第6話悪意の矛先
ちっこいお手々にふさふさのホコリ取り用のモップが握られ、仏壇を念入りに綺麗いしていく。
仏壇も据えられている遺影と遺骨は親戚の誰かが用意したのだろうか。家族三人で笑顔でいる写真があった。母親と父親の間に抱っこされて、はにかみながらカニさんピースをしている幼女がいた。
んっしょんっしょと危なげながら手入れをしていく、家の中は荒れているが仏壇だけが子供ながら綺麗に整頓されている。
「んしょっと、これでキレイキレイでつ。おかーしゃんもおとーしゃんも喜んでましゅ」
ペチペチと手を叩き黙とうする。なにを思い祈りを捧げているのだろうか。
「今日は友達ができましゅた、マイコねーさんっていいまつ。とってもいい匂いがするんでつよ? お家へおいでっていわれましゅたけど、ひまりにはやらなきゃいけないことがあるんでつ」
大きく手をふりかぶりぴょんぴょんとジャンプをする。部屋の明かりもつけずに仏壇に向かって、精一杯説明を体で表現をしてるのだろう。
満面の笑みを浮かべ本当に嬉しそうに語る幼女。
友達ができたことを家族に報告している。
「おかーしゃんも喜んでくれるかなぁ、幼稚園も卒業できなかったし、小学校ってとこにもいってみたいでしゅね……」
恐らく両親が亡くなったのも幼稚園に在学していた頃なのだ、愛しい我が子の卒業姿を眺めることもなくこの世を去っている。
なぜかポタポタと小さな手の甲に雫が零れ落ちる。あれれ? と、幼女が不思議そうに手の甲を見つめる。
「……おかーしゃん、おとーしゃんなんでいなくなっちゃたんでしゅか……ひまりはさびしいでつよ……。――うぐっ……ふえぇぇぇぇぇぇん……ひっぐ……」
一度流れ始めた涙は止まらない。くりくりしたアーモンドのような瞳からは悲しみが溢れ出す。
誰も、この子の涙に気づかない。
誰も、この子の苦しみに気づかない。
誰も、この子の存在に気が付けない。
―――そう、誰にもこの子は渡さないわ。
見えざる手がふわふわした黒髪の幼女を愛おしそうにゆっくりと撫でる。
それでも泣き止まずに疲れ果て、冷たい床に寝転ぶまで続く。
泣いて泣いて泣き腫らすまで。小さな子供のぶつけようのない、消化しきれない感情が尽きるまで。延々と。
誰も慰める者はいない。冷たい冷たい人ならざる手しか存在しないのだから。
▼△▼△▼△WARNING△▼△▼△▼
朝の通勤ラッシュ時、いつものように会社に出勤し、いつものように人々が電車に乗っていく。
満員電車に乗ろうと開かれたドアに駆け込み、入りきれない通勤客を鉄道社員が押し込む。
すし詰めにされながらも電車に乗り込むその様は日本ならではの風物詩だろう。
車掌さんがピリリリと笛を鳴らしドアが閉じられる。今日も都内に網羅された環状線をぐるりと回っていく。スピードを上昇させ定刻通りにきっちりと運航させる。
電車内には次に到着する駅の名前がアナウンスされており、満員電車から解放されることを乗客は今か今かと待ち遠しく感じる。
運転士が間もなく次の駅に着く為の減速を行おうと操作をすると速度が減速しないことに気づく。表示されたメーターは確かに減速された速度を表示されている。
すぐさま緊急の通信を行うも連絡が取れない、やむなく携帯電話で連絡を取ろうとする。
「聞こえてるかッ! 緊急事態だ! 減速できない! 各駅に避難するよう連絡してくれ。それと警察もだ! このままでは大惨事になる……携帯で状況を説明を……する。――ああ、なんてことだ……」
運転士自身もパニック状態になりながらも冷静に判断しようとする。
乗客に説明するべくゆっくりと、丁寧を心掛け、冷静に、案内をする。彼の鼓動が破裂しそうに鳴り響き頬を自らの手で叩く。
