第32話幻想世界・天空島

 開演前の待機所には幻想的で綺麗な風景が全方位に広がっていた。

 場所は天空島、視線の先には巨大な城を背景にしたコロシアムのようなコンサート会場が設営されている。

 神殿のような柱や舞台には古代神聖文字のような文様が刻まれており、凝ったテクスチャーが張られているなと観客はマジマジと観察している。


 コロシアム外にも移動が可能であり、天空島から眺める大パノラマは空気感すら感じさせ、生命溢れる森林や壮大な山々が視界一杯に広がる。


 特にSANYサニーのVRゴーグルを購入していた観客は大勝利である。

 もちろんスマホに広がる画面から見る技術でも、企業が挑戦する事すら断念しそうなほどに高クオリティーだ。

 どこが開発した新技術なのか? と、大騒ぎするも技術提供の欄にぷいぷい団と書かれているのを見ると。ああね、と妙に納得された。

 この技術か、メタバースを使用することができないかと申請を送るかどうかを、大企業のSANY、サクエニ、人天堂などの幹部が待機所で会議を始めてしまう。


 こんな技術、特許に出願すらされていない。恐らく真似すらできない未来技術であろうことは見ての通りだ。


 気を利かせた管理人なる人物からメタバースの情報開示と使用許諾の申し込みの詳細が記載された通知がぴょこん眼前にステータス表示されると、さらに企業勢の興奮度は上昇していく始末だ。


 上空に巨大スクリーンが魔方陣のエフェクトとともに出現すると今までの魔法幼女の活動が軽快な音楽と共にPVとして流されていく、映像の隅には開演まであと三十分とご丁寧に案内まで書かれている。


『これ、しゅんげー! 夢のフルダイブシステム完成まで待ったなし?』『なにこの空気感……嗅覚機能なくても脳内再生されそうだわ』『我が国にもこの技術を回収できれば……』『契約料は年間契約で数千万か……安いな』『あれ、他国の人の言語が分かるんだけどこれ何?』『え、まじだ。ナニコレ、バベルの塔かよ』


 多国籍の人々が集うサーバーには同時翻訳機能まで搭載されているようだ。歌は国境を越えるという名言を実現させるためにハカセが開発したようだ。もはや何でもありである。


 高層ビル並みに外縁部がせり上がるように作られているコロシアムの収容人数は二十万人を超える。サーバーがわけられていないごった煮状態なので追加の人員が増えれば空中に観覧席が展開される。


 ヨウチューブでその様子を特等席で観覧できるがアバタ―を操作し自由に楽しむにはアプリを取得しなければならない。もちろん監視の為のスパイウェアをこっそり忍ばせてあるので情報はぷいぷい団の物だ。


 あーだこーだ、観客が歓談をしている最中に間もなく開演、と。スクリーンが表示される。コミカルな魔法幼女がアニメキャラのように案内をしてくれている。かわいい。


 舞台上にキザッたらしいパリッとした執事服にオペラマスクを被った人物が現れる。


「ようこそ、ぷいぷい団主催のコンサートへようこそ、我がメタバースはお眼鏡にかないましたでしょうか? 企業関係のお客様には詳細につきましてはメールにて連絡をさせて頂きます。応援等制限はございませんが入力されたコメントは随時検閲がはいります」


 観覧の為の注意事項の説明が行われる。観覧者一同、質問や疑問はあるがひとまず静観を貫く。


「なにせ無料で提供される配信です、使用される楽曲はすべて許諾を得ております、オリジナル曲もございますがあくまでであることを御留意ください。それではみなさま暖かく見守ってくださいませ」


 天空島の青空が一転し星空へと切り替わる。

 ふわりふわりと淡いパステルのような光の玉が湧き出て来ると、コロシアムが幻想的なで儚い空気に包まれる。

 よく見ればその光は小さな人のような形をしている。

 

 目が合うと観客に接近していきその正体が判明する――妖精だ。


 彼らが自らの身体の周囲を発光させ幻想的な雰囲気を演出しているのだ、まるで生きているかのように笑顔を浮かべ手を振り返してくれる。


 その光は舞台上空に段々と集まり人間の大きさに集まって来る。


 眩く光り輝き目が耐えれる限界まで訪れると――




――降臨する




 その瞬間観客の心臓が止まるような錯覚を起こす。

 真に素晴らしい物、美しいものを目に入れると鳥肌が立ち心が鷲掴みにされる。


 フリフリのゴシック調のドレス、全身には煌びやかな宝石が埋め込まれ、妖精の美しい光が乱反射する。

 目を瞑り俯いた幼女と少女が向かい合い、両手の平をぴたりと合わせている。

 ふわりふわりと空中に浮かぶ美しい少女たちはまるで本物の妖精、いや自然を司る精霊のようだ。


 向かい合わせの少女たちが目を開き手を叩き合わせた瞬間。


 晴れやかなる『楽』のエネルギーが会場を支配する。


 聞きなれた有名なアップテンポのポップな曲だ。

 だが違う、何もかもがまるで違うのだ、耳を叩く楽器の音質は生の演奏よりも荘厳で観客の身体にリズムを強制的に叩き込む。踊れ、歌え、と。


「――――――ッ!!」


 幼女とは思えない声量で楽しく、溌溂に歌い、舞う。神殿に奉納されるような神秘的な舞が観客に目を捉えて離さない。


 ビリビリと伝わる感覚は現実ではないはずなのに――なぜ手が震えているんだ。


 十万人以上もの人間を狂わせ魅了する、全ての観客が同じことを考えていただろう。これが魔法幼女か、と。

 

