魔界百貨店に引きこもり

刀綱一實

第1話

「かわいそうですが、あなたは一生ここから出ることはできません」


 そう告げられて俺が閉じ込められたのは、十三階建て+地下の百貨店。なんでも、とある有名な魔王があらゆる種族から搾り取った貢ぎ物の処置に困って建てたのだそうだ。売れても売れなくても、魔王の生活にはなんの支障もない。


 俺はひょんなことから、会社帰りにその魔王に捕まってしまい、「デザイン的に城に置いておくほどでもない」と正面切って言われて、管理人扱いで百貨店に閉じ込められた。なにこの二重苦。


 ……と思っていたのだが、実際は百貨店生活はなかなか快適だった。魔王が持て余している品を置いているから、俺が少々手をつけるくらいでは誰も咎めない。全てを知っている魔王以外には、従業員もいない。


 だから、

 寝具売り場で体が沈みこむくらい超ふっかふかの布団にダイブしても、

 食器売り場で勝手に飲み物が満ちる魔法のグラスを並べてニヤニヤしてみても、

 時計売り場で百カラットの宝石がついた高級時計を腕にはめて手首を痛めても、

 ──基本、自由。


 社畜で旅行どころか休みもなく、外出するという習慣が消滅していた俺にとっては、屋内しめて十四階の移動で十分だった。魔王が定期的に新しいアイテムを補充してくれるので飽きないし。


 と、ここまで考えたところで腹が減ったので、俺はいそいそと地下に向かった。人間の世界と同じく、地下は食品のフロアになっている。本物の百貨店と違って店員がいるわけではないが、なんでも調理できる大きな機械があるから、いつでも作りたてが食べられる。


「さて、今日の食材は……」


 どこの世界でも消え物は贈り物の鉄板なのか、食料の貢ぎ物はかなり量が多い。肉に魚、それに果物や野菜が、早く食べてと誘うように並んでいる。


 俺が食べなかった分はいずれ傷んでしまうため、定期的にゴミ箱に捨てなければならないほどだ。俺がここでやっている仕事といったら、このゴミ処理くらいのものである。


「肉にするか」


 今日は大きな魔界牛の肉塊があった。やっぱり肉を粗末にしてはいけない。レアステーキにして、この前見つけたわさびと醤油で食べよう。……ただ白米がないから、パンで我慢しないといけないのが残念だ。


「やっと見つけたぞ、魔王の手下め……」


 食材を抱えて調理機械のところへ行こうとしたら、食卓に飾り付けられた金髪縦ロール西洋人形の口がカタカタと動く。魔王に嫌がらせをしようとして贈られた呪われたアイテム的なやつで、ここでは珍しくもなんともない。


「我が怒りを思い知」


 かん高い声でやつが喋り終わる前に、俺は無言で人形を燃えるゴミの袋に押し込んだ。抜け出してこないようにきつく縛る。どこの誰だか知らないが、この百貨店に捨てられている時点で魔王への復讐は叶わないのだからとっとと諦めて欲しい。


 ゴミを捨ててから、地階の隅に作られたイートインスペースに直行した。普通のデパ地下では敷地の都合かカウンター席が一般的だが、ここは魔王の管轄なので楽に眠れそうなデカい安楽椅子と大きな丸机が置いてある。


 その椅子の隣に、まるで雪だるまのように丸が二つ積み重なった機械がある。機械の高さはちょうど百七十センチくらい、俺の身長とほぼ同じ。上の丸には大きく開いた挿入口があり、下の丸についた引き出しから料理が出てくる。これは備品として魔王が作ったものなので、もらい物ではない。


 さっそく上の口に皿に載せた肉をつっこみ、焼いてもらう。数分もすると、肉が焼ける香ばしい匂いが辺りに漂ってきた。


「肉!!」


 さっきの人形がゴミまみれになって帰ってきた。護身用の催涙スプレーを吹きかけたらゴホゴホやっている。そもそも人形なのに食べられるのだろうか。


 また人形をゴミ袋に押し込む。今度は鍵付きのゴミ捨て場まで捨てに行ってから、ゆっくり食事を始める。新鮮な肉をパンにのせて頬張ると、なんともいえず幸せな気持ちになった。


