第40話おかーしゃん。

 ライブ会場での熱狂冷めやらぬ中、車で事務所に移動を開始する。

 観客を熱唱させた二人は後部座席でグースカ眠っている。

 ひまりがマイコの方に寄り添うその姿はまるで本物の姉妹のようだ。

 マネージャーである福田が車を運転していると突如、妙齢の女性が車道に飛び出してきた。

 ギリギリで急ブレーキが間に合い、女性は無事だ。飛び出してきた女性に対し注意を促そうとどうも様子がおかしい。


 女性の目には生気が灯っておらず紅色の瞳でこちらをじっと見つめてきている。

 深淵より覗かれ魂を鷲掴みされるような感覚に陥る福田。


 呻き声を上げ始めると後部座席の二人が起きて来る。

 二人ともする間の前にいる女性を不思議そうに眺め続けているとひまりが震える手を伸ばしながら叫び始めた。


「おかーしゃん!! おかーしゃああああん!!」


 車のドアを開けるとその女性にひまりが足早に駆けて行く、目には大粒の涙を蓄え爆発しそうになっている。


 マイコと福田を呆然とその様子を見守ることしかできない。

 ひまりは飛び上がり抱き着こうとした瞬間周囲に重圧が襲い掛かる。


 車も軋み始め、福田は顔を上げる事すらできず車のハンドルに押し付けられる。

 マイコはドアを蹴破りひまりの救出に向かう、ひまりは地面に蹲り涙を流し続けている。


「――おかーしゃんおかーしゃんおかーしゃん…………ひまりは悪い子でしゅか……会いに来てくれたんじゃないんでしゅか……おかーしゃん、おかーしゃん……」


『そうだ、我が愛しい子よ。子を愛する者は妾だけでよい、多少の目零しをしておったが我慢ならん。“告げる”。日本の民などいらぬ、ひまりよ――ただちに滅ぼせ』

 

 ひまりはビクリと身体を振るわせると涙が止まり瞳の色が段々と紅色に染まっていく。身体から立ち上るオーラが膨れ上がっていき周囲を威圧する。


「福田さんッ!! すぐにハカセへ連絡をッ! 避難を促してッ!!」


「えっ! ひまりさんは…………」

 

「いいから早く!! あれは恐らく――――神というやつです。最悪の部類の……最近干渉が無いと思っていたら……ひまりちゃんッ!! ひまりちゃああああん!」


 いくらマイコがひまりに呼びかけても反応がない、オーラの勢いはとどまらずアスファルトが陥没し始める。慌てて福田は避難しつつも緊急事態をハカセに告げる。しかし――


『福田君、神がそう告げたのだ。日本は滅ぶべくして滅ぶのだよ……私はこれまでも神の後押しをしてきた――そしてこれからもだ』


 デバイスの通信をカットされていないのは温情のつもりなのだろう。積極的には妨害しないが助けもしない、すぐさま頭を切り替える福田は超常対策本部室に連絡を取ると武侠が通信に出て来る。


「武侠さんまずいですよ……魔法幼女が暴走状態です。あの神と言う輩が操っているようですが、ですが魔法少女であるマイコさんは無事です、ひまりさんを止めようとしています」


 通信先ではあまりの出来事に絶句しているのが伺える。気を取り直したのか状況を随時伝えるためにデバイスで中継を開始する。


『おいおいおい、考えうる一番最悪なパターンじゃねえか……あいつが神ってやつか、一度表層は見たことはあるがデバイス越しでも尋常じゃねえのは伝わって来るぜ……急いで緊急事態を宣言する。そこの区域の避難警報出すぜ』


 避難の打ち合わせをしているとアスファルトの破片が飛んできて危うく命中するところであった。

 マイコが破片を弾き飛ばし助けてくれたが戦闘行為が開始されたようだ。


 同じ格闘術の使い手である少女たちが拳を互いに叩きつけるたびに被害が広がっていく。


「もうここもまずいようです。魔法幼女と分かれば避難は早いみたいですね。私も移動します」


『了解、すぐに車を用意するっ! ――あの様子じゃ、おしゃかになってるようだしな』


 先程の重圧の余波だけで車が潰れかけており走行ができなくなっている。


 ボパッと空気を叩く音が響き渡って来る。もはや人間を越えた超越者同士の戦闘に人類が介入できない。


 件のひまりの母親と思われる妙齢の女性は空中に浮いたまま腕組みをしている今の所“は”手を出してこないようだ。 


 一生懸命ひまりを説得するマイコは体に傷を負いつつもひまりには手を出せていない。身体は頑強だがスペックからしてひまりの方が遥かに強い。


 誕生したばかりの魔法少女に負けるはずがないのだ。

 

