第6話 捜査の進展
6-1 住民票
捜査の進展させるため、葵は斉藤鉄工所と互助組合で、それぞれ出会った2人の外国人の住民票を捜査の一環として取り寄せることにした。
彼等2人は日本語がたどたどしかった。それ故に、葵も、‐自身の語学力にそれ程、自信があったわけでもないものの-英語で質問したのである。
しかし、子供がいれば、子供達の方が日本語はかえって堪能かもしれない。子供達が日本で生まれて育っている等であれば、親よりも日本語は上手、というより、むしろ、日本語の方が母語になっているだろう。そこで、住民票を取り、子供等がいれば、捜査の一環として、子供達にも質問してみようと考えたのである。
葵は、自身のデスクのパソコンに改めて向かった。斉藤鉄工所や互助組合のある地区を管轄する区役所に向かって、電子メールを打ち、捜査の一環として、住民票を取りたい旨を申し出た。
〇〇区役所住民票係関係者各位
お忙しいところ恐れ入ります。
私は警視庁捜査一課警部補・山城葵と申します。現在、貴区管轄下の地区で発生しました斉藤良雄氏殺人の件での捜査を担当しております。
つきましては、捜査の一環として、斉藤鉄工所勤務の外国人〇〇〇氏と別職場勤務の〇〇〇〇氏の住民票を取得いたしたく、ご連絡差し上げました。
できれば、本日中に、誠に勝手ながら、お邪魔したく思っております。
お忙しいところ恐れ入りますが、ご検討、宜しくお願い致します。
警視庁捜査一課・山城葵
TEL 090-××××-△△△△
このように電子メールを打つと、文面に間違いがないかを確認の上、パソコン画面上の「送信」ボタンクリックした。
その上で、葵は改めて〇〇区役所に、直ぐに電話をかけた。時間は刻々と流れている。できることは、次々に急ぐべきである。
葵の電話に対して、区役所の代表電話が直ぐに応対に出た。
「はい、〇〇区役所です」
「恐れ入ります。私、警視庁捜査一課の山城と申します。そちらの区で起きました
斉藤良雄氏殺人事件の捜査を担当しております。住民票の御担当をお願いしたいの
ですが」
「分かりました。お待ちください」
住民票の係は直ぐに出た。
「はい、××課住民票掛です」
「お忙しいところ恐れ入ります。私、警視庁捜査一課の山城葵と申します。そちら
の区で発生しました斉藤良雄氏殺人事件の捜査の一環として、住民票を頂きにうか
がいたいのです」
「ああ、その件でしたら、すでにメールを頂いたの確認にしております。どうぞお
越しください」
早速、葵は〇〇区役所に向かった。いつものように、電車を乗り継いでの移動である。
6-2 〇〇区役所
〇〇区役所に着いた葵は、早速1階のロビーにいる受付係に、住民票は何階で取得できるかと問うた。
受付嬢は
「3階になります」
と答えた。葵は、斉藤良雄氏殺人事件の件で来た刑事である旨を告げると、
「少々、お待ちください」
とことわり、3階に電話した。
「斉藤良雄氏殺人事件の件で、担当の刑事さんがお見えです」
と告げた。
「はい、はい、そうです。分かりました」
受付嬢は、受話器を置くと、捜査協力のため、既に必要な住民票はとってあることを告げた。
「有難うございます」
葵は、受付嬢に礼を言うと、エレベーターで3階に向かった。
3階は。大きなフロアが広がり、そこここにソファが置かれ、親と一緒に来たのであろう小さな子供たちがはしゃいでいた。天井からは「〇〇課〇〇係」という標識が下がっている。各カウンターでは職員が来訪者に応対していた。
葵は、傍の案内係らしい男性に、住民票取得の為のコーナーは何処か、と問うた。
彼は
「あちらです」
と右手で、その場所を案内した。
「ありがとうございます」
そう言うと、愛はそのカウンターに向かい、ちょうど他の来訪者が、誰もいなかったこともあり、警察手帳を示し、
「すみません、〇〇〇氏と〇〇〇〇氏の件でご連絡していた山城葵と申します。住
民票をいただきたく、伺いました」
カウンターの奥でデスクに向かって作業していた男性職員の1人が反応し、
「ああ、警視庁の山城さんですね。お待ちしていました」
そう言うと、正面の右脇に
〇〇区役所
東京都〇〇区××××
代表電話 東京03‐□□□□‐△△△△
Eメール 〇〇〇〇@△〇◇△
と印刷された封筒を取り出し、
「どうぞお座りください」
とカウンター前の椅子に座るよう、葵に促した。
促しの通り、座った葵に対し、職員は封筒から2通の住民票を取り出し、
「内容をご確認いただけますでしょうか」
と、葵の確認を願い出た。
葵は、住民票の内容に目を通した。
確かに、〇〇〇と〇〇〇〇の名が有った。2020年代の終わりに来日したとのことである。住民票に氏名が有るのだから、不法就労ではないらしい。
改めて、葵は思った。
「斉藤良雄氏は、なぜ殺されなければならなかったのか?」