 今まで感じたことのない快感にひたすらに酔いしれる、麻薬だ、これは中毒性のある麻薬なんだと理解する。


 放心状態のまま二曲目にメロディーが繋がるように切り替わり魔法少女にバトンタッチされる。

 

 周囲の雰囲気が静謐せいひつなものになると明るさが薄暗くなり夜中に焚火に当たるような仄かな光が少女を存在感を引き立てる。


 暗闇の浮かび上がる儚げな雰囲気は歌の性質とマッチしており、心には先程の『楽』とは一転して『静』の秘めたるエネルギーが満ち満ちる。


 心の情動は穏やかになりゆりかごに揺られている気持ちになる。


 もちろん古き良き名曲であるバラードのはずが、魔法少女が歌い上げれば母なる偉大さを内包する子守歌に変貌した。


「――――。――。――――――!」


 子の無事を祈る素晴らしい曲であり、昔を懐かしむ曲が母なる大地を連想させてくれるとは……。


 いつの間にか目元には暖かい涙が頬を伝っていた。


 ミュートされているので観客同士の声は聞こえていない。しかし、俯いている者の顔には涙を流しているのが容易に分かる。


 数曲ほど聞きなれたはずの曲が、聖歌へと昇華され最後のオリジナル曲へと切り替わろうとしていた。

 オリジナルはハカセが編曲、作曲しパルルとピピルが考えた歌詞だ。


「次で最後になりまつ、ウサギしゃんも、猫しゃんも、ワンちゃんも聞いてくれてありがとうでしゅ。頑張ってお歌を書きましゅた」


「パルルちゃんこんなにワンちゃん猫ちゃんと動物一杯で可愛いねぇー」


 観客はハテナマークが浮かび上がるが、魔法少女たちには可愛い動物の姿で観客が表示されている。

 ステータスの注意事項をよく読むとそう書いてあった。


「それじゃあ歌うでつよー! 『友達との思いで』」



――――――。



 心臓が物理的に止まる。思い出すように呼吸を開始するが冷や汗が止まらない。


 彼女、いや、魔法幼女が感じたこと、寂しかった、楽しかった、辛かった、嬉しかった、悲しかった、怒りを感じた、憎しみをもった。


 もうぐっちゃぐちゃだ。


 なにがあったのかは分からない。辛い事の方が多いかもしれない。


 彼女が感じたことがダイレクトに伝わってくるのだ。


 喜怒哀楽全ての感情が……胸が痛い……苦しい。


嬉しい――悲しい――楽しい――憎い


 繰り返される感情の渦に巻き込まれ自分がどこにいるのかさえも分からなくなる。人生でここまで感情を揺さぶられた事などないだろう。


 いつの間にか観客は全て総立ちであり、食い入るように感じている。


『悲しかったんだな、分かるよ、俺もそんなときがあった』『よかったね、楽しかったんだッ! それはとても素晴らしい物なのね』『許せないな、その怒り共感するよ』『痛い痛い痛い、君はそんなものを抱えていたのか……』『ハハハッ踊れッ! 舞えッ!』『ああああああ゛ッ!』『親か……孝行しなきゃな……』

 

「――――ッ! ―――――――――――、――――」


 歌い終わると同時に脱力。


 魔法少女たちは光となってひらひらと霧散していく。

 暗転していた景色は明かりを取り戻しキラキラと光が舞い上がっていく。



――終わった……のか……?

 


 観客は通常の呼吸を自らに取り戻し正気に戻っていく、溢れる涙は止まらずに頬を伝い続けている。


 余韻に浸る間もなく、ファントムマスクの男からのアナウンスが始まる。


「みなさま、お楽しみいただけたでしょうか? これにて閉演となります――数十分後自動でログアウト処理がされます、それまでにご歓談でもどうぞ。では」


 言い終えると姿を消しどこかに行ってしまった。


 観客は友人知人などで感想を言い始め騒がしくなり始めた。

 もちろん企業勢も恐ろしいユニットの誕生に恐れおののく。

 

 果たしてあの歌声を聞いて正気でいられるだろうか……と。


 世界平和などというものはお題目に過ぎないと思っていた。あの歌声を聞くまでは。事実彼女たちは本物の聖女なのかもしれない。

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