第8話 入口
8-1 検索
「おはようございます、警視」
翌日、何時もの如く、出勤した葵は、何時もの如く、自身のデスクに座った。そして、何時もの如く、パソコンを開いた。
「世界創世教」
について、改めて、検索するためであった。
昨日、帰宅した後、自宅のパソコンで「世界創世教」について、一定の検索をしていた葵ではあったものの、帰宅して後、どっと疲れが出て、早目に切り上げ、床に就いていたのである。疲れていると、パソコン内のホームページの内容も、どうも良く理解できない。
明日、即ち、今日に差し支えてもまずい、と思った葵は、スマホの目覚まし時計をオンにして、そのまま就寝したのであった。又、こんな時でも、スマホ機能そのもののをオフにはできない。捜査等について、緊急連絡が入るかもしれないからである。
但し、真江子からの勝手な連絡が入ってはかなわない。それについては、着信拒否にすれば良いだけのことである、先日の「お見合い騒動」とでも言うべき事件以降、真江子については、「着信拒否」にし続けていた。
昨晩は、よく眠れたらしい。葵は、改めて「世界創世教」について、検索してみた。
昨日、スマホに収めたポスターの写真にもあるように、「世界創世教」のホームページには、
「相互扶助」
「困った時にはご相談ください」
等の文言が多くあった。
しかし、葵には、もう一つの気になるホームページがあった。
「世界創世教被害者の会HP」
である。このホームページを開いてみると、
「世界創世教は、人々を巧みに勧誘し、入信させることに長けています。その入口
として、都内各地にある占い店等が挙げられます。巧みな言葉にご注意ください」
とあった。さらに、同ホームページは、
「世界創世教への入口たる占い店が、どこか、ははっきりしません。各自で厳しく
注意する必要が有ります」
と呼びかけていた。
ある種のカルト宗教によくあるパターンであろう。葵はさらに、「世界創世教被害者の会HP」を読み進めて行った。
「世界創世教の真のリーダー・教祖が誰か、は現時点では不明確です。但し、世界
創世教に引き込まれた者は、入信した後、一方的に家族に別れを告げ、姿をくらま
すことも少なくありません」
と、巧みに人々を連れ去る有様が述べられていた。
これらの文言を確認した上で、改めて、葵は「世界創世教」のホームページを開き直した。
確かに、教祖や組織のリーダーと思われる者が誰か、ははっきりしない。
一体、どういう組織なのか?リーダー等の氏名等がないことがかえって不気味さを増すのだが、誰がリーダーかもはっきりしない組織に入りたがる者とはどんな者なのだろうか?
「山城君」
不意に、本山の声が捜査のためとはいえ、自分の世界にこもっていた葵の殻を破ることとなった。
「はい、警視」
「斉藤良雄氏殺人の本件に関して、午後2時から、再び、捜査会議が開かれるの
で、出席するように。勿論、塚本君も同じだ」
「了解です」
葵と楓は、それぞれ、了解した旨の返答をした。
8-2 第2回捜査会議
斉藤良雄殺人事件についての第2回捜査会議での列席者は前回の第1回の時とほぼ同じである。
捜査一課長の本山警視、公安部警部の玉井、そして、葵、楓の2人の警部補と何人かの関係者である。
本山が口を開いた。
「毎日の捜査、お疲れ様だね。列席の諸君も、毎日大変かとは思うが、よく頑張っ
てくれていると思う。今日は2回目の捜査会議なので、これまでの捜査状況を確認
したい。ついては、まず、公安の玉井君、何か分かったことはあるか?」
発言をふられた玉井は、発言を始めた。
「はい、我々、公安としては、最初は物取りの線でスタートしたものの、捜査の過
程で『世界創世教』等について、これは捜査一課の皆さんも、ご自身の捜査の過程
で御存じの存在かもしれませんが、大学等、高等教育機関への潜入捜査を行ってい
ました。しかし、あまり、若い層への浸透というものは見られないようです」
「なぜだ?」
本山が問うた。
「『世界創世教』は教祖がはっきりしない等、得体のしれない集団であり、大学当
局が注意喚起をしていることもあり、大学生等としても、得体の知れない何かよ
