その4

 セミファイナルだったにも関わらず、これほど盛り上がるなんて、誰も予想はしなかっただろう。

 メインは中堅団体が保持しているヘビー級のタイトルマッチだったにも関わらず、こっちの方は可もなく不可もなくという形でチャンピオン(向こうのスターだそうだ)が防衛に成功したが、観客の反応は薄かった。


 控室に行ってみると、片隅のベンチでは、英五郎を取り囲み、お世辞にも目つきの宜しくない連中が何やら悪態をついていた。

”禁煙”という張り紙をものともせず、葉巻の煙を辺りにまき散らしているのは、背は高いが潰れた鼻と耳、ガマガエルみたいな顔をした男は、一目でレスラー上がりと分かる、お世辞にも人相の良くない男・・・・つまりはこの団体の社長兼プロモーターだ。

『おい!テメェ、何であそこで負けないんだ?!そういう筋書きになってたろうが?』

 葉巻の煙と唾を飛ばし、男がまくしたてる。

 だが、英五郎は何も答えず、ベンチに座ったままコスチュームを脱ぎ、スウェットの上下に着替え、男に向かって、

『すんません』と頭を下げただけだった。

『兎に角、このままじゃ済まさんぞ!せっかくウチのリングでヒールとして使ってやろうと思っていたのに!』

 ガマガエルがまた言葉を続ける。

『おう、ウチのエース候補に恥をかかせてくれたんだ。どうなるか分かってるんだろうな?』

 周りを取り囲んだ揃いのTシャツにジャージのズボンを履いた男たちが、似たような言葉で毒づいている。

『おう、お疲れさん』

 俺はガマガエル達を無視して人垣を分けながら、英五郎に近づいた。

『いい試合だったな。どうだ。一杯?』

『何だ。テメェは?!』

 俺は何も言わず、初めて気が付いたような顔をして、一同を見渡し、認可証とバッジを見せ、

『乾ってもんだ。というより、今回は彼のボディーガードを請け負っててね』

 俺は上着を捲って、左腋のホルスターをちらりと見せた。

『あんたらが彼に良からぬ真似をしたら、俺だって黙っているわけにはゆかん。こんなところで銃撃戦でもなかろう?』

 ガマガエルが大きく唾を飲む音が俺の耳に響く。

 俺はズボンのポケットから、USBを取り出して、顔の前で振ってみせる。

『この中に何が入ってるか、大体見当がつくだろう。あんたの会社に関する良からぬデータが一杯だ。警察おまわりに渡せば、喜んであんたの所へ令状おふだを持って押しかけるだろうな』

『おい、行くぞ』

 ガマガエルは部下に苦い顔をするとそれだけいい、踵を返して控室を出て行った。


『すんません』英五郎は今度は俺に頭を下げる。

『頭なんか下げる必要はない。俺は探偵だぜ。料金分の仕事はせんとな。それより早く支度しろよ』

 俺達二人はガマガエル一行が出て間もなく、控室を出た。

『ほら、お客さんだ。』

 俺が言うと、英五郎は驚いたような顔をして目線の先を見る。

 そこには”シャドーズ”の面々と共に、松下京子が立っていた。

『あ、有難うございます。京子さん、覚えててくれたんすね。俺が”My bonnie””が好きだってことを』

 京子は黙って頬を染め、頷いた。

『さあ、後は上手くやれよ。請求書は郵便で送るからな』

 俺はそう言って、英五郎の方を思い切り叩いた。


 さあ、この話はおしまいだ。

”なんだ、詰まらない。結末をちゃんと話せ”だって?

 仕方ないなあ。

 特別サービスだ。話してやるよ。

 英五郎はあの時の活躍で人気が急上昇し、それを知った別のある団体がスカウトの手を伸ばして来て、そちらとまともな契約を結び、今や団体の技巧派エースとして立派にメインを飾れるだけの存在になった。


 シャドーズはシャドーズで、メジャーレーベルと契約し、華々しい活躍をしている。


 肝心の二人は・・・・清く正しく美しい交際を始めたとさ。

 ええ?


 出来過ぎてるって?

 知ったことか。

 俺は事実を話してるだけだぜ。


                             終わり

*)この物語はフィクションです。

  登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。




 

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『My Bonnnie』をもう一度 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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