母と友の狭間に揺れ動く

第41話(´-ω-`ひ)…zzZ

 部屋の中には寝かせられたひまりとそれを見つめるマイコの姿があった、マイコの心の中はとても穏やかではなく、嵐がグルグルと吹き荒れている。


 マイコは暖かい小さな手をそっと握りしめている。ひまりは母親と再会することができた、最悪の形としてだ。


 “あれ”の中には神が存在しており、ある意味ひまりにとって致命的な弱点である家族を人質に取られているようなものだ。


 マイコの中にいた存在が言うには神威というものが無ければ現界することができないと言っていた。しかし、それが満ちてしまった時には恐ろしい事になるだろう。


 ハカセはそのことに対しては協力できないとハッキリとマイコに伝えられていた。

 彼はあの神により半使徒化してるだとか。

 もう何もかもが嫌になって来たマイコはこのままひまりと二人で世界から逃げ出したいと後ろ向きな感情を抱き始める。

 

 ――なぜ、こんな幼いひまりちゃんが苦しまなければならないの……。


 目が薄っすらと瞳の色が黄色に変わり始めていることに気づかないまま明かりの無い部屋の中で蹲る。


「ひまりちゃん……ひまりちゃん……ひまりちゃん……」


 ひまりとマイコの関係はやや共依存となっていた。家族の愛に飢えていたひまり。惜しみない愛情、親愛、友情を注いでくれるマイコにどっぷりだ。


 そしてマイコもひとりっ子だったのに対し妹のように可愛いひまり、家族がひとりもいないことに対して守ってあげなければという母性に似た感情に芽生える。


 姉として母として友として惜しみない愛情をこの短期間で注いできた。


 マイコの感情は危険な領域まで突入していたがマイコの母はそれを見守ってはいた。


 ひまりを繋ぎとめる楔、むしろ家族になって欲しいなという感情すらあったからだ。


 いつまでもひとりきりで生活が続くはずがないし健全ではないと判断したからだ。





 マイコは目を擦りふと目覚める、周囲に浮かび漂うひまりが橙色の光に包まれている。駆けだそうとするもマイコはたどり着けない。

 

 ――なんで! なんで! なんで! ひまりぃッッ!! ひまりぃぃぃいぃぃ!!


 ――暫し落ち着け、あいつの影響をできるだけ取り除いている最中だ


 強烈な圧力に抑えられながらも歯を食いしばりマイコは手を伸ばす、関節が折れ曲がろうとも、血を吐こうとも、その表情は悪鬼羅刹となりこの世の全てを滅ぼしそうな感情すら伝わって来る。


 ――……だから待てと言っておる! 操られぬようにしておるだけだ!


 それを早く言えとばかりに見えない何かに向けて睨みつけるマイコ、その瞳には虫けらを見るような目をしている。


 折れた腕が光に包まれると元に戻っていく。


 見えない何かは物凄く疲れた顔をしているのが伺える空気が漂う。


 ――まったく……お主も依り代としての適性がやけに高いな……


「いいから早くひまりを癒せ。神などと言う存在など害悪でしかないわ」


 ドスの効いた言葉をどこかに存在する神を睨みつけ言い放つマイコ。


 両手を手刀の形に広げると全力全開のどす黒いオーラを指先に纏う。たとえ神であろうとも貫いて見せるという執念が伺える、実際に怪我を負わせる程度には威力があることを神の目から見ても判断できる。


 ――そうか……神殺しの血筋でも引いておったか……我が力さえ食らい取り込んだというのか……


「わたしのひまりちゃんをこんなにしたアバズレ女はどこだ? 引きずり出して殺してやる……殺してやる――絶対にだ、そう、絶対にだッ!!」

 

 マイコは黒い霧に包まれ眼光を鋭くさせる。神たる存在の答え次第で命を引き換えに一矢報いようとする気構えだ。


 ――みだりに命を散らそうとするでない、あやつは巫女の母親を器として現界しておることを忘れておらんか? 子の目の前で母を殺して恨まれぬのなら止めはせぬがな。


 思う所があるのか沈黙する、顎をしゃくり続きを話せとぞんざいな態度とるマイコ。敬意の欠片すら神には抱いていないのだろう。


 むしろ嬉々として打ち滅ぼすとまで考えていた。それほどにひまりにしたことは許されざる行為であったのだ。


 ――お主は……まあよい。我もそろそろ還らねばならぬ。力の欠片を渡す吸収し糧とせよ。次、奴と見舞える時に我に協力せよ、さすれば子と母との会合を約束しよう。


 生き返らせるとは言わないのだな。と野暮なことをマイコは言わない、死者は蘇らないのだ。黄泉に片足を突っ込んだ存在がどうなるのか知ったことではない。最悪、いや『わたし』が家族になれば問題ないとすら思うマイコはにやりと口元を歪め笑う。

