第26話…………でつ。

 自宅で寝ていたひまりはハカセからの異常事態の知らせを受けすぐさま変身を開始すると、小さな体は光り輝きフリフリピンクのゴシック調ドレスへと変わっていく。

 先程のハカセの様子がおかしくなっていたのが気になったひまりはパルルに変身すると、友達の元へ急いで向かうように空へ飛びあがり速度をドンドン加速させていく。


 今朝から関東一帯に振り始めた雨がぱるるの肌を叩き、冷たい水滴を高速で弾いていく。

 シトシトと雨が降る陰鬱な雲模様は現在の心を表しているようだ。


 高速で飛翔するパルルの速度は凄まじくおやびんが通っているだろう小学校へとたどり着く。

 現在の時間帯はまだ授業が行われており学校の教師が教団に立ち授業を行っている。

 なるべく教室の生徒の視界に入らないように窓の外からおやびんに念話を行う。


『おやびん、今おかしなことになってましゅ。おやびんは無事でつか?』


 おやびんである小学生のメイコはこちらを向きゆるりと指を刺し始める、その表情は凍るように冷たい笑顔で親愛を感じさせない。


 やがて指がパルルを指し示すと。


「先生ッ! 犯罪者の魔法幼女がそこに居ますッ!!」


 教室中に響く声でそう叫んだ。その顔は子供がするような表情ではなくにちゃりと気味の悪い笑みを浮かべていた。


「なんですってッ! みなさん避難を! 先生が警察に通報します」


 教師や生徒らがこちらを視認すると慌てて逃げ出していく。

 中には暴言を吐き捨てて行く生徒もいるようだ。

 メイコは窓を開けると勉強に使用していた筆記用具などを投げつけて来る。


「お前! お前のせいでみんなが不幸になった!! おとうさんも死んだ! みんなみんなお前のせいだ!!」


 先程から筆記用具等、様々な物を投げつけられパルルの体に物がぶつかっていく。

 パルルの顔は泣き出しそうになり俯いたままだ。


 空しくも物をぶつけられても怪我はしない、体に変化はないが心は大きく傷を負っている。


「おやびん…………なんででしゅか…………」


 鬼の形相で親の仇の如く猛烈に攻撃をしかけてくるメイコ、いつもたのしく遊んでいた笑顔のメイコはそこにはいない。

 ふらふらと上空に退避するパルルの身体には容赦なく雨が降り注いでくる。


「そうだ、トメコおばあしゃんの所に行かないとでしゅ……」


 さきほどうより幾分か落ちたスピードで飛翔するも心なしか元気がない。





 見慣れた呉服屋の入り口に辿り着く、普段お勉強や色々な事を学ぶために来るため、ある意味パルルにとってここは学校であった。


 店内に入ると履いていた靴をポンポンと脱ぎ捨てると、室内にいるはずのトメコに話しかける。


「トメコおばあしゃんッ! みんながおかしくなっているでつ! おばあしゃんはぶじでつか!?」


 トメコはゆっくりとパルルに振り向くとやけに嬉しそうな深い笑みをしていた。


「あらあ。らあら、パル。ルちゃんね。 こち。らへいら。っしゃい? 茶菓。子も用意し。てるわよ?」


 いつものてんやんでい言葉はなりを潜め、ご婦人口調の綺麗なトメコがいた。


「……おばあちゃんは無事でつか……なんでいつもの言葉使いじゃないんでしゅか?」


「ん? 教え。ている私が汚。い言葉を使。っていて。はいけな。いでし。ょう? それよ。りお茶を。入れるわ。ね、待っ。ててちょ。うだい」


 お茶を入れに行くトメコからは嘘の匂いが漂って来ていた、トメコもダメだったのかとパルルは力なく畳に座り込む。


 気力が湧かないパルルはボケッとしていると店外から複数の警察官がドカドカと土足で室内に入って来る。


「魔法幼。女だなッ! 大人し。くしろ! 店を強。盗しに入。り込む。なんて最。低な奴。だな!!」


 複数の銃口がパルルに向けられている、こちらを見つめる表情は正気ではない。

 後方に佇んでいたトメコが口を開くと。


「ええ、ええ、小汚いガ。キが強。盗しにきま。してね…………まっ。たく、あんだ。け物を教え。てやってた。のにさ、とん。だ恩知。らずだね。さっさと連。れてってお。くれ」




――構え。撃て。




 魔法幼女の額と心臓を正確に狙って銃弾が発射される。


 体表に展開されている何かが銃弾を弾き飛ばす、思い入れのあるちゃぶ台やお気に入りのグラスなどが跳弾で破壊されていく。

 パルルの心の拠り所を無残に踏みつけられて行く。


「全然効い。てな。いじゃな。いかい、警。察さんと。っととその化。け物を始。末してお。くれさね」


 もう親代わりである先生おばあしゃんの言葉を聞きたくないとベランダの窓を突き破り、パルルは逃走してしまう。









 もう味方がいない。


 あれからぷいぷい団幹部の元に向かったのだが、みんなおかしくなってしまっていた。

 銃を向けられ物を投げつけられ街行く人々に罵声を浴びせられる。


 大通りにある街角の巨大スクリーンにも魔法幼女を批判するニュース番組で一杯だ。

 どうしてこうなったんだろうと力なく冷たい空を漂っている。

 膝を抱え小さな体躯は雨に晒されている。

 とめどなく流れる涙は流され消えて行く。


 そういえば元々はひとりで頑張っていたんだっけ?