「技能実習生」として、外国人を不法就労させ、福祉、保険もかけていなかったとしたら、恨まれて当然であろう。しかし、そうでもないらしい。やはり、言葉も通じず、きつく斉藤が周囲の外国人労働者にあたったことによる単純な恨みの線なのだろうか。
「良いですか?」
住民票を受け取ってから、葵は、思索にふけっていたものの、職員の声がそれを破った。
「あ、はい、結構です」
「最近は治安も悪くなりましたね。この街の安全のために、宜しくお願い致しま
す」
「今日は、お忙しい中、失礼いたしました。捜査にご協力いただきありがとうござ
いました。今後とも宜しくお願い致します」
葵は、そのように礼を言うと、職員に、名刺を渡し、席を立った。
6-3 思い
葵は往路と同じエレベーターに乗った。
「最近は治安も悪くなりましたね」
この言葉は、ある種の住民の声を代表する声かもしれなかった。しかし、それは日本国籍を持つ者だけの声でもあろう。外国人参政権のない日本では、外国人は、定住しているにもかかわらず、政治に自身の利害を反映させることはできない。男性職員が外国人に偏見を持っているか否かは定かではない。しかし、その声の裏には、
「外国人は、ある種、我々の地区にはいないほうが良い」
という「思想」が有るのかもしれなかった。恐らくは、多くの日本人が潜在的に同じ「思想」又は感情を抱いているのかもしれなかった。その意味で、この声は「日常の風景」から出た声であると言えるものであった。
エレベーターには若い母子が、同乗していた。子供の方は小学生低学年くらいの男児である。葵が受け取った住民票には、同じく小学生低学年くらいの女児の名が記載されていた。この事実からずれば、葵が考えたように、子供が日本語の事実上のネィティブ・スピーカーならば、上手く、話を聞き出せるかもしれなかった。
「しかし」
と、葵の心中には思うものがあった。
「もし、〇〇〇氏と〇〇〇〇氏が、今回の件の容疑者の一員だったとすれば、子供
に口止しているかもしれない。或いは、そうでなくても、捜査が進むにつれて、周
囲の白眼視が、この子等の身の上に降りかかるかもしれない。そうなったら辛いこ
とだし、この子等の未来までも奪われるかもしれない」
それは所謂、
「社会の不条理」
というべきものである。
しかし、今回の事件も又、今日の日本という「社会」の「不条理」から起こったものであろうことは間違いない。しかし、「法」という「社会」を定義する「ルール」によって、犯罪を罰することが出来なければ、「不条理」に対処できなくなる「社会」と化するのも間違いのない事実であった。
その対処こそが、葵に課せられた「義務」と「責任」であった。例え、「不条理」であっても、そこから逃れることは許されないのである。
〇〇区役所を出た葵は、往路とは逆方向で電車を乗り継ぎ、桜田門に戻った。
職場に戻ると、楓が
「おかえりなさい、山城警部補」
と葵に声をかけた。
「おつかれさま、塚本警部補」
葵も返した。
「斉藤良雄氏の事件が起きた地区の小学校では、一週間後に全校集会が開かれます
ね。学校側の要請によるものです。ホームページにそう出ていますね。地元の署か
らも何人かの警察官が参加しますね」
「え?」
葵は、楓の見ていたパソコンを脇から覗き込んだ。確かにそこには
「〇〇区立××小学校全校安全集会」
とあり、1週間後の開催予定となっていた。
「直ぐに所轄の署に連絡できるかしら?今日、とって来た住民票に年頃の女の子の
名が有った。もし、この学校に通っているならば、話しやすいかもしれない」
「了解、直ぐに所轄署に連絡します」
「ありがとう。私は学校に連絡してみます」
葵は、その小学校に電話で連絡を入れた。
「はい、〇〇小学校です」
「恐れ入ります。私、警視庁捜査一課の山城葵と申します。恐れ入りますが、今少
し、お時間、宜しいでしょうか」
「何でしょうか」
先方は、警察からの突然の電話に幾分、動揺しているようである。
「改めまして、私、そちらの地区内で発生しました斉藤良雄氏殺人事件の担当とな
っております山城葵と申します。その件でお伺いしたいのですが、×××ちゃん
と、△△△ちゃんという女子児童はいらっしゃいますでしょうか。今回の件でお伺
いしたいことがありまして」
「少々、お待ちください」
電話は、一旦、相手を待たせるオルゴール音に変わった。
1分程、経ったであろうか、
「分かりました。では、当日、2人とお話ができるように、こちらで準備します」
「ええ、御願いします。たいしたことでは無いので、ご安心ください。当日、簡単
に話を伺わせていただきたいので」
「分かりました。では、当日、お待ちしております」
「有難うございます。宜しくお願い致します」
葵は電話を切った。
これで、もし、当日、×××と△△△が登校してこなければ、いよいよ、怪しいことである。
「うちらも、しっかり、気、引き締めて、頑張らんとな」
葵は内心、自身を叱咤した。
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