 

 ――ひまりちゃんの家族にはわたしが引導を渡してあげないとね! ――でないとわたしが家族になれないじゃない……ふふっ。


 内心恐ろしい言葉を呟いてはいるが声には出さない。ここにはひまりがいるからだ。


 ――ではな。近いうちに訪れるであろうよ。


 ひまりがゆるりとベットに沈み込むとすやすやと可愛い顔で寝ている。

 マイコが頬を撫でるとくすぐったそうにもにょもにょしている。


 自身が暴れたため部屋がめちゃくちゃになっているのを溜息をつきながら頭を抱える。


「ひまりちゃんが起きる前に家族であるわたしが綺麗にしないとね」


 もうすでに壊れていたのかもしれない。あの日強盗から救ってくれたひまりを見た瞬間からひまりは彼女にとっての神足り得たのだ。


 敬虔な祈りにも似た信仰心すら芽生えているかもしれない。純粋に乾いた“わたし”という器に注がれた水。焦がれ欲っし願う。


 マイコと言う人物の目にはひまり以外映ることはもうないであろう。


 部屋の中にはマイコの鼻歌が響き渡る。漂う音が部屋を満たし呪いのように染み付いていく。部屋の片づけが終わったマイコはキョロキョロと周りを確認しひまりと添い寝を始める。顔を近づけると頬にキスをする。自らの頬は紅潮し発情にも似た感覚がしている。

 そのまま布団を被るとひまり引っ付いたまま寝始める。


 ――どうかこのまま世界が終わりますように。









 み   た   な   ?









 マイコの身体は神ではない何かへと変貌しつつある。古来、日本にはこのようなたぐい化生けしょうはこう呼ばれていた。 

 

 “祟り神”と。


 ぐるぐるぐるぐるとマイコの中身が内蔵が臓物が黒い何かに満たされていく。

 先程、神に分け与えられた神威を消化、吸収し自らを煮詰め濃縮する。

 怨執にも似た情念はそのものの存在を呪いという特性として昇華しつつある。


 いつの世も女の情念に現世は狂わせられてきたのだ。

 ひと柱の悪の超越者が産声を上げる瞬間であった。





 




 超常対策本部では慌ただしく刑事たちが緊急会議を行っていた。現在は小康状態ではあるが魔法幼女は眠りについている。

 “神”と言う存在に対してできる事といえば避難誘導を行うための動線を決めることぐらいだ。

 いずれ来るであろうことがぷいぷい団内部において周知の事実であり決定事項でもある。


 幹部であるハカセは一切の接触を断ち沈黙している。


 諸外国にすら神の襲来の情報が流れており、領事館などの職員も緊急で出国し始めている。


 ぷいぷい団幹部でもある武侠は頭を抱えていた。支倉を補佐に現場の指揮を行っているのだがまともな神への対策などない。いつもなら飄々と新開発されたアイテムをハカセが持ってくるのだが頼みの綱がない。


「どうなっちまうんだよ……嬢ちゃん……」


「頼みの綱は魔法少女であるピピルちゃんだけですよね……一応連絡はとれているんでしょう?」


「ああ、だがパルルから離れられないだとよ。今回の件で、意気揚々とスパイが入り込んで来てやがる。よほど魔法幼女が欲しいのかね……しっぺ返しが来なければいいがな」


「懲りてないですね。国連でも協定が裏で結ばれているんでしょう? 分け前は平等に……と。子供をなんだと思ってるんでしょうか。そのまま滅んでしまえとさえ思ってしまいますよ」


「まあ日本が残ってくれりゃ俺は構わねえんだがな。どうかココを巻き込まないでくれよ国連さんよ」


 今度は国連が陰で糸を引き連合軍として侵攻する計画が立てられている。


 前回の歌の件で脅威度がさらに上昇したそうだ。現在眠っている魔法幼女を狙っての計画だ。


 様々な事態が急速に動き出している。去年の今頃の平和が懐かしいとみな思っているはずだ。


 ひとりの幼女を巡って世界が動き出す。


 世界の中心は彼女であるかのように。

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