第39話燃え尽き症候群でつ

 ピピルが歌い終わるとドームを揺らすような歓声が続いている、まるで彼女が主役とばかりに観客が絶賛している。


 ――気に入らないわ。


 オリビアはひとり静かに歯噛みをする、歌の怪物であるパルルばかりに目が行っていたのだ。

 改めて魔法少女“ユニット”に目標を定める。

 ピピルも十分バケモノだったのだ。ああも観客を熱狂の渦に巻き込むにはなにかしら持っていなければ出来ない、恐らく最近開花した才能なのだろうまだまだ荒削りのようだ。


「――だけどね。格の差というもの見せつけてあげるわ」

 

 獲物を捕らえんと肉食獣のように口が弧を描き爪を研ぎ澄ませるオリビア。

 ステージ中央へ向かう姿は堂々としており、王者の風格が漂う。





 先程とは風景もガラリと変わり『氷極世界』まさにその言葉が全てを指し示す。


 オリビアの表情にはなにものも写ってはいない、全てを凍てつかせ何物も寄せ付けない全てを支配する眼差し。ドーム内の空気は凍り付き物音ひとつしない。


「……“a”――――――ッ!」


 たったひとこと。ひとことだ。綺麗の伸ばされビブラートすらかけていない一文字の言霊が世界を支配する。


 心臓が鷲掴みにされ鼓動を許さぬ威圧感。


 波動のよう冷気が広がり凍てつかせる。


 オリビアという楽器が他者を圧倒する旋律を奏でる。


「la――la――la――――ッ」


 ――私を見なさい


 ――私に見惚れなさい


 ――私だけを見つめなさい

 

 彼女に捕らわれてしまった観客はじっとオリビアだけを見る、もう彼女以外に目が向かない、彼女に魅了されたのだ。

 なにものも寄せ付けないカリスマ、世界の歌姫は健在だ。

 

 ――これがオリビア・シルエット。私こそ世界の歌姫よ。


 トドメとばかりに音の吹雪が荒れ狂う。曲が終わるまで観客は微動だにしない、飲まれてしまっているのだ。


 曲が終わり、メロディが終わっても観客は口を開けて微動だにしない。

 オリビアが人差し指を曲げ、自らを賞賛をせよと命令すると大喝采が巻き起こる。その女王様気質も好意的に受け入れられたようだ。


 ピピルの英雄の歌よりも熱量の上がり方が凄まじい。

 これが女王よ。と言わんばかりのドヤ顔をオリビアが晒している。


 自然とピピルの拳に力が入る。


 会場で勝敗を決めるデータが収集され発表が行われる、舞台上にはオリビアとピピルが佇んでいる。

 

 場内の歓声と熱量が両者に集まる妖精の光によって判断される、誘蛾灯のようにオリビアにひらひらと妖精たちが集いだす。

 

 勝敗は一目瞭然だった。女王に集う妖精たちはオリビアを選んだのだ。

 観客からは惜しみない拍手が送られ、ピピルにも声援が送られる。

 どちらも素晴らしかった。だが女王の貫録をオリビアが見せつけたのだ。


 オリビアはピピルに敬意を表して握手を求める。自らが下した相手にはとても寛容になれる女であった。

 

 苦笑いしながらもピピルは握手に応じると笑顔で観客に手を振る。


「あなた、なかなか良かったわよ。だけどね、私が女王よ」


「う、うん。そ、そうですね……」


 高飛車な態度で接してくるオリビアだがやけに品があり嫌味な感じがしない。

 

 ――そりゃ世界的な有名な歌姫じゃ勝てないよう……。


 ――勝てる気は確かにしなかったが、楽しかった、とても楽しかったんだ。


 感じたことのない快感を体験したことによってピピルはとても充実していた、自らの歌でこんなにも人を感動させることができるなんて、と。


 負けた人物の表情とは思えないくらい晴れ晴れとした笑顔だった。

 その笑顔にオリビアはこの子は上に上がる才能という者があるようねと、値踏みをしていた。実際の所本業は魔法少女なのであるが……。





 たった二曲、時間にすれば数分間、それだけで観客の満足感は凄い物だった。

 これから始まるメインイベントのパルルとオリビアに対決を見たら一体どうなるのかと戦慄せざる得ない。


 引き続きオリビアが持ち曲を歌い上げるも熱狂の渦に巻き込まれる、まるでオリビア単独でライブを行っているかの反応だ。

 皆彼女に引き込まれてしまったのだ。

 オリビアは勝利を確信した、このまま魔法幼女に勝利し最後まで歌い上げるのは私だと……。


 そう思えたのは彼女が歌を歌い始めるまでの短い間だけであった。


 とてとてと舞台に来るまでは可愛い幼女。『パルルちゃーん』と観客席からも応援の掛け声が上がっていた。


 がんばりましゅ、とマイクが声を拾いほっこりすらしたものだ。


 ふんすふんすと友達であるピピルが負けたことから気合が入っていたのだろう。

 立ち上がるオーラが目に見えるほどだ。実際威圧感が出始めている。


 激しいアップテンポの選曲を下のだろう入りのドラムバスの重低音が体に響く。

 

