第5話お見舞いにいくでつ?

 その母性をくすぐる泣き顔はマイコにとって致命的だった、魔法幼女といってもちっさな子供なのだ。悪い事を聞いてしまったと思いつつもたどたどしくパルルは言葉を紡ぐ。


 窓枠に置いていたちいさなお尻は離れており、完全にマイコにおんぶにだっこ状態だ。ポンポンと暖かい背を鼓動のリズムで叩いてあげると次第に泣き止んでくる。


「パルルひとりでくらしてるでつ……。いいこは友達をだいじにしゅるっておかーさんいってたから……」


「そっかあ、一人で大丈夫なの? うちの家に来る? パルルちゃん」


 何かと会話をしている素振りをパルルがしている、不思議に思いつつもマイコは返事を待っている。


「だめでつ、やくそくがあるでつ……」


「どんな? マイコはパルルちゃんが一人で暮らしてると心配だな」


 背中ポンポンが気に入ったのがさらにギュッとマイコを抱き締めて来る。


「……見えないひとが、いい子にしてたらおかあさんもおとうさんもかえってくるって…………。だからがんばらないといけないでつ」


 幼いながらも決意を感じさせる瞳でマイコを見つめる。自分の中で明確な目標が定まったのだろう。フリフリのドレスの袖で自身の涙を拭う。


「……もうかえるでつ。マイコしゃんもいたいいたい治ったら元気になるでつよ?」


「……そっかぁ。パルルちゃんも家族に早く会えると良いねッ! マイコ応援しちゃうよ!」


 余りにも悲しい事実に胸を打たれているう様子のマイコも空元気で笑顔を作る。

 今まで以上に優しさを込めてパルルの頭をなでくりなでくりする、


 マイコの身体にへばりついていた体を離しパルルがふわりと浮かび上がると窓の外に出て行く。


 ちっこい両手を緑色に光らせるとマイコに向かって光が吸収されていく。マイコは体に違和感を覚えるが段々と調子が良くなっていることに気付いた。


「うわぁ……パルルちゃんありがとう、体が楽になったよッ!」


「まだ元気がなかったでつ。マイコしゃんまたねぇ、ばいばい~」


 ぶんぶんとお手々を振りながら笑顔で帰って行くパルル。

 監視カメラで見ていた係りの人間の中にはパルルに家族がいない事実に涙を流し悲しんでいる者もいるようだ。

 部隊の手配は間に合わなかったものの。何者かが彼女を誘導し操っている可能性が出て来た。親が直近でなくなっているとの情報も入手した為急いで情報を精査する。

 今日は家に帰れないだろうなと思うとともに。この女子高生の重要度も跳ね上がった。

 要人保護プログラムが適応されるとともに病院で再検査もされるだろう。


 見えなくなってもヒラヒラと手を振るマイコ。その顔には涙がこぼれている。

 魔法幼女とあえて嬉しかった。友達と思ってくれていた。


 感動するも、家族がいない事実に胸が痛い。私に何かできる事はないのかと苦悩する。


 魔法少女は夢を与える存在だ。だが、あまりにも過酷な運命を背負っているなんて私は知らない。


 彼女は家で独りぼっちなんだろうか……悲しさで涙が溢れて止まらない。立っていられなくなり声を上げて病室でワンワン泣き叫んでしまう。


 異常を感じた看護師さんたちがやって来ると泣き止むまで時間がかかってしまい、暖かい飲み物を飲んで休むことにした。


 窓の外に見える青い空が今日はとても冷たく感じてしまう。


「パルルちゃん……」


 監視されているカメラの向こうでは大いに共感を呼んでいるだろう。君は一人じゃないよと言ってあげたいがそうもいかない。良識派である人間達がこの子を争いに巻き込まないようにと奮起する。


 子を持つ大人たちは娘の涙には弱いのだ。





でろでろでろでろでんどろでん





 深夜、東京都内の車両基地に怪しい人影が複数潜入する。


 警備装置は無力化されており警報はならない、暗視装置を目元に付け、全身黒い戦闘スーツに身を包みながら作戦を遂行する。


 鉄道会社内から拝借したキーで電車の運転席に進入するとパソコンを取り出しプログラムを起動。管理コンピュータのコンソールに端末を差し込むとハッキングを開始する。

 遠隔操作できるように受信機を設置し、鉄道のブレーキシステムも改ざんする。


 進歩状況が中ほどまで進むと異変を感じ見回りに来ていた警備員が車両倉庫内に入って来る。

 

 リーダーと思わしき人物は部下に警戒を促す。


 どちらの運が悪かったのか人の気配に気づいた警備員がライトを急に運転席へと向ける。暗視装置を付けていた特殊部隊は目を焼かれ。消音機を装備したピストルで警備員を撃つ。


