第44話再会

 どこにでもあるどこでもない狭間。揺蕩う神が一柱。


 黄泉へ繋がるこの場所にはひまりの母である器に入った神と抜け殻である父もいる。紅の瞳をゆっくりと開くと目には父であった抜け殻が目に入る。


「時は満ちた。幾億もの人の魂が妾に満ちる――溶け、糧となれ」


 依り代である器の中に膨大な生命エネルギーが満ちる。黄泉に行くはずの人の魂を喰らい己の糧としたのだ。


 黄泉神である存在は死を操作することに長けている。地に子を繁殖させ満ちさせる旦那とは違い魂魄を弄ぶ母なる元産み神。


「随分とあの小娘が頑張ったようじゃな、褒美でも取らせたいが祟り神と化しておるわ。世の増悪を食らいつくすつもりか……よく自我が保てるのう」


 現世を覗く黄泉神が感心しながら呟くその視界内に父の亡骸が遮る。


「そろそろこいつも用済みか。疾く消えよ」


 手を払うと消滅していく父の顔。口がうっすらと開き何かを言った気がした。


 それをみた黄泉神の頬に生暖かい何かが滴り落ちる。


「む、涙、じゃと……魂は残っておらなんだが……」


 母たる器にはすでに魂が存在していないはずだ、残留思念のようなものがのこっていたのかと不思議そうな顔をする。 


 ひまりの父たる亡骸はこう言っていたような気がする――愛しい人よ、どうかひまりを、と。


 とめどなく流れる涙は黄泉神の心を苦しく締め付ける、その感情はなぜか悪い気持ちがしなかったのだ。人の心を知らぬ神はそれを理解できずに生まれ存在してきたのだ。


 ひまりを愛することによって執着が生まれ、新たな感情に戸惑うも現世へ向かう。


 次元の壁を越えてついに現世へと顕現しようとしていた。

 