 これはカバー曲だ、国民的に有名なアニメの……。


 若干の失望感を胸に抱きながら暖かく見守り始める観客達。


 だがイントロに入り歌を歌い始めると……。


 心から燃え上がる正義の心、悪を打倒せと轟叫ぶ。

 観客は全員立ち上がり拳を握りしめる。

 そして続けと言わんばかりに国民的に有名な歌を口ずさむ。


 会場にいた観客も、ネット中継で視聴している子供も大人も。

 何十万人もの大合唱が街にも響き始める。


 海外にも理解できない日本語の歌を口ずさむ。

 なにか歌に力が宿っているのだ。

 パルルの身体からは黄金の粒子が溢れ出ると拡散していく。

 

 ちっこいお手々を握りしめ歌い上げる。

 ぴょんぴょんジャンプしながら間奏の間を踊り始める。


 見ている人もいない人も疲れ始めている、とんでもない熱量を発散しているから。

 街中でも歌っている人がいてそれが他者に感染していく。

 

 仕事中も運転中もはたまた学校の授業中にも。

 当然すぐに騒ぎになる。なんで有名なアニソンを歌っているのだと。


 すぐさま原因はわかった。それが分かると、ああまたかとため息を吐き通常生活に戻る。

 世界では混乱しているが日本では当たり前になりつつあるパルル。


 そろそろ迷惑の掛け方が世界規模になり始めているのだが。


 オリビアは舞台上に膝を突きながらも共に熱唱してしまっている。

 その顔には涙と鼻水でぐちゃぐちゃな女王の姿があった。


 プライドはずたずたに傷つけられ、心から敗北をみとめてしまう……。


 ずるずると鼻水を啜りながらも――敗者は敗者らしく負けを認めなければいけない。と、思いながら聞き取りにくい程の小声だが辛うじて歌を歌っている。


 どちらが勝者かを判断するまでもない。


 世界中の熱量なんてものを計測何てできないのだから。





 (パ`・ω・´)あー楽しかったでつ





 ドーム会場からは観客が物過ごくやり遂げた顔をしながら帰って行く。

 僅か四曲という前代未聞の短時間ライブであったのにも関わらず、批判がでないのは最後のカバー曲で歩く体力すら消耗しすぎたからだ。


 一緒に何万人もの観客と全身全霊も持って歌い上げた。ただそれだけだ。


 心に正義を宿し、意気揚々と自宅に帰る。きっと明日に筋肉痛でへばっているだろう。


 オリビアがドーム内の撤収作業を眺めながら。呆然としている。

 まるで魂を引っこ抜かれたように生気を失っている。


 隣に座るパルルとピピルはうまいうまいとお菓子を貪り食っている。


 心がバキバキに粉砕されたオリビアはもはや声を掛ける元気すらない。じぃっと見つめているとパルルが声を掛けてくる。


「オリビアしゃん楽しかったでつね、また一緒に歌いましゅ!」


「――…………楽しかった…………ふふ、そうね、楽しかった……か……そうね、確かに楽しいは大前提ね、そう言われれば楽しかった、のかしら? 追いかける何てことなかったものだから……たしかに私は今日全力だった、充実していたわ……そうね、ありがとうパルルちゃん。なにかつかめた気がするわッ!」


「それはよかったでつ、ピピルしゃんも楽しかったでつねッ!!」


「どんな人の前も変わらないパルルちゃん超カワユッ!!」


 ひっしとパルルを抱き上げるとポーンと空中に放り投げ高い高いをやり始めてしまう。その姿を見つめるオリビアはなにか憑き物が落ちた顔をしていた。


「ふふ、本当に楽しかったわ……また私と遊んで頂戴ね、パルルちゃんにピピルちゃん……」


 設営にまじっているぷいぷい団たちもまたかよ、と思いながら二人を微笑ましく見守っている。この二人が笑顔でいるうちは日本は平和なんだろうなと安心感を抱く。



 オリビアは帰国の準備に取り掛かるまえにサイン色紙を持ってパルル達にサインを強請る。不思議そうにする二人にオリビアが。


「私もあなた達のファンのひとりよ? サインをもらうのはあたりまえでしょう?」


 物凄く高飛車な態度でサインを求められてしまう二人、悪い気はしなかったので可愛く『パピル』とユニット名と共に各自の名前を記入する。


 オリビアは満足そうにサイン色紙を抱きかかえると帰って行く。

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