取り留めのないこと

中川瑚太郎

書きたかったことが行方不明になる

僕は今、人生の分かれ目と言ってもいい程の重大な局面を迎えていた。それは、1人でも解決出来る程ちっぽけと言われればそうであり、誰一人として解決出来ないかもしれない出来事でもあった。

僕の世界は突如として輪郭を失い、朧気に反射する様々な光を辛うじて認識するのみとなっていた。周囲を白い光に囲まれ、その中の1点に黄色とも茶褐色とも取れる何かがあった。

僕はこれから選択をしなくてはならない。挑戦するのか、助けを求めるのか。或いは何もかもを諦めるのか。焦燥感が踵を焼いてくる。選べ、選べと急かしてくる。闘うべき相手は自分であり、この状況において避けられない行為に対する嫌悪感である。

策を考える。行うべきことは2つであった。世界の輪郭を取り戻すこと、そして全てを水に流すことだ。幸い、事故が起こる前の時点で僕がこの場においてやり残したことは少ない。1度移動して帰ってきてから対処しても事足りるものであった。問題は、移動に少しばかり危険が伴うということ。いくら自宅とはいえ、何度かは壁にぶつかるだろう。この場から離れ、すぐ右にある階段を上がり、自室にさえ辿り着けば全て解決する。思い至れば簡単なことではあった。

冷や汗も収まり始め、移動を決意する。壁を伝い、この場を1度離れる。換気扇の音が遠のいていく。手すりを掴み、そのまま階段を上る。1段ずつ、慎重に踏み外さないように。自室が近づくにつれて、安堵が生まれてくる。もうすぐで助かる、そう思いながら踏みしめるように上る。

そして、自室の明かりを付けた。机にそれを置いていると記憶しているが、暗くては見つけにくい。部屋の端から、反対の端にあるゴールを目指す。いつもなら何気なく使う場所でも、ほんの少し気を付けなくてはならないこの状況では安堵はあっても安心は出来なかった。机に差しかかることを察し、そっと天板を撫でる。容器がこの上にあるはずだと探し回る。この時ばかりは、黒い家具でまとめていた自分のコーディネートを恨みそうになった。

手のひらに、探し求めていた感触が訪れた。慎重に持ち上げ、真中から蓋を開いた。文明の利器を耳に掛け、そこからは呆気なく事故は処理された。

思えば、こんなくだらないことに焦りや悩みを感じていたのかと自分に呆れてしまう。水洗のレバーを捻り、今回の一人相撲はそっと幕を閉じた。僕のお気に入りであった眼鏡は、僕の排泄物の中に落ち、僕の気分によって廃棄することになった。

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取り留めのないこと 中川瑚太郎 @shigurekawa5648

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