第11話 逮捕

11‐1 受信

 捜査一課の課員の多くは、その日は定時で戻らず、残業をしていた。

 職場の机上で、楓のスマホが鳴った。葵からのショートメールである。

 「この会はOK、もう少し詳しく聞く」

 とある。

 楓らが潜入したセミナーはやはり、「世界創世教」と関係があったのである。

 事件解決の糸口がつかめたようである。早速、楓は、上司の本山に声をかけた。

 「本山警視」

 本山も少し、残業で疲れているのかもしれない。すこし、面倒そうに反応した。

 「どうした?」

 「山城警部補からの連絡が有りました。我々の潜入したセミナーが『世界創世教』

と関係していることが分かりました」

 その声に、疲れていたはずの本山は表情を変え、色めき立った

 「うむ、それで、容疑者はわれたのか?」

 「いえ、まだです。まだもう少し、時間がかかりそうです」

 本山は、改めて傍らのホワイトボードを見た。ホワイトボードには、事件発生当日から、

 

① 怨恨説


② 物取り説


 の文字が書かれてある。①と②のどちらかは、まだ分からない。これまでの捜査からすれば、いずれの可能性もあり得る。

 本山は、改めて、楓に指示を出した。

 「塚本君、容疑者が明らかになった時点で、直ぐに判事に対し、逮捕状を請求でき

 るように」

 「はい、警視」

 本山自身も、捜査一課長として、今回の件で、逮捕状が取れた場合、現場への踏み込み人員等も人選する必要があった。彼も又、自身の作業に入った。

 慌ただしくなる捜査一課の現場の中で、楓は思った。

 「頑張ってよ、葵、いや、山城警部補!」

 桜田門の捜査一課が慌ただしくなって来ていた時、葵は徳子と話し込んでいた。

 「そう言えば、この前、都内のある場所で鉄工所を営む人が殺されましたね」

 潜入捜査員たる葵は、夫からのDVを受けていたという徳子の話に上手くつなげつつ、ある種の治安の悪さ、という話題をつくり、この話題を口にした。勿論、斉藤良雄が殺された地区には「世界創世教」のポスターが目立っており、「世界創世教」について、聞き出すためのちょうどよい話題だったからである。

 「そうね」

 と徳子は言った。

 「でも、なんで、殺されたのかしらね」

 そう言いつつも、

 「私だって、あいつにDVで殺されていたかもしれない」

 殺しは、遠い世界のことではない。所謂「一般市民」にとって、全く隣り合わせの話とも言える存在である。葵は刑事という職業柄、それを分かってはいたつもりであったものの、改めて、実感させられるものがあった。

 葵はさらに言った。

 「ところで、ちょっと話が変わりますが、私達の『世界創世教』への被害者の会と

 やらのホームページで、代表になっている男性って、中原って苗字でしたよね」

 「あれが、私の夫、つまり、あいつよ」

 「え!?」

 「私への支配を取り戻したいから、あんなことを書いているのかもしれないけ

 ど、いや、だからこそ、私は、『世界創世教』の保護の下にいるし、滅多に、この

 施設から出ないようにしているのよ」

 「そうですか」

 葵は徳子に同情しつつ言った。ここは、歪んだ形とはいえ、社会的弱者にとっての「駆け込み寺」の役割も果たしているようであった。

 「駆け込み寺」を捜査によって破壊すれば、歪んだ形とはいえ、「保護」されている人々への更なる人権侵害になるかもしれない話である。こういったことから、「世界創世教」へ感情移入しそうはあるものの、それは許されない話である。

