第10話 潜入
10-1 2回目のセミナー
2回目のセミナーは、1回目に比べて、より、宗教色の強まったものであった。講師は前回と異なる男性だった。彼は、
「日本も含めて、世界の人々が、心身ともに救われるのを目指したい。そのために
は、まず、この日本で、足元から人々が救われる必要がある」
と説いた。そして、
「この今の社会は矛盾だらけで、心を救うには、社会そのものを改めるのも必要
だ」
という意味の説教をした。いよいよ、講話内容が何かカルトじみて来たようである。
その講師は、セミナーの最後に、
「もし、私の今回のセミナーに興味があって、更に詳しく知りたいという方は、会
場にお残り下さい」
と呼びかけた。葵は勿論は、潜入捜査のために残った。
「本日も、興味深い話、有難うございました。前回もお世話になりました村田真由
美と申します」
葵はそのように言うと、
「興味が有りますので、是非、さらにセミナー等、有れば参加させていただきたい
のですが」
と積極性をアピールした。
「ほほう、それでは宿泊研修が有りますので、参加されますかな?」
「ええ、是非」
「では、今月のこの日、都内のこの場所にお越しください。宿泊研修に参加できま
す」
そう言うと、男性講師は場所と日時の入ったメモ書きを渡した。そして、
「お名前はなんでしたかな?」
と改めて、葵の氏名を問うた。
「村田真由美と申します」
「分かりました」
「日時と場所の案内、有難うございます。当日、宜しくお願い致します」
そう言うと、葵はセミナー会場をを出た。
その後、葵は、本当に戻らず、そのまま買い物をして帰宅した。何らかの形でセミナー側に尾行されているとしたら、自身が刑事であることが話絵得る可能性があったからである。
帰宅した後、葵は自宅のパソコンから、電子メールにて本山や楓に宿泊研修いう形で潜入に成功しつつあることを報告した。潜入先が「世界創世教」であった場合、単に
「この会場はOK、もう少し、詳しく聞く」
とだけ、楓にショートメールを打つことを伝えた。勿論、裏が取れれば、後々、
「ここはOK、家から出て来なさい」
とショートメールを打ち、逮捕に踏み切るように呼びかける手はずである。
後は、葵自身が潜入捜査中に、彼等、彼女等に感情移入しないように、気をつけねばならない。葵は自身を叱咤した。
「初めての大舞台やで、しっかりせいや、山城警部補!」
10-2 宿泊研修
数日後、愛は予定通り、宿泊研修に参加した。やはり、敵側の尾行を警戒して、今日この日まで、許可を得た上で、本庁には出勤していなかった。
宿泊研修は、都内某所のあるビルの一隅にて行なわれた。そのビルは建前上は某建設会社の所有となっており、2階が宿泊用の各個室となっており、3階がホールになっている。葵は2階のある個室をあてがわれた。
宿泊研修の参加者として、男もいれば、女もいる。それらの参加者の世話役が中原徳子という女性だった。50歳前後らしい中年女性である。
葵は、その日の夕方、3階ホールでの集会に参加した。
「皆さん、良くお越しくださいました。ここまで来られたからには、私どものセミナーの趣旨に深く賛同されてのことでしょう」
そう言うと、講師は一同を見回して言った。
「私どもは『世界創世教』です」
講師は、自らの正体を明らかにした。しかし、参加者の中から、余り動揺は起きなかった。
「趣旨に深く賛同」
しているからなのであろう。或いは、そこまで、生活が追い込まれているのかもしれない。
そうした中、葵は再び、目を見開いた。講師陣の中に、やはり、あのカンザキがいたのである。とにかくも、葵としては、潜入捜査については、かなり成功した感がある状況となって来た。
そんな中、講師は言った。
「皆さん、これから、この社会を良くするため、共に戦いましょう」
葵は改めて、注意深く周囲を見回してみた。多くの参加者が真剣そのものという表情である。やはり、
「生活が追い込まれ」
とことによって、
「趣旨に深く賛同」
しているからか。
「研修は、明日より約1週間です。しっかり、『世界創世教』について、勉強して
ください」
そう言うと、講師は解散を告げた。
各自が自身の個室に戻って行く中、葵は中原に声をかけた。
「中原さん、今日はどうもありがとうございました」
「あ、いえ、どういたしまして。村田さんとおっしゃっていたわね」
「はい、私、村田真由美と申します。せっかくですので、夕食は私の部屋で御一緒
できませんか」
「ええ、いいわよ」
「でしたら、午後7時ころに、部屋でお待ちしています」