り、よくわかる何かに魅力を感じているのかもしれません。最近は、経済的に苦し
い苦学生も多いようですが、それでも、やはり具体性のある奨学金制度等に頼って
いるようです」
昨今の大学生等も、葵が感じた「不気味さ」と同じことを感じているらしい。
同時に、葵は、
「確かに、私が大学生の頃にも、大学から、そういった注意があった。過激な勢力
もいることだし。何だか大学のキャンパスって、変わらないところがあるよね」
そのように、考えていた葵に、本山が発言を促した。
「山城君、そちらの捜査の進展は?」
「はい、警視。斉藤良雄氏は、斉藤良雄氏は、自身で経営していた鉄工所の外国人
労働者に厳しく当たる等して、恨まれていた一面があったようですが、私が捜査に
行った時には、外国人労働者は斉藤氏は良い人だと言っていました。何か矛盾した
ものを感じます」
本山は、楓にも意見を求めた。
「塚本君、山城君と同じく捜査にあたっている者として、意見は?」
「私も山城警部補と同じです。この矛盾の裏に事件の謎を解く鍵があると思われま
す」
葵の主張を楓が代弁する形となった。
さらに、玉井が口を開いた。
「殺人は捜査一課の担当ですので、捜査一課に本件は基本的にお任せしなければな
りませんが、有力な情報があれば、今後とも協力していきたいと思います」
玉井のこの発言に対し、葵は、
「相互協力、という意味ではあるけれども、その中には、こちらの情報を公安に送
らねばならない、という意味も含まれているわね。捜査の主導権を公安の側に奪わ
れてしまっては悔しい」
さらに、
「だが、しかし、捜査の進展につれて、我々捜査一課の苦心の結果が公安の横やり
で奪われてしまうかもしれない」
と思った。だが、そうは思いつつも、
「しかし、殺人の捜査はやはり、我々、一課のもの。捜査本部長も、うちの課の本
山警視だし、全面的に捜査権を奪われることもないか」
そのように、葵が思っているところに、楓が発言を求めた。本山は、彼女の発言を認めた。
「警視、我々は捜査の関係上、『世界創世教』のホームページを見ているのです
が、他方で、『被害者の会』のホームページでは都内の占い店等が、このカルトへ
の入口になっているとあります。潜入捜査すべきです」
「確かにそれは、本件では、通らなければならない道だ」
本山は同意した。
楓は続けた。
「私か、山城警部補のいずれかが、殺人を担当する一課の刑事として潜入すべきで
す」
楓は、上司に許可を求めるというよりも、むしろ、断言するような口調で台詞を吐いた。楓にも、葵同様、
「自分等の担当する事件を公安に奪われてなるものか」
という、自分の職務への意地と他部署への対抗心のようなものがあるに違いない。
「うむ、山城君と塚本君のどちらかが、占い店等に潜入し、捜査を続けて欲しい」
本山にも、捜査一課長としての意地と矜持が感じられるような口調であった。
その後、各列席者からのいくつかの発言、質疑が続いた後、第2回捜査会議は解散となった。
解散後、楓と葵は、庁舎内のトイレの洗面所前にて、偶然、会う形になった。
葵は言った。
「お疲れ様。主導権を公安に握られまいと、意地になったようね」
トイレという、警察組織内という公的存在の中でありながら、ある種のプライベート空間のような場所なので、少し、緊張がほどけ、リラックスした表情で言った。
「お疲れ様。そうよ、葵もそう思っていたんでしょ」
楓もリラックスしているからか、思わず、以前、葵に注意された言い方をした。しかし、今回は葵はそれを咎めず、又、現実に、京都の実家の母親との確執もあることから、
「悩める女性」
といった形で、潜入捜査にある種の「現実味」を持たせることができると考え、自分が潜入を担当することを申し出た。
楓は同意し、葵による潜入捜査が決まった。上司の本山にそのことを報告し、その日の事務は終わった。
8‐3 占い館・心の隠れ家
第2回捜査会議から数日後、葵は、都内某所の「占い館・心の隠れ家」に入った。但し、時間は午後6時ころであった。この時間帯は、サラリーマンやOLといった一般の労働者達が、勤め先から引き揚げ、一杯やる等して、終業後を楽しむ時間帯であり、金曜日ならば、先日のように「花金」である。