「乗客の皆様にお知らせがあります……冷静に。そして落ち着いて聞いてください……。――電車が故障により停車することができません。現在対処を行っております。お年寄りや体の不自由な方は空いてるスペースにお座りになるようお願い申し上げます」
数瞬の沈黙の後、電車内はパニックに陥る。
運転士も冷静ではなかったのだろう。ストレートに電車が止まらないなどと発言をしてしまっていた。ぐんぐんと加速する車両が信憑性を補完したのだろう、緊急停止ボタンを叩き押したり、呑気に車内をスマホで撮影し中継を始める者もいる。
有名動画配信者が車内に取り残されていることによりすぐさまSNSで話題になり、情報が錯綜する。中継されている電車の先頭付近であったことあり運転士のパニックするさまも生中継されている。
環状線の各駅では避難活動が始まり、警察や、救助隊、自衛隊の派遣も検討されている。
テレビ中継も始まると全国の国民が知ることとなる。
じわじわと嬲るように電車の速度が上がっており、一時間もしない内にカーブを曲がり切れずに脱線し大惨事になることが計算に出ている。
運転士は携帯で指示されるまま操縦席の下部にあるシステムを司るボックスを解放する。
スマホのカメラで中継しながら操作を行う予定だったので専門家が指示を出し、警察、救助隊も共に映像を観察していた。
機械類が映し出されるであろうボックス内には爆薬と思わしき粘土質の物がびっしりと配置されグルグルにガムテープで巻かれていた。タイマーだけがピコピコとカウントを始めており。
映像を見ていたすべての人間が凍り付いた。
もちろん車両の先頭で世界生中継している配信者も絶句しており、コメント欄には『……爆弾?』『これ死んだわ』『配信者に投げ銭したことないけど初めてするわ《香典代》』とやりたい放題書き込まれていた。
運転士は気が遠くなりそうになりつつも、ポケットに入れていたお気に入りの煙草に火を付けプカリプカリと美味しそうに味わっていた。
もちろん炎上待ったなしである。
ドッカンドッカンと運転席の窓が乗客に破られそうになりつつも呑気に煙を吹かしている。
怒号がスマホから聞こえつつも操縦席のレバーに煙草を押し付け消火する。
ドヤ顔で映像が中継されているスマホや有名配信者に向かって運転士はこう言った。
「人生最大の見せ場なんで心を落ち着けていたんだよ。ほら解体するんだろ? 指示しろよ警察さん。――死ぬ気で乗客守ってやんぞッ! オラッ!」
――何こいつカッケー。
中継を見ている全国の人たちの中で運転士のファンが幾人も生まれた瞬間であった。テレビ中継の視聴率は殿堂入りするほどを記録し、SNSにも『運転士
テレビアニメのヒーローみたいに今日一番、いや人生で一番輝いている運転士は彼しかいないだろう。
彼の名前は田中ヒトシ、戦隊アニメをこよなく愛する童貞であった。
▼△▼△▼△WARNING△▼△▼△▼
一番大きな駅であり環状線を眺めれるビルの屋上に爆薬は設置した組織の人間が中継と双眼鏡で暴走する電車を監視、コントロールしていた。
リーダー格の男は口笛を吹きつつも爆弾の解体作業を始める運転士を賞賛する。
「
ここまで話題が広がれば魔法幼女も気づくだろうよ、と呟き生配信に目を向ける。パルルちゃんパルルちゃんとコメントも多数散見されており。果てにはコメンテーターも無責任に『こういう時に役に立ってよ魔法幼女』とののしっている。
「止めてもボカン、止めなくてもドカン。爆発と事故どっちがいいかい? ま、威力偵察なんで十分に力を見せてくれよ?」
くつくつとなにがおかしいのか嘲笑うリーダー、敬虔な信徒は神以外の奇跡なんて必要ないんだよ、と。吐き捨てるように呟く。
――ああ、神よッ! 哀れな子ヒツジを救いたまえッ! 魔女に試練を与えたまえッ!
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