第7話 ××小学校


7-1 全校集会

 葵が××小学校に電話して1週間後、同小学校での全校安全集会は開かれた。講師は地元の所轄署から来た警察官である。

 講師の警察官は、体育館内に集まった子供たちに呼びかけた。

 「皆さん、おはようございます」

 「おはようございます」

 子供達が一斉に返した。その声は体育館に元気よく響いた。

 「皆さん、最近、町工場の社長さんが殺され、怖い思いをしましたね。今日は皆さ

 んがこれから、怖い思いをした時の対策を皆さんにお伝えします」

 体育館の隅で子供達の様子を見ていた葵には、これから始まることに興味津々であるように見えた。葵も、小学生の時には、学校で何か特別な全校集会があった時には、興味津々で臨んだものであった。

 講師の警察官は、今日と同じように子供だった葵達に元気よく、体育館の舞台上から声をかけたものであった。当時の葵には、この時の女性警察官の姿が格好よく見えた。葵が、大学卒業後、警察官になり、警視庁に入庁したのも、この時の思い出が、心中の原体験になっているからであろう。

 この時、積極的な性格の葵は、女性警察官に対し、警察の仕事、犯罪捜査等について質問した。女性警察官は、ある種の専門用語をも交えて、葵に解説した。

 女性警察官は、葵に

 「ちょっと、難しかったかな」

 と舞台上から、回答にあたって、付け加えたものの、大人の世界に入り込めたような気がして、嬉しかった。何だか、大きくなれたような気がしたのである。専門用語を使った解説が、自分を子供ではなく、半ば、一人前の存在として扱ってくれたかのように思えた。

 葵が心中、そんなことを思っている中、全校集会は続き、講師の警察官は

 「では、皆さん、これから、安全ブザーを鳴らしてみます」

 そう言うと、安全ブザーの紐を引いた。

 体育館内に大音響が響いた。流石に葵も一瞬、心臓が止まるような気がした。体育館内の生徒達は、皆、揃って、驚きの表情である。

 「どうですか?皆さん、驚いたでしょうか?」

 生徒たちは、その言葉通り、未だ驚きの表情である。

 驚きの表情が未だ収まらない生徒達に対し、舞台上の講師の警察官は続けた。

 「皆さんはキッズ携帯ですとか、スマホはお持ちですか?持っている方は手を挙げ

 てみてください」

 高学年らしき子等から、結構、手が揚がった。情報化社会が言われている今世紀においては、不思議なことではない。今回の事件の被害者・斉藤良雄は、スマホの着信音に反応し、そこに一瞬、神経を集中させた。まさにその一瞬を狙われて殺害された。これは、情報化社会の盲点でもあると言えた。

 舞台上の講師の警察官の声がマイクを通して響いた。

 「皆さん、さっきの安全ブザーの音に驚いたでしょう。安全ブザーは皆さんを護る

 強力な味方です。でも、その味方が使えなくなることがあるのを知っていますか?

