第14話着物って綺麗でつ

 ここは田舎の古臭い商店街、うらぶれる街並みはわたしのような老いぼればっかさ。

 古くからある問屋や酒店を引き継いだ店主の顔など子供の頃から知っている。


 かつてこの商店街は賑わっていた、母によく新しい着物を着せてほしいとねだったものだ。当時、絹製の着物は一般人が手が出ないほど高級品であった、現在はそれほどでもないが一見さんお断りだった。


 母から小さなころにとっておきの素材を使用し、四つ身の着物を作ってもらった事がある。邪気を払い、神様にお願いをするという意味を持つ鈴の刺繍が特徴的だ。


 湿気を飛ばすために丁寧に収納していた桐のタンスから取り出し、店先の展示用のマネキンに着せて日干しを行う。


 娘も孫大きくなって着せる人間もいなくなってしまったがこれはわたしの宝物だ。


「わたしも年を取ったもんだねぇ。感傷的になっちまったさ」


 そういえば連れの爺さんがなくなってどれくらい経ったのかねぇ。

 ちいさな着物の手入れをしながらぼんやり爺さんとの思い出を反芻する。


「おばあしゃんそれキラキラしてて綺麗ででしゅね、初めてみましゅた」


 ふと声を掛けられ、振り向いてみると視線の下のほうにちんまいおさなごがいるではないか。喋り方は舌ったらずだが可愛い子だ。


 髪は腰程までに長く艶やかだが、手入れがなっちゃいない。

 ワンピースも綺麗ではあるが着方が変だ、ほれ、サンダルの踵を踏まない。


「お嬢ちゃん、ちょっとおいで。女の美しさというものを教えてあげるさね」


 まったく世話焼きになっちまったもんだ。





ほわんほわんほわんほわわわーん





 サンダルを脱いでもらうと店内に上がってもらう、ウチの店は大丈夫だが最近の子にしちゃあ不用心だね。わたしゃ心配だよ。


 長い髪の毛を丁寧に櫛でブラッシングをしてやる、適当に乾かされた髪の毛はボサボサだが髪自体は艶やかで生命力を感じる。


「こうして風呂前、寝る前、起きた時に丁寧にブラッシングするんだよ? お母さんはしてくれないのかい? ――まったく綺麗な髪が台無しだよ」


 鏡に向いているこの子の表情が一気に曇る。どうしたんだい? と声を掛けると震えながら答えて来る。


「おかーしゃんもおとーしゃんもいなくなったでつ……」


 しまった、ブラッシングしていた手がピタリと止めてしまうが、ささくれた老いぼれの手で頭を丁寧に撫でてあげる。


「……そうかい、それは悲しいものだ……、よし、おかーさんに貰った綺麗な髪の毛の手入れを一緒に教えてあげるさね。どうせ髪の洗い方もなっちゃいないんだろう? こっちへおいで」


 風呂場へ連れて行き洗い方や手入れの仕方を教えて行く、不思議な事に一度教えたら次からは完璧にこなしていた、今時の子はこんなに賢いのかねぇ。


「名前はなんて言うんだい? わたしゃ、トメコって言うもんだ。爺様も娘っ子も家族ができてもうこの家にはひとりだけさ」


「ひまりでしゅ、わたちもおうちにはひとりでつよ? 見えない人がいましゅけど」


 ひとり? 見えない人? はて、なにか詮索してはいけない気になるね……化かされてるのかもしれないねぇ……。


「……そうかい、仲間だねえ……。――そうさね、どうせなら着物着てみるかい? 表に日干ししていたさね、綺麗って言ってくれたんだ。着付けをしてあげるさね」


「ほんとでしゅかッ!? うれしいでつッ! ――それとおばあしゃんも仲間だったんでつね、ひまりの所属している『ぷいぷい団』にいれてあげるでつよ?」


 ぷいぷい団? 若い子の遊びごっこはよくわんないさね、せっかくだいれてもらおうかね。ほら、服を脱いだ脱いだ。


 着付けも終わり、鏡の前でひまりがくるくると機嫌が良さそう回っている、ニパッと笑う表情は可愛いさね。娘っ子も孫もこんな時があったなと思い出す。


「おばあしゃん、着せてくれてありがとうでつ、お礼にかたたたたたきをしてあげるでしゅよ?」


「肩たたき、さね。が多いよ娘っ子。そうさね、ちと頼むよ」


 とんとんぽんぽん、とんとんぽんぽん、効き具合は分からないがなぜか体の芯から楽になってくる、長年のコリが解れ、背筋が伸びだし、膝も痛くない。――なんで肩たたきで膝が良くなるんだい?


