第38話戦え! 勝利せよ!!

 東都ドームコンサート当日、会場は人で溢れていた。チケット予約は数分と経たずに売り切れ生配信を行うネットチケットですらすさまじい勢いで売れて行った。


 転売対策に各個人がもつスマホにセキュリティーコードが配布され、本人認証が行われる。テロ対策の為のボディーチェックも厳重に行われており。警備班に緊張感が漂っている。


 VIP席で観覧できるチケットはぷいぷい団に優先的に配布されている。メイコ一家やトメコおばあちゃんと古本屋の老店主すら招待されている。

 

「ひまりのやつすごいな……おかーさんこっちこっち、もう、迷子にならないのっ!」


「ごめんね、メイコ。私こういうの来たことが無くって」


「わたしゃこんな祭りみたいに賑わうなんて思いやしなかったさね……」


「トメコよ、今時の若者はこんなにもげんきなんじゃなぁ……」


 トメコもメイコも顔見知り程度には会話をしたことがあるらしく、席も近くにまとめている。ご老人たちにはこの人込みは苦手なようだ。

 運転士△氏や絵描き屋エム氏、トッツキングなども勢ぞろいしている。


「田中氏は彼女を連れてこなかったのかのですか? 最近お付き合いをされたと聞きましたが……まぁ僕はいませんがねッ!!」


「エム氏よ……それはいわねえ約束だぜ……仕事だってよ……泣く泣くあきらめてたぜ……」


 なんと運転士△氏もとい田中ヒトシには彼女ができていたのだ。組織運営を行っていく上で付き合いのある企業先の受付をしており、飲み会に誘われ仲良くなったのだ。もちろんバックになにもおらず、シロであることが確認されている。ぷいぷい団は急速に大きくなりつつあり、ハニートラップなども警戒せざる得ないのであった。

 口元にホクロがあるおしとやかなお姉さんと評判だ、田中氏とも仲良くやっている。





 会場内にいるチケット代にも含まれている大量に製造された網膜投影される通称おしゃれ眼鏡を着用することとなっている。複数個入手したい場合は物販で販売がされている。

 新開発されたグラスを狙い、こぞって転売目的で大量購入している猛者もいるが数日後に確実に手に入るよう再販の通知を行う予定だ。爆死確定の仕入れ屋たちに物販担当者は笑顔でバンバン売りさばいていく。

 流行りのフレームを使用しており、おしゃれとしても楽しめるのでぜひ普段用に使って欲しいと販売員はセールストークを展開していく。

 

 オリビアと魔法幼女のグッズであるポスターやオリジナルCDなども並べられているのだが、コンサートが終わる前には完売してしまっていた。


 よくぞこの短期間でここまで用意したものだと感心してしまう程、企業が全力で協賛しているらしい。

 大量の人と金と物が動いている今回の企画の注目度もかなり高い。


 間もなく開演の知らせがアナウンスされ、眼鏡の着用を行うように通達される。


 いそいそと入場者全員がおしゃれ眼鏡を掛けている光景はかなり異様である。


 かけた眼鏡から網膜に投影される映像は周囲に驚愕を持って迎えられた。

 

 視界に移るのは巨大な天空島。

 

 その周囲を観客席が浮かんでいるのだ、思わず席から転びそうになる者もちらほらいる、高所が苦手な人物には眼鏡のサイドにあるフレームを軽くつつくと視界変更ができると説明が表示される。


 今日の為に急遽用意された音響などの設備もかなりの数が揃えられており、溢れる臨場感はVR映像とは段違いである。


 オリビアの発案でこの魔法幼女との対決コンサートが開催された旨と勝負の判定の内容が案内される。

 

・会場内の熱量。歓声を判定し総合的に高かった方が勝利とする。

・勝負は先攻と後攻、交互に行われる。勝負曲数は三曲。判定が難しかった場合アンコールもあり。

・勝者は勝負終了後のコンサートの権利を得る。


 以上の事が説明された。歌う順番のスケジュールも決まっており、一曲目はピピルが担当し二曲目にパルルがソロで歌い上げる。先攻は若手である魔法少女ユニットが行い以降は攻守交替する。


 観客全員に案内が終わるとドーム内は暗転し中央の舞台に照明が照らされる。


 まず初めにオリビアが中央にある巨大通路の上をウォーキングしながら登場する。メタバース的表現でオリビアが歩む、一歩一歩に氷の道ができて行く。

 それは冷徹な氷の女王を思わせ恐れを根源的に抱かせるように思える。

 