 ハカセは相変わらず部屋にこもり何かを作成していた。


 部屋の中は機械類で散乱しており足の踏み場すらない、何かをスパコンへ打ち込んでいると空間が歪みひまりの母の器に入った黄泉神が現れる。


 すぐさま跪き臣下の礼を取る。


「お待ちしておりました我が神よ。こちらを用意して待っておりました。拙い我が作品ですがどうぞお納めください」


 勾玉のようなものが飾られた数珠のようなものを手渡すと黄泉神はそれを手首に装着する。


「ふむ、ほう……なかなか良い物じゃ。神威の通りが良い。まさに神具とも言えよう」


 ハカセは黄泉神の命令で現世にとどまることのできる依り代。つまり適性のある人間の血液を収集して凝縮、古代文字を彫り込み神具を製作していたのだ。


 科学知識も応用されており勾玉の制御チップが内蔵されている。


「ハッありがたきお言葉――して、ひまり様はいかがなさいますか? 監視しているのですが未だ眠りについております」


「そうさの、挨拶に向かうか。ご苦労、もうよいぞ。去ね」


 そういうと黄泉神の手によりハカセの魂は抜け出て吸収された。ばたりとハカセの身体が床へ崩れ落ちる。


「ふむふむ、やはり勾玉に何か仕込んでおったか。お主の努力も無駄になってしまったのう……そこに目を瞑れば良き神具であったのにな」


 死を覚悟しての渾身の策であったのだろう、制御チップには効果を反転させる仕掛けが施してあった。現在はチップのみを破壊している。


「まあ仕方ないこのまま使うか、物は良いからの。妾に気づかれているとわかってなおひまりへの献身か、その気持ちは良き物であったぞ」


 ハカセの鼓動が止まった瞬間どこかへと情報が送られていく。


 現代文化に疎い黄泉神は気づかない。それこそがハカセの狙いであったことに。








 黄泉神の見下ろす先には見慣れたひまりの家があった、空を飛びここまでやってきたのだ。調達した現代の衣服である白のワンピースに赤黒い勾玉が映える。


 ゆっくりと降下しながらひまりに挨拶をしに玄関を開ける。


 サンダルを履いたままひまりの部屋へ入ると健やかに眠りについている愛しい子が目に映る。


「おお、なんとも可愛い子よ。それ、目覚めよ」


手の平を向けると緑色の粒子がひまりを包み込む、やがてゆっくりと目を覚ますと母親の姿を目に捉える。


「――おかしゃんっ!! おかしゃん!!」


 そういうなり弾丸のように飛びついてくる。胴体に手が回らないがもう離さないようにしっかりワンピースを掴む。溢れる涙と鼻水でワンピースがぐちゃぐちゃになるが気にしていないようだ。


「ほれほれ、慌てる出ない愛し子よ。妾は逃げぬよ」


 その言葉に固まるひまり――そう黄泉神であって母親ではないことに気づいたのだ。まだ帰ってきていないことにも。


「お、おかーしゃんは帰って来てないんでしゅか……? 良い子じゃなかったから……」


「じゃから言うておろう。妾が母だと……」


「ち、違うでつ! おかしゃんじゃないでしゅ!!」


 そう言うとあとずさり泣きわめくひまり。母親じゃない何かに対して拒絶する。


「……ちとオシオキが必要なのかもしれぬ。しばし我慢せよ」


 捉え切れぬほどのスピードで拳を振り抜くとひまりは殴り飛ばされ家を破壊していく。壁を突き抜け数件ほどの家を倒壊したのち止まる。

 怪我は一切していないが心がズタズタだ。


「おかしゃん……」


「まだ分からぬか……子育てとは大変なものなのだな――」


 その会話をしている瞬間黄泉神の動きが停止する、勾玉を中心に何か神を縛る儀式行われていることに気が付く。


「よう……会いたかったぜ」


 背後から黄泉神の入っている母親を押さえつける父親に入った産み神が現れた。


「愛し子の父親の残滓を拾い依り代にするのに苦労したぞ黄泉神よ……やれッ!」


 黄泉神の眼前にはマイコがいつの間にかきており胸元に手を添えられている。


「死にさらせ糞神――そして消えろ」


 黄泉神の器に蓄えられていた人の魂のエネルギーが吸収されていく、物凄い勢いで力が抜けて行く黄泉神。

 

「き、さまらぁッ!! ――奴め、まだ仕掛けがあったというのかッ!」


 ひまり家の周囲には元超常対策本部の面々が待機していた。ハカセに通達された儀式を行っていたのだ。各自所持しているデバイスを重ね儀式の方陣を組み勾玉を反転させる。


 そして魔法少女が力を吸収し撃退するという作戦だ。今の所はうまく行っている。


「おかーしゃんをかえすでつ!!」


 黄泉神にびしりと指を刺すとひまりが叫び出す。約束を守ってくれなかった神など信じるに値しないのだ。黄泉神が観念したように俯くと静かに笑いだす。


「ふ、ふふふふ、はははははははははっ妾は不滅ぞ? この器などいくらでも用意できるわ。暫し時間がかかるだけだがな――産み神よ、妾の邪魔をして満足かえ? こんなことをしてもそなたを愛すると思っておるのか?」


「……おらんよ。この地を守ってるだけだ。万年かかっても迎えに行く、我の妄執を舐めるな」


 そう言うと段々と橙色と緑色の粒子が薄くなってくる。逆にマイコの黒い粒子濃くなっていく。


「産み神よ。祟り神が生れ落ちようとしておるが良いのか? あれは世を乱すぞ?」


「よい、日の本以外の国なぞ知らぬな。約定があるから滅ばぬよ」


「守られると良いがの――のう、マイコ、と言ったか? それでよいのだな? 妾は滅ばぬぞ?」


 そういわれるとマイコは顔をしかめながらも宣戦布告をする。


「いずれ殺しに生きますよ? 黄泉とやらで引きこもってガタガタ震えてればいいんですよ? 糞神ッ!!」 


 そう言うと吸収のスピードを速める。二柱のエネルギーを諸共回収すると、目が段々と閉じて行く。

 

