第9話 端緒
9-1 占い通い
それから約1か月ほど、葵は足しげく‐といっても、週に2回ほどだが‐「占い館・心の隠れ家」を訪ねた。
カオリンと称するある種のカウンセラーによるカウンセリングというべき行為の中で「村田真由美」こと葵は色々と話し込んだ。
そして、ある日、「村田真由美」は言った。
「だけど、私も寂しいんですよね。実家の母のお見合い攻撃に負けそうで」
最近は、カオリンも、「村田真由美」を
「村田さん」
ではなく、
「真由美さん」
と呼ぶようになっていた。
「村田真由美」こと葵は、カオリンとかなり近しい関係になっていたのである。ある種の感情移入をしている葵ではあるものの、潜入捜査は一定程度上、上手く行っているとも言える状況にあった。
「それに、今、私は会社員ですけど、どうも、今の仕事は私には向いていないよう
で」
そして、葵は先程の台詞を繰り返した。
「だから、母のうるさい攻撃に負けそうなんですよね」
「悩みは尽きないようね」
カオリンは、そう言うと、
「実は私なんかより、もっとすごい先生がグループ・カウンセリングのようなこと
をしているのだけど、興味ある?」
いよいよ、「世界創世教」への潜入の糸口が開けつつあるのかもしれない。葵は、潜入捜査の成功が近づいているのかもしれない、という期待から、
「ええ、是非。興味あります」
と答えた。
カオリンは1枚のビラを取り出して言った。
「今度ね、心に悩みを持つ人たちのための心理関係の資格を持つ先生によるセミナ
ー形式のカウンセリングというより、ちょっとした紹介セミナーと言うべきかしら
ね。日時と場所はこのビラにある通り」
「有難うございます」
そう言うと、葵はブースを出、「占い館・心の隠れ家」を出た。
ビラに書いてあるセミナーが「世界創世教」への入口であれば、捜査はかなり進展する。
カルトと称せられる勢力の多くがお悩み相談を掲げており、現に「世界創世教」のホームページにもそういったことが記載されていた。
このビラも一種の
「お悩み相談」
のビラだからである。
「しかし」
と葵は思った。
「セミナーに参加したところで、そこから、どのように、世界創世教とつながって
いることを見出すのか?敵も警戒して直ぐには自身の正体を明らかにはしないだろ
うし。それに、世界創世教との関連が分かっても、今回の斉藤良雄殺人の件とどの
ように結び付くのか。更には、そもそも、世界創世教と全く無関係と言うことだっ
てあり得る」
葵にとって、未だ乗り越えるべきハードルが多々有るのが現実だった。
しかし、とにかく、セミナーに参加せねば、何等の結果も得られないのも又、現実であった。
そんなことを考えつつも、桜田門に戻った葵は、上司の本山に状況を報告した。
「世界創世教に潜入できるかもしれない糸口が掴めました、このビラ、ご覧くださ
い」
そう言って、葵は、鞄から先のビラを取り出し、本山のデスクに置いた。
ビラを手に取った本山は、それを裏返し、裏面をも見つつ、言った。
「潜入捜査にあたっては、万一のこともあるので、塚本君の他、一課の数人の刑事
が同行する形でやりたい。但し、公安の玉井君は今回は同行しない」
「はい、本山警視」
公安が今回は参加しない、ということは、捜査一課長の本山が、捜査の主導権を一課として握ってくれたということだろうか。
しかし、とにかく、潜入捜査の許可は下りた。
「塚本警部補、聞いての通りです。分かりましたね。捜査班の一員として準備願い
ます」
「はい、山城警部補!」
捜査のプロらしく、彼女等の口調には力強いものがこもっていた。
9-2 セミナー
ビラに書いてあった日時通り、都内某所にて開かれたセミナーにて、葵、楓他、数人の私服刑事は、講師の話を聞いていた。
講師の話は、内容的にはごく普通のありふれたものとも思われた。
「皆さん、毎日の生活、大変ですよね。私がこれまでにカウンセリングさせていた
だいた方には、離婚されたシングルマザーの方もいれば、外国人の方もい
て・・・・・」
「外国人」
葵は、この言葉に引っかかった。先日、斉藤良雄が殺されたのは、まさに外国人の多い地区であり、外国人労働者等への捜査協力を求める等していたことからすれば、当然のことかもしれない。葵は数席離れた位置に座っている楓に目をやった。きっと、楓も同じように感じていることだろう。
他の刑事等はどうだろうか。彼等は葵より後ろの席なので、表情は分からない。不用意に上体をそらして振り返ると、講師等から不審がられて怪しまれるかもしれない。葵には楓以外の刑事等の表情はうかがえないのである。
暫くして、葵ははっとなった。
「先日の銀座の牛丼屋で見たカンザキ!例のバカ息子!」
カンザキはここでは紳士然としてはいたものの、確かに、あのカンザキであった。確か、先日の互助組合にて、葵等を迎えた男性も神崎(カンザキ)であった。
