1000万円あればできるんじゃないですか?」とうっかり適当に言ってしまおうとする時、もし万が一顧客がその予算を揃えてきたら、きっちり二言なく仕事を仕上げる覚悟があるかどうかを確認して、その言葉を述べなければならない。したがって、武士道精神のあるエンジニアというのは、「もし1000万円持ってきてくれれば、必ず完成させます。」という述べ方になってくることになる。そこまでの覚悟が出来ない段階では、そういった予算や可能性については、正直に「分からない」旨答えてゆくべきである。

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