 目を瞑ってとんとんと、叩かれていたのだがふと気になって鏡越しに様子を見てみる。すると一生懸命、笑顔で施術する様子が見れた、うんうん、頑張ってるねと声を掛けたかったが普通とは違う……その肩を叩く小さな手が緑色に光っているさね。

 光は私の身体に染み込むとじわじわと張りが戻っていき、首筋や、顔のしわまでピシャリと張り、漲っている。

 今は七十以上の高齢者と呼ばれる部類なのだか五十代、髪の毛が白髪なのを除けばそう言っても分からないくらいに若返っている。


 ほえぇーと目をこれでもかとひん剥き、呆然としているとひまりの歌声が聞こえてくる。


「とんとんとんとん、気ままにとんッ! だんだんだんだん、ぷいぷい団ッ!」


 気合が入る度に光が強くなり若返って来る、ぷいぷい団とやらは福利厚生のしっかりした会社なのだろうか……若返りも社内福祉で……そんなわけあるかぃッ!


「ちょちょちょちょッ! 娘っ子ッ! いや、ひまりッ! わたしゃ若返ってないかいッ!?」


 はて? なにか? って可愛い顔して誤魔化ても駄目さねッ!

 不利益がわたしにないので文句を言いずらいが……。


「おやびんがいってたのでつ、団員のおちんぎんの代わりに福祉は大切だって?」


「わたしゃ、いつの間にか団員になってたんかい。まあ、いいさね、娘っ子、やたらめったら、色んな人にするんじゃないよ? ――それと、わたしも団員だ、仲間同士でも礼儀ってもんがあるさね」


 そういうなり今来ている着物の収納できるケースと手入れ道具を持ってくる。


「これから着物の手入れと普段女の子として気を付けることを教えるさね、ちょくちょくうちに遊びに来な。同じ団員だろう? ――立派な淑女ってもんを教えてやるさねッ! もちろんおかあさんもとっても喜ぶと思うよ」


「ほんとでつか? ありがとうでしゅ。おかーしゃんを喜ばせるでつッ!」


 二人の淑女教育は夕暮れまで続いた、普段ボンヤリ過ごしていた日々を思い出すとなんて充実した一日だったのだろう。爺さん、まだまだそっちには行けそうにないさね。





ほわんほわんほわんほわわわーん





 日課である昼のテレビドラマを見ようと店舗兼住宅の居間に茶菓子を用意すると、ちゃぶ台の前に座り込む。


 熱いお茶を啜りつつもリモコンでテレビの電源を入れる。


「今日も時代劇ものを見ようかね、あの俳優が来ている袴がなかなかにあっているさね」


 ポチポチとリモコンをテレビ向ける手の甲はすべすべの肌へと変貌している。最近、近所の老人会でもびっくり魂消られている。一体どうしたんだいッ! と鬼の形相で問い詰められた同級生には知らぬ存ぜぬですっとぼけたけどね。


 まさかちっこい子供の肩叩きで若返りましたなんて言えないさね。


 あの子、ひまりはちょくちょくうちにやってくるようになった、小学校に行けていないと相談され、算数ドリルや、漢字の勉強も見てあげている。

 老舗の本屋の爺さんに子供の勉強道具の相談にいくなんて思わなかったさ。

 もう一人の孫ができたようでとても充実している。


 ひ孫の報告がまだなので催促してやろうかと、企んでいる。


 まだドラマが始まっていないようでニュース番組がチラリと視界に入る。


[本日も魔法幼女による煽り運転の摘発が行われました。未だ彼女の指名手配は解けておらず関係各所は言葉を濁したままです。超常対策本部長の入間氏は解任されておらず、国の自浄作用が機能していないと多くの国民から避難の声が上がっています]


[こちらが、高速道路を走行中のドライブカメラの映像です。突如走行中の危険運転をしている車に並走し車を受け止めています、逆さまになった車の運転手は車内より叩き出されると正座をさせられ何かしらの魔法らしきもので痙攣をしています]


――ぶふぉッ!


 啜っていた熱いお茶をテレビに向かって吹き出してしまう、今、話題の魔法幼女は知っているだけで姿形も見たことはなかった。

 だが、今テレビに映る、魔法幼女が来ている着物は…………。


[最近の魔法幼女が来ている着物が素敵だとSNS上で話題となっております、最近では呉服屋などで仕立てをお願いするなどブレイクの兆しを見せております]


 どおりで最近仕事が忙しくなってきたと思ったさね。


 まったく、不思議な幼女だとは思っていたけれど本物の魔法使いだったとはね。

 これは教育に、マナーと教える事が増えて責任重大だね。わたしゃ。


 団員として頑張っていくとするさね。

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