 マイコは腹部にキツイ一撃をもらうと血を吐きながらビルにめり込んでいった。


 ビルが完全に崩壊していない事から全力ではないことが伺える。それに気付いているからこそマイコはひまりに手が出せないのだ。


 そして、無情にも“神”らしき存在からひまりに告げられた。


『妾はただちにと言った、なぜ故全力をださぬ? この器、いやそなたの母親が死んでもいいのかの? 未だに狭間に捕らわれ生きてるとも死んでいるともいえぬ状態。ひまりよ再び問う――全力を出さなくていいのかえ?』


 ――キュボッ


 次の瞬間にはビルが三棟程ど真ん中にヒトガタ程の穴が開いている。

 倒壊に至ってはいないがマイコの安否が分からない。

 小さな掌底をビル群に向けているひまりだけがクレーターのできた中心地に立っていた。その強烈な一撃の反作用を地面に受け流したのだろう。


 ビルを突き破った破壊跡には砂煙が立ち上がっている。

 

 ビル内にも人が残っており急いで避難をしている、何とか止めたいが止めれるものが誰もいない。


 ゆらりと周囲の人間に狙いを定めたのかひまりがゆっくりと歩み始める。

 まずいと思うと福田は体が動いていた。人差し指を民間人に向けるひまり、変身はしておらず平凡な黒髪の可愛い女の子だ。

 緑の光が収束し放たれようとする瞬間、福田が腕に抱き付いた。


「駄目ですよ、ひまりさん……今までみんなを守って来たでしょう? 台無しになんてさせませんよ……グブッ……ひまりさんはとっても優しい良い子です……わ……たし、は良く……わかってますよ――」


 福田の鎖骨辺りが光を受け消し飛んでいる。重要臓器類は被害を受けていないが出血多量で死ぬ寸前だ。なんとかビームを抑えることができたのだが第二弾が収束されつつある。

 倒れながらもひまりに腕を伸ばしボソリと呟く福田。


「ヒメコ……ごめんなあ……パパ、もう会えないかも……労災降りるといいなあ……ハカセさん、家族の事たのみますよー……」


 腕が力なくパタリと倒れた、気を失ったのか生命を失ったのかは分からない。

 それを見下しながら涙をボロボロと流しているひまり、感情の制御ができていない。

 指先に光の充填が完了し放たれる瞬間ビームが空へとそれた。


 そこには橙色のオーラを放ち黄金とはいえない黄色の瞳をしたマイコがひまりの手を蹴り上げビームを逸らしていた。

 そして続けて連撃である崩拳をひまりの腹部に叩き込むと小さな幼女は気絶してしまった。

 

 マイコではない何かが宿っている。そう感じられた。


『妻よ。いきなり滅ぼせとはどういう了見だ? 返答次第ではさすがに許せぬぞ?』


 ぐったりとしたひまりを抱きかかえながら、漂っている女性に声を掛ける。

 今マイコ自身が発してる言葉は女性の声ながらも男性口調だ。


『…………………』


『今すぐやるか? 神威が足りぬとみているがどうなんだ? 決着を付ける気なのかと聞いている!?』


『今回は引こう。感謝するがいい。我が元旦那よ、神威が充足した時がお前の最後の日だ』


『そうさせるわけがない。今は去れ』


 そう言うと妙齢の女性は霧のように空間に溶け込んでいく。

 そこ場に残るのは光り輝くマイコと動かない福田だけであった。


『ふむ、まだ生きておるか。そなたはまだ死ぬ運命にない。立ち上げれ日本の戦士よ』


 橙色の粒子を発生させると福田に鎖骨付近に集まり、肩や無くなった骨や筋肉を生成していく。暫くすると目には光が灯り、間抜けな顔を晒している。


「ファッ…………どうやらまだ生きているようですね……ところであなたはどちら様でしょうか? 私は福田と申します。しがないマネージャー業という職を営んでおります」


『…………我は“アレ”の元旦那だ。名は言えぬ。聞いたらこの世に帰って来られぬぞ? 通称ならばよいか……国産みと言われるものだ、みだりに名を口にするでないぞ? ではな』


 言いたいことだけ言ってマイコに取り憑いた人物は体から抜け去って行った。現在のマイコの中にはいないようだ。

 国産みの神であるらしいことを目を覚ましたマイコに伝えるとどこか納得した様子だった。


 現在の状況を事細かに伝えると、声を出し溜息をついていた。

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