 表情までもが確認できるよう視界の隅にもズームされたモニターが観客には表示されている。

 一切の後塵を拝させないと確固たる決意を感じさせる表情の歌の女王。

 彼女の強烈なプレッシャーに観客は畏怖すら感じる。


 ドーム中央に辿り着くとくるりとターンを返しつつ、流し目を送って来る、その冷徹な眼差しに胸をドキドキさせた男性は少なからずいるであろう。


 歌の女王を照らしていたスポットは薄暗く暗転し、次に魔法少女ピピルが入場してくる。


 パルルとおそろいの金髪碧眼に、愛らしい容姿。

 観客席にフリフリと手を振りながら歩む姿は親近感を抱かせる。

 女王とは違い歩む先を開かせるのではなく歩む後に続く色とりどりの花が印象的だ、道を開けるではなく道を示す。これほどの痛烈な対比はないであろう。


 我に続けと命令するまでもなく花々が咲きほこり、追従する。

 その人柄には民の安寧を願い人を引き付ける聖女の性質。ついて行きたいと思わせる安心感が伺える。


 無条件に信頼を抱かせる畏怖とは違うカリスマ性が輝いている。


 中央に辿り着くとシュパパと軽く演武を行うと空気が破裂し会場内に響き渡る、裂帛れっぱくの掛け声はビリビリと伝わり、観客の背筋を正させる。

 気迫の力にとカリスマ性と掛け値なしの英雄然を感じさせる。


 最後に空中に光が集まり妖精の踊り子が舞い始める。その中にひときわ大きな花のつぼみがありゆっくりと展開していく。そこに眠っているのは【妖精の女王】。


 本当に寝ていたかのように目をくしくしとこすりながらおくびをし、ふわりふわりと浮かび上がる。

 自由奔放を体現するかのような気ままさに思わず観客をほっこりさせる。

 

 実際に寝てしまっていたのはぷいぷい団だけの知る秘密であった。


 会場中に舞い踊る妖精たちは女王の目覚めを祝福する、見ているこちらも元気ななる光景だ。威厳もなく威圧感もないカリスマ性があるわけでもなくただただ可愛い。自然体なのだ。全てが。


 “そこ”に居る事が当然と世界が主張する。何者にも侵されず、何者にも汚されない。その事実に観客は気づかない、“不可侵”の存在であることを。


 何人たりとも彼女の行動を止めることはできぬ。


 その事に気がついているのは皮肉にもオリビア自身だけであった。

 その超然とした雰囲気にのまれそうになるも歯を食いしばり耐える。

 後日、彼女はこう語った。“あれ”は一体なんなのだ……と。





 役者が出揃いいよいよ舞台の幕が上がった。


 先攻であるピピルが中央に残るとオリビアとパルルが舞台上から後方に移動する。メタバースが現実と重なり中央の舞台はいにしえの崩壊した神殿へと移行する。崩れ落ちた石柱に逞しくも罅割れた隙間から生えている花々。

 生命の逞しさを感じさせると共に、我らは生きていると花々が主張する。 


 郷愁ともの悲しさを感じさせる舞台の中心には顔を俯かせて表情の見えないピピルが佇んでいる。


 会場の空気は穏やかな雰囲気が流れ、ピピルの歌声を今か今かと待ちわびる。


「――――…………」


 細々と呟かれる歌声は耳をくすぐられ脳髄を駆け巡る。

 体に芯に響くような言霊は草原を駆け巡るような清涼感を感じさせる。

 草木が風に撫ぜられ波をつくり駆け抜けて行く。

 幻想風景を駆け抜ける歌声はあたかも虚構と現実の境目を惑わしていく。


 心に灯るは安らぎの暖かさと癒しの清涼感。

 歌が紡がれる度に我を忘れ聞き入ってしまう。

 

「――――ッ! ――ッ!!」


 歌の紡ぐ物語は佳境をむかえ物々しく激しくなっていく。

 人々の声に先立ち立ち向かう勇気。立ち上がれ民よ! 戦え民衆よ戦士達よ!

 鼓舞するかのような英雄の歌声に心が奮い立つ。

 戦え! 戦え! 勝利を! 勝利を!


 手に汗を握り、本物の英雄を幻視する。

 巨悪を討ち果たし我らは勝利するのだ!

 

「――!! ――――――…………」


 とうとう巨悪を討ち果たし勝利する。

 だが民衆には喜びの声も勝利の雄たけびもなかった。


 我々は失ったのだ。本物の英雄を……。


 歌はそこで終わり悲しみに暮れる。

 曲が終わり爽快感と高揚感、そして喪失感。

 波に揉まれるような感覚はそこで終わり。涙が零れて来る。


 英雄の歌声を聞き届けた観客は全員総立ちすると盛大な歓声を拍手を送るのであった。

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