 「徳子さん、もう少し、『世界創世教』のことを知りたいので、もう少し、詳しい

 方を紹介していただけませんか?良ければ、是非、友人にも紹介したいんです」

 「いいわよ、じゃあ、明後日、もっと詳しい男性を紹介するわね」

 「有難うございます」

 葵は礼を言った。徳子は葵に、

 「さあ、もう寝ましょう。研修はもう数日、続くから、疲れをとりましょう」

 そう言って、葵の部屋を出た。


11-2 容疑者

 2日後、津島という男が、夕方になって、葵の部屋を訪ねて来た。先日の中原の紹介である。津島は言った。

 「貴女が、中島さんの言っていた村田真由美さんだね」

 「はい」

 「我々の『世界創世教』について、もっと詳しく知りたいのかね?」

 「はい、是非とも」

 「うむ、良い心掛けだ」

 「我々、『世界創世教』は、日本、そしてアジア各地域の変革を考えているところ

 だ」

 「変革って、どんな変革ですか?」

 「それは、まだ言えない。但し、我々は権力や法を恐れない。時には、犯罪とされ

 ていることにだって、手を染めなければならない、と考えている」

 葵は少し、驚いた表情をしてみせた。

 「これは、権力と我々の側の戦いなんだ」

 「実際、我々は、我々の道に逆らう者を既に消したこともある」

 葵は驚きの表情を作りつつも、

 「それって・・・・・・」

 と話をつないだ。

 この件は、葵自身が追っている斉藤良雄の件かもしれない。これが分かれば、容疑は固まる。

 津島は言った。

 「鉄工所経営の斉藤良雄という奴、あいつは俺等にとっての邪魔者だから、我々の

 手で始末した」

 葵はさらに驚いたふりをしたものの、

 「よし、容疑は固まった!」

 と内心で喜んだ。

 「それで、津島さん、実際に手を下したのは誰ですか?」

 「地区責任者カンザキさんの部下、山村と崎田の2人だ」

 こう言った上で、津島は表情を変え、すごんだ。

 「ここまで話したからには、お前はもう、俺達から逃れられない。ああ見えて、中

 原はお前への目付け役だ。お前にはスマホで知人友人に連絡し、騙してでも、勧誘

 してもらう。嫌ならば、お前は斉藤良雄と同じことになる」

 そのように脅すと、いつの間にか、部屋の外で待機していたらしい徳子を中に呼び、津島自身は、入れ替わりに外へ出た。

 徳子は

 「気の毒だけど、最早、逃れられないわね。貴女は今から、本格的に『世界創世

 教』の一員よ」

 と言った。

 葵は、自身の運命を悟ったかのように、

 「仲間を呼びましょう。まずは、ひきこもりだった仲間に連絡します」

 と言って、

 「ここはOK、家から出て来なさい。神崎さん、崎田さん、山村さん等は立派な

 人、中原さんは良い人です」

 とショートメールを打った。

 このショートメールをやはり、楓は、本庁の自身の職場の机上にて受け取った。

 「本山警視!」

 楓は、周囲が驚くほどの声を上げた。

 「容疑者がほぼ、はっきりしました。容疑者として、神崎、津島、崎田、山村の名

 が挙がっています。いずれも、我々が捜査に行った例の互助組合のホームページに

 津島達雄、崎田一、山村美雄の名が挙がっています。神崎は互助組合の中の有力企

 業・神崎製作所の社長・神崎哲也と思われます。重要参考人として、中原という人

 物も挙がっています。互助組合で出会った同姓の神崎という男にも任意同行願うべ

 きです」

 「うむ、裁判所に行き、それぞれの逮捕状を取ってくれ。逮捕に向かうチームは既

 に選んでおいた。塚本君らは互助組合へ、他の諸君は、山城君のいるビルへ、山城

 君の警察手帳を持って向かってくれ」

 「はい、警視!」

 一同は、関係する容疑者を逮捕すべく、一斉に動き出した。


11-3 踏み込み

 翌日、サイレンを鳴らさず、覆面パトカ―に乗った楓は、互助組合に向かった。

 互助組合はいつものように平穏な日常を送っていた。楓は、ガラス戸を押し開けて、中に入ると言った。

 「お忙しい中、恐れ入ります。先日、お世話になった警視庁の塚本楓ですが、こち

 らに、崎田、山村さん、それに神崎さんはいらっしゃいますか?」

 楓の他に、数人の刑事と見られるが同行していることに、事務所内では、何事かと、どよめきが起こった。

 職員の1人が起ち上って、困惑しつつ言った。

 「すみません、今、3人とも奥ですので、呼んで来ます」

 そう言うと奥に行き

 「崎田さん、山村さん、神崎さん、急ですが、お客様です」

 呼びかけに応じて出て来た彼等3人は、一瞬、表情を変えた。楓も、3人の表情を読み取り、

 「もう、分かっていますね。まず、崎田さん、山村さんには殺人の容疑で逮捕状が

 出ています。神崎さんにも本件で御同行願います」

 3人の表情は青くなり、震えを見せた。

 崎田と山村には、各々、刑事が手錠をかけた。楓は改めて、神崎にも同行を促し、彼等3人は、楓等が乗って来た2台の車に分乗させられた。

 楓が互助組合ぬ踏み込んだ頃、別の一班は、葵が「宿泊研修」を受けているビルに踏み込もうとしていた。

 時間は午前10時半頃になっていた。ビルの1階で、受付係に、自分達が警察であることを示すと、直ちに、3階のホールに上がった。

 無遠慮にホールの扉を開けて、中に入った一団は、

 「警察です。すみません、皆さん、そのまま動かないでください」

 参加者が皆、一様に困惑の表情を浮かべる中、リーダーの男性刑事は、津島に近付き、

 「もう、了解されていますね。あなたに逮捕状が出ています」

 そう言うと、津島に素早く手錠をかけ、逮捕した。

 別の刑事は、葵の傍らにいた徳子に近づき、

 「恐れ入りますが、中原徳子さんでいらっしゃいますか?」

 徳子は怯えつつ、

 「はい」

 と返事した。その刑事は、葵に、

 「山城警部補、お疲れさまでした。貴女の手帳です」

 と言って、彼女の警察手帳を手渡した。

 徳子は思わず言った。

 「村田さん、これって・・・・・」

 葵は、はっきりと言った。

 「今日までお世話になりました。斉藤良雄氏殺人事件の重要参考人として、御同行

 願います」

 徳子は自分への「保護」が破れたことを悟ったのか、泣き崩れた。葵は徳子を抱きかかえると、パトカーに乗せるため、1階迄、抱えて降りた。

 そして、男性刑事は「バカ息子」ことカンザキが神崎哲也であることを確認し、使用者責任の容疑での逮捕状を示し、逮捕した。講師陣も、数台の警察の車に分乗させられ、本庁へと連行された。



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