「じゃ、その時間にうかがうわね」
セミナーの参加者には、朝、昼、晩と弁当が配られるのである。徳子は2人分の弁当を持って、午後7時ころに葵の部屋を訪れることを約束した。
10-3 夕食
約束通り、午後7時ころ、徳子が2人分の弁当を持って訪ねて来た。葵は、
「ありがとうございます」
そう言って、1人分の弁当を受け取った。
「村田さんは、どうして、このセミナーに参加しようと思ったの?」
「ええ、ちょっと、うるさい母に悩んでいたもので」
「どうしたの?」
「自分なりに自立して生きて行きたい、と思っているのに、お見合いがどうのこう
のってうるさいんです」
「それは大変ね」
「中原さんはどうして、『世界創世教』に?」
「ある意味、同じ理由からよ」
葵は捜査員として、というより、人として、興味を抱くものがあった。
「私もね、若い頃、もっと自立して生きて行きたかった、というより、そうすべき
だったのかもしれない。だけど、母の勧めるままに、お見合いをして、今の主人と
結婚したの。最初の頃はそれでよいと思っていたけど、段々、おかしなことになっ
て来たのよ」
「おかしなことって」
「自分で、ああしたい、こうしたいと思っても、旦那が経済的実権を握っているこ
ともあって、旦那の許可なしには何もできなかった。養ってもらってるくせに文句
を言うな、とも言われた。経済力がないことで、私は旦那に囲われた存在だったの
よ」
「あいつは、リストラされてから、自分のプライドが傷ついたとかで、DVが始ま
ったのよ」
徳子の配偶者の呼び方がいつの間にか、「あいつ」になっていた。受けた暴力に対する怒りが自然とそうさせたのであろう。
徳子は、葵が聞いてくれているからか、怒りの表情を浮かべて、更に続けた。
「あいつは、自分が支配的になりたいが故に、私がそれまでしていた仕事を辞めさ
せて、私を専業主婦として、家の中に囲い込んだ。おかげであいつに支配される形
になった」
徳子の目には涙がにじんでいた。
「ひどい話ですね」
葵は同情しつつ言った。そして、’同時に自身への怒りと恐怖を感じた。母・真江子に言われるままに、お見合い結婚をした場合、自身も徳子のような人生を歩む可能性があるからである。
そう思うと、先日同様、母・真江子への怒りが湧いて来た。
葵は改めて、自身のスマホを見た。真江子からの連絡が一切、
「着信拒否」
になっているかを確認するためである。こんな時に、真江子からの間の抜けた連絡が入ったら、怒り爆発だろうし、自身の正体が明らかになり、潜入捜査は失敗するであろう。それは許されないことである。
真江子からの連絡は全て、
「着信拒否」
になっていた。そこは、プロとして抜かりないようであった。
徳子は、葵がスマホを触るという、会話から外れた行為に出たからか、葵が感情的になっていることに気付いたらしい。
「ごめんなさいね。私の話がすぎたかしら」
徳子は詫びた。
「あ、いえ、大変でしたね」
葵は同情しつつ、更に問うた。
「『世界創世教』って、教祖様は誰なんですか?」
「実は良く分からない。都内にもいくつかの支部が有って、私達の地区ではカンザ
キさんという方が責任者よ。講師の先生方の右側にいた方よ。とりあえず、私達は
カンザキさんを中心に動いているのよ」
葵は更に問うた。
「責任者のカンザキさんは、どんな方なのですか?」
「特にどうということはないけど、私達の支部をまとめてくれているという意味で
は、尊敬すべきだし、心の支えとも言うべきね。私もここに来なければ、ある意
味、自由になれなかった」
徳子は「世界創世教」によって自由をもたらされ、「心の平穏」を得た、という意味で、「世界創世教」を信じるものがある、即ち、「心の支え」なのであろう。そして、カンザキがその組織をまとめ役として、支えているという意味で、徳子にとっては、「世界創世教」と重複または同等の存在であるらしかった。
こういった実態がある故に、徳子にとっては、現時点での
「心の平穏」
が満たされればよく。
「教祖が誰か」
等は、徳子にはあまり関心の無い事らしかった。
「とにかく、お互い大変ですね。これからも宜しくお願い致します」
食後、葵は徳子に挨拶した。
「こちらこそ」
そう言うと、自分の話を聞いてくれたのが嬉しかったという表情で、徳子は部屋を出た。徳子を見送った葵は早速、
「この会はOK、もう少し詳しく聞く」
とスマホによって、ショートメールを打った。
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