9限目 6月/生徒総会前夜

「ティーピーオー? なにそれ」

「Time、時間。Place、場所。Occasion、場合。TPO。時と場所と状況を考えるってこと」

「それと生徒総会と何の関係があんだよ」


 ガモさんは机に立てた手鏡でリーゼントを整えながら言った。秋朝あきともは僕の前に座って、さっきから引き摺るほどに長いスカートを両手でつまんでバタバタと上下させている。風を送っているのだろう、足が暑いのだ。


「生徒総会で勝つには3分の2以上の票が必要だけど、現状では派の賛成票はおそらく3分の1くらい。だから反対派と、特にから票を取らなきゃならない。ここまでわかるよね?」

「あたしたちは幼稚園児じゃないんだ、わかってるよ」


 バタバタとさせているスカートの裾が捲り上がり、ときどき白い太腿まで見える。むろん見るつもりはない。つもりはないがしかし、男の本能には抗えない。気が散る。

 

「じゃあ、どうすればいいか。もちろん意見は正々堂々と言う。それを全校生徒に伝えたい。でも伝えて理解してもらうには信用が必要だよ」


 リーゼントを撫でまわしていたガモさんの手がピタリと止まった。


「ん? 俺たちには信用がない、つってんの?」

「ん? じゃあ僕たちには信用がある、って思ってるの?」


 ガモさんの視線が手鏡からゆっくりと僕の顔に移動した。黒目の小さい三白眼と目が合う。決して睨みつけられてるわけではない、と思うがちょっとビビる。


「ガモさん、秋朝もだけどほかの生徒から気軽に話しかけられたこと、ある?」

「…まぁ、ないな。のーちゃんくらいだ」

 

 秋朝を見る。


「あんましない。野嶋くらい」

「だろ? 僕くらいしか平気で話しかけるヤツはいない。ほかの生徒はガモさんたちが絶対にケンカをふっかけてきたりイジメたりしないことは知ってるから、安心はしてるけどそれは信用とはちょっと違う。見た目に威圧感があって簡単には近づけない。近づけないからガモさんたちのことをよく知らない。っていうか誤解されてるところもきっとあると思う。損だよ」

「だから、どうしろってんだよ。ボクたちを信用してください、つって全クラス廻ってお話し会でもするってか?」

 

 怒ってはいないがイラついてはいる。やはりこの距離感で顔を突き合わせてると、ガモさんは迫力があって僕でもシビれる。


「それでTPO、ってわけか」


 秋朝がバタバタをやめ、股を開いた足に肘をついて前屈みになった。そして上目遣いに僕を見る。


「そう、TPO。全クラス廻ってもかえって委縮されそうだし、実際、廻る時間もない。それに信用してくれって言うだけじゃダメ、態度で示さないと。時と場所と状況を考えるなら、ガモさんたちのその恰好はダメだ。校則違反してる人たちってだけで、ほかの生徒の信用度は下がるよ。だからせめて生徒総会のときくらいは…」


 ガモさんがうっすら笑った。コワイ。


「じゃなに? 俺に標準の学ラン着ろ、つってんの? 白い肩掛けカバン背負って白い運動靴履いて? …ド根性ガエルじゃねぇんだぞ、俺は」

「あたしに膝下のスカートを履けって? 三つ編みにして分厚いカバン持てって?」

「…そう。みんなでやれば怖くない、なんつってね…」

「ふざけてんの?」

「ふざけてません」

「あのよぉ」


 ガモさんが僕の方に向き直り、一転して情けないような顔をした。


「俺が言い出したことだからいまさら降りるとは言えねぇけどさぁ、俺らには俺らの意地ってもんもあるわけよ」

「わかってるよ。だからツッパリとか言われるわけだしね」

「だったらよぉ、いまさら学校の規則守って標準服とか着れないじゃんか、カッコ悪くて」

「大多数の人たちが標準服の方がスッキリしててカッコいいと思う、と思うけど」

「外でナメられるし」

「標準服着てようが長ランにボンタン履いてようが、いまさらガモさんをナメるようなヤツはいないんじゃない? ガモさんの評判あくみょうは近隣にはもう十分知れ渡ってるよ」

「……」

「あたしだっていまさら普通の恰好なんてできない。似合わないし、ダサいし」

「短いスカートで三つ編みとかしたら、すげぇイメチェンして結構カワイイんじゃない? 似合うと思うよ。よぉ~く見ると、秋朝ってカワイイとこあるし」

「よぉ~くってなんだよ。だいたいカワイイなんて言われても、」

「嬉しくない? マジで? けど、髪型は聖子ちゃんじゃん」

「これは…」

「秋朝はさぁ、キレイとカワイイが混ざってるからさぁ、普通にセーラー服着てた方がいいと思うんだよな、オレは」

「……」

「まんざらでもないって顔してんじゃねぇよ、バーカ。お世辞だよ、お世辞。なぁ、のーちゃん」


 ガモさんが笑い出して言った。

 

 ――ばか、大事なところで。


 それにこれは必ずしもお世辞ではない。客観的かつ主観的な評価だ。


「おちょくってんのか?」


 秋朝が凄む。


「いえ、決して」


 真顔で応える。


「オマエらってさぁ、仲良いよな」

「へ?」

「お似合いなんじゃね? だいたい秋朝だけがのーちゃんて呼ばないのも、かえって怪しいんだよな。秋朝、なんかのーちゃんのこと意識してんじゃねぇの?」

「ふざけたこと言ってんじゃねーぞ」

「顔、赤くなってきてんぞぉ、秋朝」

「なってねーよ」

「ほら、のーちゃん、秋朝と付き合っちゃえよ」


 なんだ、この展開は。あまりに想定外。なんて返せばいい?


「うーん、オレと高校が一緒になったら考えてもいいよ。オレはあの北高を狙ってるけどね。秋朝さん、ついてこれるかな」


 僕と秋朝はきっと合わない、と思う。友達でいるのが良い距離感なんだ。残念だけど。


「上等だよ、野嶋。その言葉、あたしは忘れないからな。野嶋も、吐いた唾は飲むなよ」


 秋朝は僕を一瞥するとガモさんに向かった。


「明日から標準服な」

「あぁ、しょうがねぇな。で、のーちゃん、これで勝てんのか?」

「それはわかんないよ。これでスタートラインに並べるってだけでさ」

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