「……そうか、暫しの間眠ろう、ひまりよ。家族との逢瀬楽しむが良い。今回は引いてやる、次はないぞ? 愛し子よ…………」


 そう言うと全てのエネルギーをマイコに吸われて消えて行く。他者を圧倒するプレッシャーが消え黄泉へと帰ったことが伺える。


 背後にいた産み神も消えようとしていた。


「約定を確りと守るといい。さすれば介入などせぬよ。愛し子よさらばだ……」


 ひまりの両親の身体は力なく地面に倒れて行く。しかし心臓は鼓動を止めておらず、生きていることが分かる。


 ひまりが母親に抱き付きわんわん泣いているとその頭を優しく撫でる手に気が付く。


「お……かしゃん……?」


「――ひまり、いい子にしていたようね? 見ていたわよ? ――愛してるわ」


 そう言うとひまりを抱き締め共に泣き始める。

 母親の胸に飛び込むと全力で愛してもらう。

 やっと、やっとだ、やっとひまりは家族と再会することができた。


「ひまり、パパだよ? おりこうさんにしていたようだね? 自慢の娘だ」


 父親もひまりを母親と共にひまりを抱き締める。

 本人はパパと呼んでほしそうだがお父さんとしかひまりは呼ばないらしい。

 

 マイコがその様子を憎々し気に見つめている、その目は現実を映していない。

 急に悲しそうな顔をして夫婦はひまりに告げる。


「ひまり、わたしは、いえ、私達はねお別れしないといけないの……」


「そうだね、ひまり、ごめんね……ひとりで残して――パパ達はねもう死んでいるんだよ……」


「本当はこうして会話すらできなかったの……奇跡的に魂の残滓が残っているようで……もう時間が無いのよく聞いて……誰よりも世界の誰よりも愛してるわ……ひまり…………」


「ふえ、ふえっ嫌でつ!! おかしゃんとおとしゃんと一緒に暮らすでしゅ!!」


 いやいやと顔を振りながらも両親を必死に止めるひまり。ようやく会えたものの早い別れに耐え切れなくなったんだろう。


「ひまり、おかあさんは――――」


 赤い、赤い液体がひまりにかかった。

 母親の胸からは手刀が飛び出してきている。

 背後にはマイコが嫌悪感満載の表情をしており苛立っている。


「死体がごちゃごちゃうるせえんだよ。ひまりちゃんはわ・た・し・の・家族なの? わ・か・る? ――はよ消えろ」


 心臓を抜き取ると後方に放り投げる。良くみると父親も胸に穴が開き虫の息だ。


「ひまりちゃん? 家族はわたしだけだよね? もう死んだ家族何て忘れてわたしと一緒に暮らそう? ね? 死体をさっさと焼いて、ね? ひまりちゃんが好物のクッキー焼こうよ?」


 ひまりは愕然としており信じられないような顔でマイコを見つめている。そのひまりの耳元に母親が口を近づけるとこうつぶやく。


 ――友達を怨んじゃ駄目よ? 私達は時間をもらっただけなの、体は無くなっても永久にあなたを愛してるわ。約束して……友達を大切にしなさい、彼女は苦しんでるわ……


 そう言うと両親の身体は塵と化し消え去っていく。存在を保つエネルギーが切れたためだ。

 母親に言われた事がひまりの脳内を反芻するも処理しきれない感情が暴走を始める。


「あ゛あ゛ああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁっぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあううううああああぁぁああああッ!! 許さない許さない許さないゆるさないいいいいいいいいいいいあああああ゛あ゛!! おかしゃんおとしゃあああああんッ!!」


「え、ひまりちゃんなん――」


 マイコの横顔を全力で殴りつけるひまり。地平線の彼方までビルを数十棟、家屋も夥しい数が崩壊した。


 全身から溢れ出る黄金の粒子は、猛り、荒れ、狂う。

 

 その瞳は光り輝き敵を討てと鋭く眼光を細めていた。

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