街では、居酒屋が賑わいを見せ、怪しげな風俗店にネオンが灯り始めていた。笑声が聞こえ、あちこちで、客引きの威勢の良い声が響いていた。
そんな中、葵は
「占い館・心の隠れ家」
に入った。捜査のため、職場のパソコンでインターネット検索していたところ、あるネット掲示板にて、「占い館・心の隠れ家」が、「世界創世教」とつながっているらしいことが分かったからである。
情報化社会の特性によって得た情報ではあるものの、インターネットの情報は玉石混交である。しかし、実際に動いてみないことには、捜査は進展しないことも又、事実であった。
中に入ってみると、室内は薄紫色のネオンで照らされ、いくつかのブースがある。こうしたこと自体はいずれの占い店にも見られるものであった。葵自身、学生時代には、自身の「悩み」を占い師に見てもらったこともあった。
実際、警視庁を受験したのも、うるさい母親と距離を置き、又、東京で暮らしてみたい、という思いがあったからである。同時に、学生時代に、ある占い師にそのようにすることをすすめられたから、という一面もあった。
「占い館・心の隠れ家」
の待合席で、受付係は、
「現在、満席ですので、後、20分程、お待ちください。占い師についての御指名
はありますか?」
と問うた。
「いえ、別に。初めてなものですから」
そういうと、「6」の番号札を持たされた葵は待合席の長椅子に腰かけた。
「うまく、潜入捜査に結びけば、良いのだけど」
そんなことを考えつつ、20分程、待っていると、
「6番の番号札をお持ちの方、左から2番目のブースにお入りください」
との声が、先程の受付係から、かかった。
葵は指定されたブースに入った。
占い師は、ごく普通のおばさんといった感じの女性である。
葵は、テーブルを挟んで占い師の女性と真向かいになる形で座った。
占い師は、慣れた口調で言った。
「今日はどうされました?」
「はい、ちょっと悩みが」
「最近、若い女性の方で、そのように言って来られる方が多いんですよ」
そう言うと、占い師は、テーブルの上に紙とペンを差し出し、葵に氏名と生年月日を各様に促した。葵は
「村田真由美 2001年12月4日生」
と虚偽の記載をした。21世紀生まれ、ということのみ真実である。
占い師は言った。
「ええ、はい。最近、実家の母がうるさくて」
「あら、まあ、どうしたのですか?」
占い師が改めて問うた。
「実家の母が良い人だから、お見合いしろってうるさいんです。私はこの東京で、
仕事もあるし、とりあえず、自立もできているのに」
このこと自体は事実である。
「それは大変ね」
「一体、どうしたら良いのかしら」
これも、演技ではなく、葵自身の心情であり、内心の吐露である。
「そうですね。では、天の声が聞けるかもしれません」
そう言うと、占い師は、目を閉じて、呪文のようなものを唱えだした。テーブルに置いた右手は開き、左手にはパワーストーンらしき数個の小石を握っている。
2、3分程経って、目を開いた占い師は言った。
「天の声からは、今の仕事を続けなさい、とのことよ」
正直、うれしいお告げである。村田真由美こと山城葵は、現在の生活を続けたいからである。潜入捜査の第一歩にもかかわらず、少しく感情移入しそうになった。
「ありがとうございます。他に悩みが色々あるので、これからも、お世話になって
よいですか」
「ええ、勿論よ。私はカオリン。毎日、午前11時から午後8時頃迄いるから、都
合の良い時にいらっしゃい」
「これからも、宜しくお願いします」
そう言って、ブースも出た葵は、そのまま、「占い館・心の隠れ家」を出た。
感情移入した葵ではあったものの、「現実味」があったこそである。先日の楓と相談した作戦はまずは、上手く行ったようである。
しかし、捜査が進むにつれて、感情移入をエスカレートさせてはならないのも又、事実である。帰路についた葵は、自身に心中にて注意喚起をした。
「しっかりせいや、村田真由美さんこと山城葵警部補!」
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