 分かった人は言ってみてください」

 1人の男子生徒が起立して言った。

 「道でスマホに集中している時!スマホに集中していると周りが見えなくなるか

 ら!」

 「その通りです。よく分かっていますね」

 男子児童は、何かしら満足したような表情で席に着いた。彼も又、かつての葵と同じく、大人の世界に一歩を踏み込めた、成長できた、という喜びを感じているのかもしれない。

 先程から、体育館の一隅で葵が心中、思っていたことが、舞台上の講師と生徒達によって、具体的な話として進んでいるようであった。

 最近の子供達は、むしろ情報化社会に生きている存在として、自発的に情報を検索できることによって、大人顔負けの情報を仕入れ、分析できる能力がある子も多いらしい。

 「しかし」

 と葵は思った。

 「今日、面接予定の×××ちゃんと△△△ちゃんは、どうだろうか?こちらの質問

 にしっかり答えられるだろうか?」

 葵が××小学校に来たのは、安全集会のためではなく、斉藤良雄殺人事件の捜査のためである。それ故に、×××と△△△の2人のことが、会う前から気がかりであった。

 その間にも全校集会は進み、

 「夜道を歩くときの注意」

 や

 「早目に帰宅すること」

 等、かつて、葵も小学生時代等に言われていたことが話された上で、

 「皆さん、お疲れ様でした。皆さん、これからも安全に注意しましょう」

 という声で、安全集会は締めくくられた。

 児童たちは一斉に、

 「今日は、有難うございました」

と言って、返した。講師の警察官が舞台から降り、体育館から出ると、教師の1人が

 「それでは、皆さん、教室に戻ってください」

 と指示し、児童たちは一斉に席を立ち始めた。


7‐2 面談

 児童達が一斉に、体育館の出入り口に向かう中、2年1組担任・戸田恵美は、自身の受け持ち児童である×××と△△△の2人に声をかけた。

 「×××ちゃんと△△△ちゃん、これから先生について、校長室に来て欲しいの。

 一緒に来てちょうだい」

 ×××と△△△は、何が起きたのか分からないまま、怪訝な表情であったものの、戸田に連れられて、校長室に入った。

 そこに、別の教師に案内される形で、葵が入って来た。その教師が

 「こちらが、当校2年児童の×××と△△△です」

 ×××と△△△は、窓を背景にした校長の机に向かって座っていたので、思わず、葵の方を振り返った。

 葵は、案内してくれた教師に

 「ありがとうございます」

 と一礼すると、校長や戸田にも、

 「わざわざ、お時間を頂いてありがとうございます」

 と礼を言った。その上で、

 「×××ちゃんと△△△ちゃんね。いきなりでゴメンね。私、警視庁の刑事、山城

 葵と申します。いくつか、質問したいことがあります。でも緊張しないでね。別に

 怖いことはないから」

 そう前置きすると、

 「最近、あなたたちのお父さんが仕事で関係していた斉藤良雄さんが殺されて大変

 だったわね」

 「うん、でも、お父さん、あの社長がいなくなってから、何だか嬉しそうだった」

 と×××は流暢な日本語ではっきり言った。やはり、幼い頃から日本で暮らしている子供の方が、出身国の言語を母語としている大人より、日本語が達者である。

 「どうして?」

 「だって、あの斉藤っていう社長、怒鳴ったりしてひどい人だったんだよ」

 「それは大変だったわね」

 そう言いつつ、先日、斉藤鉄工所を訪れた時とは、斉藤良雄への評価が真逆であることに、葵は当然のごとく、不審を抱いた。

 続いて、葵は、△△△にも話しかけた。

 「△△△ちゃんはどう?」

 「う~ん、よく分からない。でも、お父さん、最近、セカイ何とか教の人が自分の

 働く会社や工場にもいるようになったとか言ってた」

 新たな情報である。葵は問うた。

 「セカイ何とか教って、何?詳しく聞かせて」

 「でも、私、よく分からない」

 回答らしき言葉が、同席してた戸田から出た。

 「世界創世教のことじゃないでしょうか。刑事さんもこの地区内でポスターとか、

 見かけられませんでしたか?一種の新興宗教のようですね」

 葵が戸田に問うた。

 「世界創世教は、この地区では流行っているのでしょうか?」

 戸田は困惑しつつ、答えた。

 「さあ、よく分かりません。一部では流行っているようですが、私達が家庭訪問し

 ても、日本語がたどたどしい大人の方も多いですし、子供では、やはり、事情が分

 からないことも多いようですので」

 校長も口を挟んだ。

 「ですので、そこは1つ、警察の皆さんに頑張っていただかないと」

 校長は何かを懸念しているかのような表情であった。

 今日のように、安全集会を開いたところで、学校だけでは、児童の安全を守ることに限界を感じているのかもしれない。

 葵は言った。

 「皆さん、大変ですね。我々警察としても、まず、斉藤良雄氏の件について、鋭

 意、捜査中です。今後ともお世話になることがあることがあるかもしれません。と

 にかく、今日は、ご協力ありがとうございました」

 そう言うと、

 「×××ちゃんと△△△ちゃんも、今日はありがとうございました。又、何かあっ

 たら、宜しくお願い致します」

 「うん!」

 2人は元気よく答えた。

 彼女等も、ある種の「大人の世界」が少しく見られたことが嬉しかったのかもしれない。

 葵は、改めて、皆に一礼すると、校長室を出、××小学校を後にした。

7-3 本庁への帰路

 「世界創世教」の話が出たことによって、葵は、この地区内の壁に貼られているポスター等を注意して歩いた。確かに、所々に、

 「世界創世教」

 のポスターが貼られている。葵は、そのうちの1枚を自身のスマホのカメラ装置で撮影し、自身のスマホ内に納めた。

 桜田門へと電車を乗り継ぐ間、葵は、心中、考え事をしていた。

 「今日、×××は、斉藤良雄は、ひどいと言っていた。しかし、その斉藤良雄にひ

 どい目にあわされたはずの外国人労働者等は、斉藤良雄を良い人と言っていた。こ

 れは、大いなる矛盾・・・・・」

 さらに、

 「それに『世界創世教』。一体、どんな関係が有るのかしら」

 葵は、先程、自身のスマホに納めた写真を見直してみた。ポスターの内容としては

 「より良き日本、より良き世界」

 を主張し、

 「生活にお困りの方、ご相談ください」

 等、新興宗教にありがちな文言が並んでいた。

 葵は大学時代、自らの大学の当局が

 「カルトに注意。カルトは、その人の心の隙間に付けこんできます」

 という、学生への注意喚起のポスターが学内の掲示板に貼られていたことを記憶していた。葵自身も先日の母・真江子との電話での口論にもあるように、何かしら、

 「心の隙間」

のようなものがある。そして、これは、ある種、万人に何らかの形で共通したものであろう。捜査のために、今日をも含め、日々訪れた地区でも、皆、何かしらの

 「心の隙間」

 を持っているであろうことは想像に難くないことである。

 「あの地区の住民の心の隙間とは?」

 日本語がたどたどしく、仕事が進まない等から来る生活の辛さだろうか?

 それにしても、斉藤良雄についての真逆の評価は何なのか?この謎が解けないことには、捜査の進展はないであろう。

 そんなことを考えている間に、葵が乗り継いだ地下鉄は桜田門駅に着いた。車両の扉が開き、地下鉄を下車した葵は、改札を通って、地上に出た。時刻は午後4時半を回り、定時が近くなりつつあった。

 本庁舎に戻った葵は、自身の職場に入った。「世界創世教」のことを気にしつつも、その日の残務整理を終え、庁舎を出て、帰宅の途についた。




 



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