 満腹になった時点で食器を片付け、寝具売り場に戻る。最近気に入っているキングサイズのベッドに横たわって、食後の体を休めた。布団からは、新品ならではの清潔な香りが漂ってくる。もう少ししたら風呂に入りたいから、エステの設備が入っている二階に行こう。バスタブはないが、シャワーはあるのでそれで十分だ。


 気楽な生活だ。気楽すぎるくらいである。


 この生活は俺の寿命が尽きるまで続くのか、それとも魔王が飽きて俺を放り出すのが先なのか……。できればもう少し楽しみたいが。


 そう思って寝返りをうった瞬間、殺気を感じて振り返る。見ると、確かにゴミ箱に捨てたはずの人形が、ベッドの隅に仁王立ちしていた。血走った目と、髪にからみついた紙ゴミが相まってよりすさまじい形相になっている。


「……しつこいな」

「我が本願を達成するまでは、負けるわけにはいかぬのだ!」


 ゴミ箱で拾ったであろう紙箱を振り回しながら、人形がすごむ。単なる紙箱ではないらしく、振り回すたびに中にきらりと光る物がみえた。適当に捨てた、割れたグラスでも仕込んでいるのかもしれない。当たり所が悪ければ大怪我をするだろう。


 その正体に薄々気付いていなかったら、恐怖を感じたかもしれない。


「そろそろやめませんか、魔王様」


 俺がそう言ったとたん、人形の動きがぴたっと止まった。


「なんだ、気付いてたのか」


 今までの気持ち悪い高い声がかき消え、落ち着いた青年の声になった。これが魔王本来の声である。


「ええ」

「いつからだ」

「鍵のかかったゴミ箱置き場から脱走してきたでしょ。あれの開け方知ってるの、魔王様と俺くらいですからね」


 俺がそう言うと、人形は露骨に舌打ちをした。


「なんだ、脅かしてやろうと思ったのに」

「十分驚きましたよ。あなたが来ることなんて滅多にないですからね」


 これは本心である。ついに飽きたから出て行けと言われるのか、それとももっとひどい仕打ちをされるのか──内心、俺はひやひやしていた。なにせ相手は魔王だ、なんでもありだろう。


「しかしお前、思った以上に目端がきく奴だな。これなら、俺の代わりがつとまるかもしれん」

「はい?」


 話の展開が読めなくて、俺は目をしばたいた。


「いや、俺の友がここを見たいと言い出してな。案内しようかと思っていたんだが、領地の方から話したいことがあると言われてしまって……困っていたところなんだ」

「では案内役をするのは……」

「お前だな」


 迷いなく言われて、俺はうなずいた。どの道、魔王の所有物である俺に選択肢はないのだから、受けるなら気持ちよく受けた方がいい。


 魔王はその返答に気を良くしたのか、人形の姿のまま早々に帰っていった。せめて髪についたゴミを落としていけと言ったのだが、まるで聞いていない。


「……さて」


 魔王から情報は得られなかった。そうなったら、案内のコースを複数考えておかなければならない。


 友人の好みにもよるが、勇壮なアイテムが好きなら魔界の武器ゾーンを重点的に見てもらおうか。美しい物が好きなら、宝石が並ぶ指輪や時計のフロアがいいかもしれない。癒やしが欲しいなら、美しい曲を奏でる魔法の竪琴がお気に召すだろう。最上階のコンサートホールに運べば、よりいっそう楽しめるはずだ。


 頭の中で色々と計画を立てながら、俺はいつのまにか眠りに落ちていた。



 魔界百貨店での俺の引きこもり生活は、どうやらもう少し続きそうだ。

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魔界百貨店に引きこもり 刀綱一實 @sitina77

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