 友人に仲のいい知り合い面倒見のいい先生。

 

――楽しく笑っているから罰が当たっちゃったのでつか…………。


 パルルを救ってくれる人がいない、むしろ最初に戻っただけではないか。と心に折り合いを付けようと幼心おさなごころは防衛本能を働かさせる。


 すると何かを頭に叩きつけられる感触がするも空中に滞空を続ける。


「固いわねぇ。あんた何でできてんのよッ!? ――ハハハッなにそれその顔。うっけるー! どう? みんなを操られた感想は?」


 紫色の衣装を纏った小学生くらいの少女が眼前に現れていた。確かな名前は――


「わたしはシャオリーよ? あんたが攻撃したAUの主席である偉大なパパの娘よ?」


 パルルの瞳が金色に輝き怒りのオーラが周囲に立ち昇る。


「あらあら、早まらない方がいいわよ? わたしの意思ひとつで日本国民、全員自害するわ? もっちろんあなたの大事な大事なお友達とやらも……ね? ――ふふふ、あーははははははッ!」


 光っていた金色の瞳も覇気もすべてが消沈しゆっくりと降下していく。


「あ、わたしを殺そうとしても無駄よ? わたしが死ぬことで思念が途切れると自害するように仕組んでるから。大人しくあなたは我が軍門にくだりなさい? 光栄に思うことね――本当はパパに気に入られるなんて殺したいくらいむかつくんだからッ!」


 唯一会いに行かなかった家族とも呼べる人物がいた。

 もしおかしくなっていて暴言や暴力を受けたら本当に立ち直れなくなってしまうからだ。


 身体は頑強になろうとも心は幼い子供なのだ。


 シャオリーの不快な甲高い声もすでに聞き流している。

 どうすればいいかも分からない。誰も助けてはくれないからだ。


 パシンと羽衣のようなもので叩かれてもビクともしない。


「――こいつめこいつめこいつめッ! なんで効かないのよッ! 少しくらい苦痛を味合わせてやりたいのに!」


 先程から日本語とは思えない言語を発しているが魔法的処理が自動的にされパルルの耳に入って来る。


「クッソがァッ! 妖艶紫衣完全開放ッ! 巻き取り握りつぶせええええええッ!」


 羽衣がパルルの全方位から襲い掛かると小さな体に一枚、二枚と段々と巻き付いてくる。

 呼吸ができなくなるも極低温下や無呼吸活動すら会得しているスーパーボディにはマッサージ程の効果しかない。


 だが――――このまま眠ってしまうのもいいでつね…………。


 心がすでに死んでいた。

 ここまで幼女は頑張って来た、家族に会いたいという一心で。


 励まされ、ワクワクして、家族の居ない寂しさを少しだけでも癒されていたからこそ頑張ろうとできたのだ。


――もう誰もいないでつ。このまま死んだらおかしゃんとおとしゃんに会えしゅかね…………。


「――……ひま…………――ひまりちゃ…………――ひまりちゃああああああんッ!」


 遥か遠くから聞きなれた愛おしい姉の声がかすかに聞こえた。


「ひまりちゃああああああんどこおおおおおおッ!? 学校のみんながおかしくなって家族までもひまりちゃんのこと悪く言うんだよ! どこおおおおおお!? ひまりちゃああああああん!」


 少し間の抜けた声で情けない事をいう姉にパルルはクスリと笑う。


 その心に響く暖かい声は間違いなくいつものマイコだ。


「う゛ああああああああああああああああああッ!!」


 妖艶紫衣から展開されているすべての羽衣をぶち破る。物質化していた羽衣は霧となりやがて消えて行った。


「え゛? なんで? なんでなんでなんでなんでずるいずるいずるいずるいッ!! わたしが一番つよいんだもん!! パパ言ってたも――――」




――――めぎぉっ




 移動の兆候すら見せずに打撃の姿勢だけが視認できる。

 小さな怒りを伴った崩拳ボン・チュエンがシャオリーの腹部に突き刺さる。

 ペキキキ、とシャオリーの肋骨が複数砕け散り、少女は吐しゃ物ゲロをまき散らしながら背後にあるオフェスビルの窓にぶち込まれた。


 ゲロ女をパルルは放置してマイコの元へ駆けつける。

 雨に濡れながらも必死にパルルを探しているマイコにはかすかに金色のオーラが漂っていた――まるで何かの加護を受けているようだ。


「ひまり、あ、パルルちゃんッ!! やっと見つけた!!」


 その、マイコの笑顔はまるで太陽のように眩しく、パルルにとっての唯一の希望の光となった。

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