葵は傍らの楓に目配せし、自分のズボンのポケットから白いハンカチを取り出し、自らの首筋にあてた。これは楓との合図である。
セミナーに参加する前、本庁舎にて、
「接触すべき人物が現れた時には、2人で接触する」
ということを確認していた。これはそのための合図である。
合図を了解した楓は、後頭部で両手を組み、背中を強めに伸ばす形で伸びをした。これは、セミナーに多少、疲れたふりをすることによって、周囲の刑事に対し、
「重要参考人出現、本格的潜入捜査開始、各自はその持ち場で捜査活動に関する事
務を本格化されたい」
という合図である。周囲の私服刑事は了解した。
講師の話は続いてはいたものの、
「え~、我々に何かご相談されたい方はいらっしゃいますでしょうか」
特に葵の周囲で挙手する者はいないようであった。葵は口を開いた。
「あの、ご質問とご相談、宜しいでしょうか?」
「はい、何でしょうか?」
「私、今日初めてセミナーに参加させていただきました村田真由美と申します。本
日は興味深いお話、有難うございました。今日、私はこちらの藤本美咲、私の友人
なんですが、この子のことで、ご相談が有るんです。この後、少し、お時間いただ
けないでしょうか」
「ええ、良いです。是非ともうかがいましょう」
「是非とも」
という台詞には、
「良い獲物が飛び込んで来た」
という意味もこもっているのかもしれない。他の参加者からは、やはり質問等はなかった。
「皆さん、今日はお疲れ様でした。宜しければ、出入り口付近のビラをお持ちくだ
さい。宜しければ、次回もどうぞ」
参加者は一斉の席を立ち、ホールを出始めた。私服刑事等も同様である。刑事達は、不審と思われるのを警戒し、互いに目を合わせぬように注意しつつ、退場した。
9-3 個人面談
「先生方、本日は、面白い話を有難うございました」
葵は講師陣に御礼を言った。
1人の講師が問うた。
「本日はどのようなご相談ですか?」
「はい、実は、私の友人のこの子、改めまして藤本美咲というんですが、最近まで
ひきこもりだったんです。その件で」
葵は、楓を「藤本美咲」として紹介した。
楓はつい最近まで、ひきこもりであったかのように見せかけるため、何かにおびえるような表情をつくった。無論、捜査上の演技である。
「それは大変ですね」
講師は同情するかのように言った。しかし、これも又、「仲間」を引き込むための演技かもしれない。
「はい、美咲の親御さんも美咲のことを大変に心配しているんですが、こちらのセ
ミナーが良いと聞いて、今日、私が友人として連れて来たんです」
「我々のセミナーにもっと参加されませんか?他にひきこもりの方等もおられます
んで」
「はい。ただ、美咲は今日、本当に何年かぶりに家から外に出ましたので、今日、
ここに来るだけでも、かなり疲れているんです。ですので、まず、私、村田が次回
のセミナーに参加させていただいて、その上で、美咲の疲れがとれた頃、多分、ま
だ1、2か月位かかるかもしれませんが、呼んでも良いでしょうか?」
葵と楓は礼を言うと、会場を出た。
本庁舎に戻った後、2人は状況を本山に報告し、更に葵は言った。
「本山警視、私がこのセミナーの裏側にあるものに潜入しましょう。まだ、世界創
世教との関係ははっきりしませんが、事件の関係者と思われる者の姿がある等、何
かしら、事件の一部がつかめてきた感が有ります」
「事件の一部?何か尻尾がつかめたのか?」
「はい、以前、銀座の牛丼屋で見かけたカンザキという男と思われる男性が講師陣
の中にいました。互助組合で我々に応対した男性もカンザキ氏ですので、何かの関
係があるでしょう」
「うむ、山城君、潜入捜査してもらいたい。塚本君は容疑者のウラがとれたら、直
ぐに逮捕できるように準備してもらいたい」
「はい、警視」
2人は同時に返事をした。
葵と楓は、潜入前に、葵が
「ウラがとれた。突入、逮捕を準備せよ」
という合図として、
「ここはOK、家から出て来なさい」
というショートメールをスマホによって、葵から楓に打つことにした。こうした隠語によって、葵が警察側の潜入捜査員であることを悟られないようにせねばならない。
さらに、逮捕すべき容疑者については、
「〇〇 〇〇さん、△△ △△さん等は皆、立派な人、心配しないで」
と打つことにした。勿論、
「皆、立派な人、心配しないで」
という語句には、
「逮捕にあたって、容疑者としてのある程度のウラ取りはできている」
という意味である。又、確保すべき重要参考人については、
「□□ □□さんは良い人」
と打つことにした。
数日後、葵は第2回のセミナーに参加した。
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