第17話絵描きさんがふえましゅた




――誰か助けてください。




 僕は今――学校の屋上に立っていた。

 

 最後の頼みの綱として祈るように掲示板に書き込みをしたのだがやはり願いは叶わないようだ……。


 教室という小さなコミュニティで行われる壮絶ないじめは僕には耐え切れなかった。


 もちろん親にも、先生にも相談したさ。


 みんな決まって僕の事を悪く言う。


 母親は『気持ち悪い……あなたがそんな風だからいじめられるのよ?』息子に対して吐く言葉じゃない……。


 父親は『いじめなんて一発やり返せばいいじゃないか。お前が弱いからそうなるんだ』と、古臭い武勇伝を聞かせてくる。今じゃそれ警察に捕まっちゃうよ?


 学校の先生は『私にまで迷惑かけないでね? 死ぬなら気付かれないようにしてね?』と迷惑そうな顔をして最悪な事を言ってくる。もう馬鹿らしくなって来ちゃった。


 最後の抵抗として遺書には両親、先生、クラスのいじめたやつらの名前を書いている。証拠を消されないように動画も撮影して飛び降りる前に通報するつもりだ。


 ――そんなことするならなんとかできたんじゃないんだって? 


 死ぬ勇気と嫌がらせしかできないからきっといじめられるんだろうよ、僕が僕である限りそれはきっとかわらないのであろう。


 よく言うじゃないか。優しい人は社会になじめないって。――僕が優しいのかって? ただの気弱な人間さ。


 強くて傲慢で虐げる人間がのうのうと生きていける社会なんてこっちから願い下げだ。


 そろそろ時間だ――来世では異世界転生して俺TUEEEできるといいな。きっと閻魔えんま様に蹴飛ばされると思うけどね。

 屋上から足を踏み出し来世へと向かう。じゃあね――





「あぶないでつよ? 依頼人のIDエムなんちゃらさんでしゅか?」





 僕は気づいたね、天使は本当にいるんだって。だってそうだろう金髪碧眼の美幼女が空飛んでるんだぜ。――ハハッ。


 その神々しさを拝むだけでもうちょっと現世にいてもいいかなって勇気が湧いてくるんだ。掲示板を見てくれてたなんて気づいちゃうと世の中捨てたもんじゃないって思えて来たよ。え、なに? 現金な野郎だって? バッカ、おまえうるせーよ。

 涙で前が見えねえんだ。少し待ってろよ――





下R上LYBX■ コマンド承認





 学校の屋上から移動し、コンビニで買ったパキットアイスを二人で分け合って食べている。

 ああ、これって分け合って食べるの初めてだ、それだけで涙ぐむ。

 少ないお小遣いで買ってよかったものランキングで、たった今ベストテンにランクインしたわ。


 目立つといけないからと近所の神社の境内でハムハム食べてる天使を見るだけで心が浄化されてしまう。

 あれ、なんで、屋上いたんだっけ? ああ、そうそう、思い出したら鬱になって来たわ。


「アイスありがとうでつ、コレおいしいでしゅね――まじっくのジェラートもおいしかったでしゅけど」


「……ああ、ツブヤイターやヨウチューブで話題になっている奴か。パルルちゃんが美味しそうに食べてたやつ。今なかなか食べれないんだってな」


「もっかい行った時に無料券もらったでつ、また行くでしゅよー」


 幸せそうに無料券をフリフリ見せて来る美幼女。

 何しても可愛いなこいつ。


 はぁ…………。


「どうしたんでつか? たしゅけてほちいと願ったんでつよね?」


「――うーん。そうだね、なんて言うんだろう……パルルちゃんに言うのも情けないと思うんだけどね……僕、いじめられてるんだよ……クラスみんなに……」


 思い出すだけで涙が滲む、机を汚され、荷物は捨てられ、蹴られ殴られ、無視される、先生すら見て見ぬふりだ。

 一度話し出すと口から溢れ出る怨嗟おんさの念、留まることを知らない。吐き出しぶつけ、嘆く。


 気付けば大分時間が立っていたのだろう。

 小さな天使が未だに僕の話を聞きながら、悲しそうな顔をした時はパラパラ小雨が降って来るし、怒りを露にする際は髪が物理的に逆立っている。 

 

