11限目 6月/生徒総会 その2

「そんな難しい話なのか? クラッシクも吹奏楽もロックも同じ音楽じゃん。吹奏楽が好きで演奏を聴いてもらいたいヤツがいる。ロックが好きで演奏を聴いてもらいたいヤツがいる。だから文化祭で発表する場所をつくる。それだけじゃん。なんでダメなわけ?」

蒲生がもう体育委員会長、発言は指名を受けてからしてください」


 ガモさんが黙ってすっと右手を上げた。


「蒲生体育委員会長兼3D学級長」


 建部がすんなりと指名する。

 

「体育委員会長、3年D組、蒲生秀龍ひでたつです。…正直言って、俺はロックバンドの演奏をどうしても文化祭で聴きたいってわけじゃない。なんでダメなのか知りたいだけだ。どうせ俺たちみたいなのがやりたいって言い出したから、ダメだって言われてるんだろうと思った。そしたら、ある先生が言ったよ、ロックの曲を吹奏楽でやるのは全然、問題ないって。て、ことはロックがダメなんじゃなくて、ロックをやるようなヤツがダメだってことじゃん。やっぱりって思った。ムカついた。ロックをやるヤツは悪いヤツ、ロックを好きな奴は悪いヤツ。先生は、端っから俺たちを信用してない、大人は俺たちを信用してないんだよ」


 どぉっ


 体育館が揺れた。

 生徒たちが立ち上がり、大きな拍手が沸き起こる。

 ガモさんの顔は興奮に強張り笑みはない。マイクを持つ左手が少し震えていた。

 拍手は鳴り止まない。口々に何かを叫ぶ者もいる。

  

 ――まずい。


 僕はそう思った。



 ビューッ! ビューッ!



 鋭い笛の音が体育館に響き渡り、一瞬にして拍手をかき消した。


「中止ッ! 中止だッ! 座れッ、早く座らんかッ!」


 体育館の後ろに立っていたヨコちゃんが、鬼のように顔を赤くしてノシノシと歩いてきた。


「議長、生徒総会を中止しろ。学校は個人の演説会を許した覚えはない。これでは総会は成立しない」


 そのとき、体育館に陽が差し込んだ。後ろと左右の扉が開いたのだ。そこには体育館に詰めかけた生徒たちがひしめいていた。教室で聴いていた生徒たちが堪らずに来たらしい。いまにも体育館になだれ込んできそうだ。


 ――『騒動』になったらすべてが終わる。


 僕は扉へ向かおうとした。


「入るな!」


 ガモさんが大声で叫んだ。


「騒ぐんじゃねぇ! 俺たちはいま話し合いをしてるんだ。ケンカをしてるんじゃねぇんだ。お前らが一歩でも体育館に入れば、総会は本当に中止されちまうぞっ!」

 

 扉に押し寄せた生徒たちはすんでのところで踏みとどまる。



「個人の演説会ってなんですか? そんなの開いてませんが」


 秋朝あきともが立ち上がってヨコちゃんを真っ直ぐに見た。


「蒲生がいま、生徒たちを煽ってただろうが」

「蒲生は意見と感想を述べただけです」

「生徒総会は感想を述べる場ではない」

と感想です。それに感想ならさっき反対派の人たちもずいぶん述べてましたよ、相応しくないとか騒々しいとか過激だとか。あれ、ただの主観的な感想ですよね」

「……」

「それに蒲生は生徒を煽ってましたか? 感情的にはなりましたけど、蒲生はずっと生徒たちに背を向けて喋ってました。意識して生徒の方を向かないようにしてたんですよ?」

「横川先生」


 ずっと黙っていた建部が口を開いた。しかし、興奮しているのか、なかなか次の言葉が出てこないようだった。


「……生徒総会の中止は、横川先生の判断ですか、それとも学校の判断ですか?」


 建部の意外な質問に、ヨコちゃんは一瞬戸惑ったような顔になった。

 返事を待たずに建部が続ける。


「先生たちから見れば僕らはまだまだ子供かもしれません。それはわかってます。だからこそ、そんな僕らを大人として扱ってくれようとしてきた、この新中しんちゅう生徒会の伝統を僕は凄いと思うし、新中の生徒への愛情と信頼を感じてました。…もし、先生が強権を発動して僕らの総会を中止させるのなら、先生はこの伝統ある生徒会を侮辱することになります。先生、この総会を中止させるなら力ずくではなく、論理的な理由を教えてください。納得できる理由を」


 ――建部…?


「生徒総会は学校長から学校での活動の一部を任されたものであって、その権限は学校内における最高のものではない。生徒総会の決議執行には学校長の承認を必要とする。生徒会規則にそう明記してある。生徒会長なら知っているはずだ」

「知ってます。でも決議が承認されないならまだしも、決議さえまだしてないんですよ。結果も見ずに総会を中止する権限が先生にはあるんですか。…蒲生君が言うとおり、先生は端っから僕らを、全校生徒を信用してないってことですか」


 建部の反抗にヨコちゃんがたじろいでいる。


「違う。もはや総会の態を成していないから一旦中止し、再度招集すればいいと…」


 建部はすうっと息を吸うと、ヨコちゃんの言葉を遮って言った。


「この総会を中止するなら、僕は生徒会長権限として、全校生徒信任投票の実施を宣言します。もし宣言すれば、いくら先生でもこれは止められない」


 ――たっ、建部!


 先生の伝書鳩とか、性格悪いとか、取り澄ました気持ち悪い大人みたいな顔とか、憎たらしいとか、いろいろ言ってゴメン。

 やっぱり建部は凄かった。利害を超えて公正にスジを通す男だったのだ。


 ヨコちゃんが飼い犬に手を噛まれたとでもいうふうに茫然とし、こうつぶやくのが聞こえた。


「建部、お前、賛成派だったのか…?」


 ヨコちゃんはこの期に及んでまだ、建部の真意をわかっていない。

 ふっと表情を緩めた建部の顔が、ヨコちゃんのそれより大人に見えた。 


「個人的な賛否をここで言うつもりはありません。僕はただ、新中のこの素晴らしい生徒会の仕組みを無法に壊されたくない、そう思ってるだけです」

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