10限目 6月/生徒総会

 

 あの日の翌日からずっと、ガモさんたちは標準服で学校に来ている。

 秋朝も髪を編み、膝下丈のスカートになったが、予想通り(見た目は)カワイくなった。

 ただ、いずれも中身は変わっていないので、そのミスマッチ感がコミカルで面白かった。もちろんそれを口や態度に出すような僕じゃない。


蒲生がもうたちに何を言った」


 ヨコちゃん(横川先生)にそう言われた。先生は驚きとともに訝っているようだ。


「何をって、TPOを考えようと言っただけですけど」

「よく蒲生がOKしたな」

「僕らは、マジですから」

「ふーん。とは言え、所詮、付け焼刃だな」


 ヨコちゃんは「ふん」と鼻を鳴らし、捨て台詞を残して職員室に去った。


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 生徒総会は体育館で開催されるが、1300人余りいる生徒全員は入れないため、600人が体育館、残りの生徒は各教室で校内放送を通じて参加する。

 議題は『ロックを演奏するバンドの文化祭出演可否について』。

 この議題について議論し、決議するためだけに臨時招集された総会だ。


 生徒総会は午後1時に開会した。

 体育館は熱気を帯びている。

 寝ている者も退屈そうにしている者も見られない。

 議題が文化祭という身近な問題であること、その内容がいくぶん反骨的であること、そして全校生徒の投票により物事が決まるということに、生徒たちは興奮しているようだった。

 僕も興奮し、緊張していた。


「それでは『ロックを演奏するバンドの文化祭出演可否について』、出演に賛成する意見を求めたいと思います。野嶋風紀委員会長」


 議長の建部たてべ生徒会長が落ち着いた大人の声で会を進行する。


「風紀委員会長、3年D組、野嶋則正のりまさです。出演に賛成する意見をと言われれば、吹奏楽有志が文化祭に出演しているからですとしか言えません。反対する理由が僕には見つけられないのです。生徒が楽器を演奏して披露する。演奏する音楽のジャンルが違うだけなのになぜダメなのか。反対する理由は何か。ですからこの議題はまず反対する意見から求めないと議論が進まないと考えます。議長、まず反対意見から述べてもらえるよう、提案します」


 体育館が少しざわついた。

 建部は隣の副生徒会長とひとことふたこと言葉を交わすと僕を見た。


「提案を受け入れます。それでは先に出演に反対する意見を求めます」


 僕は一礼して自分の席に戻った。

 「ふぅ」思わず息が漏れる。緊張した。

 隣のガモさんが比較的重い拳固を僕の右腕に入れてきた。


「イテッ」

「さすがだな、のーちゃん」


 

 優秀で優良な生徒たちから反対意見が次々と述べられた。しかしその口調には熱が感じられない。

 中学生には相応しくないから。

 音が大きく騒々しいから。

 歌詞に過激で反社会的な表現が多いから。

 暴力的な雰囲気があるから。

 

 どれもその根拠が曖昧で、決定的な納得感を与えるものではなかった。

 それはそうなのだ。意見を述べる彼ら自身がその根拠に納得していない。ホンネを話していない。

 ホンネはこうだ。


 ロックバンドは不良の音楽だから文化祭に相応しくない。


 だが誰にも論理的にそれを証明することはできない。だから前面に出しては言えない。言えば致命的な反発を喰らう可能性が大だ。


「次に出演に賛成する意見を求めます。野嶋風紀委員会長」

「いま反対意見を聞きましたが、相応しくない、騒々しい、過激、暴力的など、どの意見も基準が曖昧で主観的な感想を述べているだけだと思いました。もっと具体的な根拠や証拠を示してもらわないと理解も納得もできません。示してもらったうえでその対処を考えることは出来ると思いますが、少なくても今の意見では反対の理由にはならないと思います。…どうですか、みなさんは」


 体育館に拍手が巻き起こり「そうだ、そうだ」と声援が飛んだ。半分以上、いや7割くらいが賛同しているように見えた。

 僕はよし、と思うと同時にやり過ぎたとも感じた。これは演説ではない。生徒たちに呼びかけるようなマネは、先生たちに扇動したと難癖をつけられかねない。

 調子に乗ってはダメだ。慎重に、冷静に。

 

 拍手が鳴り止むのを待って建部が扇子をぴしりと綴じた。新しい扇子なのだろう、音のキレがいい。


「野嶋委員会長、ありがとうございました。私も代議員の一人として質問をしたいと思います。先ほどの反対意見では根拠が曖昧で反対の理由にはならないと野嶋委員会長は言いましたが、では逆に積極的に賛成する理由はなんですか? つまり文化祭にロックバンドが参加する意義です」


 ――ふっ、そんな悪あがきの質問など想定内だ。


 このにされないよう、僕は勉強もそっちのけで色々と考えてきたのだ。その程度の質問でうろたえる僕ではない。なめんなよ。


「新しい、異端と思われるものにも触れてみる。そういうことです。クラッシク音楽でもリストやワーグナー、エリック・サティは異端児と言われていたそうです。絵画でもモネ、ピカソ、ダリは異端でした。それがいまでは世界中の人たちが知っている巨匠です。ロックも同じだと思いました。異端と言って差別をしてはいけないと僕は思います」


 かなり壮大な屁理屈にも思えるが、そう間違ってはいないだろう。

 建部の表情が微かに動き、再びマイクに顔を近づけたその時だった。


 隣のガモさんが立ち上がり、僕の手からマイクを奪い取ったのだ。

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