 パスッと減音しているもの発砲音が車両基地に響き渡る。


「おいッ! 何やってんだ! 周囲警戒しろ!」


 リーダーは咄嗟に暗視装置を外し目が焼かれずに済んだだが、部下の複数がやられてしまう。あまりにも未熟な判断に頭が痛くなってくる。


 とにかく証拠が残るとまずいと思い死体の隠ぺいを行う、数日バレなければ本命の作戦を実行できるからだ。


「無事な奴が死体を運び込め。血痕の一滴も残すなよ?」


 続けて作戦の要である仕込みを継続して行う。視力に異常はあるものの部下たちもなんとか移動自体はできるようだ。


 受信装置の設置も終わり運転席の下に爆薬を仕込んでいく、念には念を入れてだ。使用されれば国際的なテロリストだな、と呟きつつも車両丸ごと吹き飛ぶ量のプラスチック爆薬を仕込む。


「仕込みは上々だ。撤収する。――おいッ! いつまで蹲っている」


 呻く部下を叩き起こし撤収を開始する。もちろんキーも元に戻しなるべく証拠を消していく。

 お互いに運が無かったのだろう。こちらに気づかなければ死ぬこともなかったもに。と警備員の冥福を神に祈る。テロリストのようなことを行ってはいるが敬虔な信徒なのだ。


 現場を過ぎ去りつつもふと車両倉庫を見つめる。


――きっと天国には行けないな。神よ。このような我を許したまえ。


 視界を切り、頭を振ると待機させていた大型の車両へと戻っていく。血液が滲み出始めている黒い袋と共に。





でろでろでろでろでんどろでん




 日をまたぎながらも超常対策本部の明かりは落ちることはない、家族が最近亡くなった幼子一人という情報が入って来たからだ東京近辺に絞るだけでもかなりの確度で見つかるはずだ。――そう思っていたはずなのに。


 入間は歯ぎしりを鳴らしながらも叫び散らしていた、部下の無能さに髪を掻きむしりたくなる。


「どういうことだッ! なぜ見つからない! あては複数あるのだろう? 強制捜査に乗り出せ!」


 このような時間帯に幼子一人の家に押し掛けるなんてなに考えてんだ? と周囲の意見が合わさる。

 確かに複数該当者はいる。施設にいる者、親戚の家、病院に入院しているもの。


 金髪碧眼の幼女なんていないのだ。魔法で変装していることも想定はしている。


 指名手配はされてはいるが、令状もなしにみなしごの元に押し掛けるなんて常識はずれにもほどがある。


 まだ若く、子供が最近生まれた刑事である支倉はせくらトオルが入間の元に声を掛けに行く。


「入間対策本部長、令状も無しに幼子の元に押し掛けるのはさすがに無理ですよ、監視しつつ状況を窺うべきかと」


「うるさいッ! 特級の犯罪者だぞ! すぐさま捕まえないと国民が不安がるだろうッ!! なんだ貴様? 犯罪者の肩を持つのか?」


「…………罪状は確かにあります。ですが年齢を考慮すると保護を視野に入れて行動するべきでは?」


 半数以上の刑事たちも同意するように頷く、空気は張り詰め一触即発の状態だ。  


 入間の奇声に苛立ちが抑えきれず、コワモテの刑事たちも入間を睨みつける。

 その視線たちに入間も怯むも癇癪は抑えきれない。


「はぁん? 貴様らは無能の集団のようだなッ! クソガキ一匹も捕まえれないなんてな。――そうだあの女子高校生を引っ張ってこい、罪状は犯人隠避だな。ほれ、連れてこい」


「貴様ぁぁぁぁああああッ! このクズがッ!」


 支倉トオルがとうとう沸点を越えてしまい、鍛え上げられた右拳を固く握りしめ、入間の頬に――



――叩きつける。



 インパクトした瞬間、入間は白目を剥き涎が飛び散る。


 ゴキュっと気持ちのいい音が響き、転がっていく入間はテーブルの角に頭をぶつけ、気絶する。


 周囲は拍手こそしないが内心歓声が巻き起こっている。よくやった、と。


 ベテラン刑事であるヤクザ顔の武侠ぶきょうハザマが手を叩き周囲の注目を集める。


「幸いここには監視カメラはない、入間が勝手に躓き怪我をした――だよな?」


 さすがの強硬派もリーダー格の入間にうんざりしていたようだ。反対する者は出ずに口裏を合わせる。


「支倉もストレスが溜まっていたんだろう。みんな今日は仕舞いにしよう――飲みに行くぞー、俺が奢ってやる」


 さすが武侠さんだッ! 位こそ高くはないがこのベテラン刑事は慕われているのだろう。今度こそ歓声があがると全員で後片づけをし始める。


 一方気絶した入間は椅子を並べて簡単に寝かせられたまま放置されている。


 周囲は入間に哀れみの目線を向けつつも、武侠が呟く。


「人には越えちゃいけねえ線ってもんがあるんでさぁ。そんな仕事が好きならここで好きなだけおネンネしてな」


 武侠が支倉の肩に腕を回すと会議室を出て行く。明かりは消灯され入間以外いなくなる。部屋に残るのは汚い呻き声だけであった。

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