 それでも真剣に僕の話を聞いてくれている。今僕の中で天使が大天使に昇格し、そろそろ女神へと変貌するであろう。


 ひとしきり毒を吐き終わった僕は天使に奢ってもらったジュースイチゴミルクでグビグビと喉を潤す。――天使はイチゴ好きらしい。


 ガマ口財布がお気に入りでおばあしゃんに作ってもらったとか。つい僕も何かをプレゼントしたくなったが何もない事にガックリきたね。


 絵が描くのが好きでいじめが本格的になる前はよくネットにアップしていたな。


「そのクラスメイトをやっちゅければいいんでしゅか?」


 ……まてよ、そうするとこの天使がクラスメイトを襲ったと評判が悪くなってしまうではないのか……? そんな事ではだめだッ! ただでさえ生きる気力をもらったんだ。なにかないのか方法は……。


「天使ちゃん、相談なんだけどね直接的な解決は君の為にならないんだ……嬉しいけどね……――――こんなことは可能かい?」


「もちろんでしゅッ! 立派なことでつね!」


 僕はお願いしたことを実行してもらいに一緒に学校へ向かう、これはなんだからみんなも喜んでくれるはずだね――待っていろよ。





上上下下LRLRB■ コマンド承認 プログラム実行します





 清浄高校の校長室では現在、特に問題のなかったはずの女性教師がいじめを黙認していたことを、いつ、どこで、どう思い、どう行動したかを告白している。


 教師の後ろには冷や汗を流しながら複数の生徒も同じように告白している。しかも退学届けを持って、だ。


「私は、教師としてあるまじき行為を致しました。どうか厳正なる判断と罰をお願いします」


「ならば、なぜ半泣きで震えながら告白しているのかね? どうもそういうふうには見えないのだが……君たちもだ、撮影された動画の内容はひどいものだったね? なぜいじめの内容を動画に撮影し笑いものにできる? 先生は考慮するが君たちは退学だね、親御さんを呼んで警察も呼ぼう、かの被害者から被害届を提出すると希望が出ている。……これだけの証拠があれば恐らく傷害罪と器物破損、恐喝、金銭の搾取も認められるだろう」


「…………ッ!! ハイッ! 望む所ですッ! 罰をしかと受け止めてきます! 校長先生にはご迷惑をおかけしました!」


 すでに複数の生徒は涙と鼻水を垂れ流している。十数名もの生徒たちはしかできなくなっている。自らの判断ではなくにおいてだ。


 校長はこめかみを揉みながら携帯で警察と生徒の家族を呼び出している。長い長い溜息を吐きながら。


「わたしがめんどくさいなどと思いながら適当に対応しましたことを反省しています。ですがやっぱりめんどくさいのでもう教師を辞めようかと思ってます。――ぶっちゃけストレス溜まっていますので、帰って彼氏といちゃいちゃ飲んだくれて忘れたいです」


 教師だけは正しい事と自分の気持ちを素直に告白するように重ね掛けをされている。現状では大した処分もないからだ。まあ自分に正しい生き方ができるので満足だろう。

 見た目だけは清楚系美人教師で名が通っていたのだが内面はもっとドロドロしててお疲れのようだ。


 校長は今までであの時ほど頭の血管が破裂しそうになったことなどない、と後日友人と酒を飲み交わしながら告白する。





 僕は屋上からパトカーや、生徒の家族が急いできているのを眺めながら天使ちゃんと会話している。作戦はうまくいって。ごっそりあいつらはいなくなるだろう。


 だけどまたいじめられてしまうと本末転倒だ。ここまで彼女に助けてもらったからには僕も強くならなければいけない。


「ありがとう天使ちゃん。本当に助かったよ」


「いいでつよ? したことは正しい事をしてくだしゃいってお願いしただけでつ」


「僕も天使ちゃんにできることはないかな? 絵を描くことしかできないんだけど…………」


「ちょっとまってるでしゅ…………ふんふん…………ふんふん……そういえばお名前なんでつか? エムしゃん?」


「ふふふ、そうだね。僕はエムと名乗るとしよう、絵描き屋エムだね」


「丁度ぷいぷい団に絵描きさんがほしかったでつ。マジカルハッカーしゃんが君の絵は最高にクールだじぇ、といってましゅ――ようこしょ、ぷいぷい団へ。仲間が増えましゅた」


「ああ、よろしく頼むよ天使ちゃん――いやパルルちゃん」


 こうして僕の人生はまるっきり変わることになったのさ。今や組織の絵描き職人さ。

 ぷいぷい団のホームページのヘッダーやパルルちゃん公式イラストを描くにつれて知名度が凄まじく上がり有名人になってしまっている。実力を評価して欲しいんだけどね。

 彼女に救われた人間はみんなこういうのさ。パルルちゃんは大天使だ、てな。 

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